すばる Photo by かんと氏(再録)
山歩き、登山、登攀・・・、山での活動はいろいろに言われるが、そこに歌が深く関わってくるのが他のスポーツとは違う。山には旅の要素や冒険、それに死がからんでくるからなのだろうか。
先日、「みろく山の会」が入笠牧場に来た折に、山の歌の入ったCDを、O氏にお貸しした。昨日、それが丁寧な礼状と共に返送されてきたが、管理棟にある音響機器(今の人たちはこういう機器を何と呼ぶのだろう)よりも、ここにあるそれの方が出力・性能的に優っているような気がしたので、試しに聞いててみた。なかなかだ、いや悪くない。
曲によっては、哀切な歌詞やメロディーが過剰に聞こえたりもするのだが、それがまた山の歌なのかも知れない。「花をくわえて」、「グリセード」で恋人のもとを訪れるなんて、一体どういう情景を想像したらよいのだろうと、思わず笑ってしまう。こういう実際の山を知らない、虚構の過ぎた歌も多いが、大雑把に見れば明るい山の歌と、暗く哀しい歌とに大別できるだろう。
その中で哀しい歌の代表格とくれば、「いつかある日」を挙げる人が多いだろう。だが、しかしこの歌は、それほど古いわけではない。作者のロジェ・デュプラが1951年、ナンダ・デブィで消息を絶った後に、遺品の中にあった手帳に記されていた詩だ。つまり、戦後の歌だ。深田久弥によって日本語に訳され、みんなに歌われるようになるまでには、さらに時間がかかっただろう。
一方、戦前の大学山岳部を中心にした歌は、例えば「アルプス一万尺」に代表されるような、もっと明るい気宇壮大な歌が多かったのではないだろうか。学生の身で、山案内人を呼び捨てにしたりと、彼らのエリート意識は鼻持ちならない面もあったが、未踏の山頂や山域が多く残されていて、若者らしい猪突な冒険心が歌にも溢れていた時代だと思う。
それで話がまた戦後に戻るが、登山ブームの中で山の遭難事故が増え、その中には世間の耳目を集めるような事故もあった。北鎌や前穂の事故は小説のモデルにもなったし、後者のザイル切断事故は長期の裁判にまで発展した。当然マスコミでも、死や危険を冒してまで山に登ろうとする人やその心理を取り上げ、そこに「いつかある日」が登場した。この歌の影響ばかりとは言わないが、いつしか山の死は、詩的に美しく化粧され、その歌は死者を鎮魂する役目を負うまでになった。
「伝えてくれ愛しい妻に・・・」、登山家であるデュプラがすでに妻帯してたことを知り、何故か落胆したことを覚えてる。若き日のことだ。
昨日、ちらし寿司が届けられ、その中に菜の花のお浸しがあった。春が一足飛びに来たような気がした。
時代遅れの山小屋「農協ハウス」の営業に関しましては、2月24日のブログなどをご覧ください。お問い合わせは、JA上伊那東部支所組合員課(直通℡:0265-94-2473)まで。
ヤマカンさん、ありがとうございました。また連絡いたします。YASHI君からもTELありました。N君もありがとうございました。
山歩き、登山、登攀・・・、山での活動はいろいろに言われるが、そこに歌が深く関わってくるのが他のスポーツとは違う。山には旅の要素や冒険、それに死がからんでくるからなのだろうか。
先日、「みろく山の会」が入笠牧場に来た折に、山の歌の入ったCDを、O氏にお貸しした。昨日、それが丁寧な礼状と共に返送されてきたが、管理棟にある音響機器(今の人たちはこういう機器を何と呼ぶのだろう)よりも、ここにあるそれの方が出力・性能的に優っているような気がしたので、試しに聞いててみた。なかなかだ、いや悪くない。
曲によっては、哀切な歌詞やメロディーが過剰に聞こえたりもするのだが、それがまた山の歌なのかも知れない。「花をくわえて」、「グリセード」で恋人のもとを訪れるなんて、一体どういう情景を想像したらよいのだろうと、思わず笑ってしまう。こういう実際の山を知らない、虚構の過ぎた歌も多いが、大雑把に見れば明るい山の歌と、暗く哀しい歌とに大別できるだろう。
その中で哀しい歌の代表格とくれば、「いつかある日」を挙げる人が多いだろう。だが、しかしこの歌は、それほど古いわけではない。作者のロジェ・デュプラが1951年、ナンダ・デブィで消息を絶った後に、遺品の中にあった手帳に記されていた詩だ。つまり、戦後の歌だ。深田久弥によって日本語に訳され、みんなに歌われるようになるまでには、さらに時間がかかっただろう。
一方、戦前の大学山岳部を中心にした歌は、例えば「アルプス一万尺」に代表されるような、もっと明るい気宇壮大な歌が多かったのではないだろうか。学生の身で、山案内人を呼び捨てにしたりと、彼らのエリート意識は鼻持ちならない面もあったが、未踏の山頂や山域が多く残されていて、若者らしい猪突な冒険心が歌にも溢れていた時代だと思う。
それで話がまた戦後に戻るが、登山ブームの中で山の遭難事故が増え、その中には世間の耳目を集めるような事故もあった。北鎌や前穂の事故は小説のモデルにもなったし、後者のザイル切断事故は長期の裁判にまで発展した。当然マスコミでも、死や危険を冒してまで山に登ろうとする人やその心理を取り上げ、そこに「いつかある日」が登場した。この歌の影響ばかりとは言わないが、いつしか山の死は、詩的に美しく化粧され、その歌は死者を鎮魂する役目を負うまでになった。
「伝えてくれ愛しい妻に・・・」、登山家であるデュプラがすでに妻帯してたことを知り、何故か落胆したことを覚えてる。若き日のことだ。
昨日、ちらし寿司が届けられ、その中に菜の花のお浸しがあった。春が一足飛びに来たような気がした。
時代遅れの山小屋「農協ハウス」の営業に関しましては、2月24日のブログなどをご覧ください。お問い合わせは、JA上伊那東部支所組合員課(直通℡:0265-94-2473)まで。
ヤマカンさん、ありがとうございました。また連絡いたします。YASHI君からもTELありました。N君もありがとうございました。