中央の一番高い山が西駒ケ岳(木曽駒ケ岳)、左手の雲の中に空木岳、右手の経ヶ岳の背後には御嶽山も見える。そのままさらに視線を右、つまり北に移動させていくと、乗鞍、そして穂高や槍と続き、北アルプスの峰々が遥か三国堺まで一望できる。
「こんな素晴らしい景色を、管理人さんは1年中独占しているのですね」と、何かの事情や拍子で人を案内すると決まって、少し非難めかした感想が返ってくる。確かに昨夜の星空、きょうの紅葉、相変わらず権兵衛山に絡む霧とそこに射し込む朝の日の息を呑むような光景などなど、たった一人で満喫しているのはもったいないかも知れない。
ただし周囲の自然は、観衆がいようがいまいが惜し気もなく、あらん限りの本然を見せている。もちろん、きょうのような小春日和のときもあれば、霧にまかれ、長雨の続く日もある。やがては雪も降る。多少の好みの差はあっても、こういう環境の中にいれば、いつしかどれもこれも一切が天然の妙技だと思えてくるし、受け入れたくなる。
先日、小黒川林道を小さな自転車で下ったO沢氏は、「間に合うなら、紅葉の中、あの林道を登ってみたい」と、コメント欄に寄せてくれた。こういう感想を持つ人がいてくれて、本当に嬉しい。あの谷や森を歩く人がもっと増えてほしいと、前からずっと、いつも思っている。
もう10年以上も前、同じ秋のころ、まさしくあの林道から目にした渓の美しさと、そこを抜けた瞬間に眼前に広がった牧場の景色がうらぶれた一人の男の胸を打ち、ここで牧場管理人となって年を取りたい、と思わせた。都落ちしてまだ1年も経たない、50代半ばのことだった。
昨夜の星空は見事だった。見事過ぎた。8時ごろ、まだ夏の大三角形が中点よりやや西寄りの空に見え、天の川も大きな夜空を雄大に流れていた。何の愛着もないと思っていたはずの夏に、ふと懐かしさのような気持が湧いてきて、夜空だけは違ったと思い直した。
入笠山に来る人の大半は日帰りのため、かつての御料林であった小黒川の谷や、周囲の森を知らない。満天の星々も、山の夜も知らない。やはり、それでは足りない。たとえ時代遅れの山小屋であろうとも、そこで経験する非日常を楽しみ、味わってもらいたい。まだ遅くはない、秋はしっかりと、ここにいる。
妙齢の「妙」は若いの意で使いました。
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