
Photo by KAKU氏
遠い昔の子供のころ、蝶といえばモンシロチョウにクロアゲハだった。蝶はそれだけだった。夏休み、都会から親戚の子が来て、採集した昆虫を怪しげな薬品の入った注射器で次々と殺してしまうのを見て衝撃を受けた。そうやって、昆虫の標本を作るなどということはそれまで思いもしなかった。
そして真似事を承知で、捕虫網を買い、注射器や怪し気な薬品の入ったナントカセットも手に入れた。しかし、田舎の店に売っていた薬品では、なぜか昆虫をすぐには薬殺することができなかった。
従弟の岩石採集にも付き合った。後で分かったことだが、従弟の持っていたハンマーは岩登り用で、自分が買ったハンマーこそ本格的な岩石採集用だったのにもかかわらず、長い紐の付いた短い柄のハンマーでないことに不満を感じた。そんなふうで、真似事の昆虫採集も岩石採集も、長く続くことはなかった。
あのころ、一番に関心があったのは水泳だった。プールなどないからみな天竜川で泳いだ。夏休み中、毎日のように学校で決めた水門の近くの遊泳場に通った。一応、父兄が交代で監視してくれたが、今からすれば危険がいっぱいで、中でも本流を息継ぎせずに一気に泳ぎ切ることは、監視人たちの目を盗んでの大冒険だった。今のようにプールで泳ぐわけではないから、自分がどのくらいの距離を泳ぐことができるのか分からず、そのことが馬鹿なように気になり、どうしても知りたかった。
どうしてもと言えば、月のクレーターも見たかった。理科室にあった望遠鏡は、当時としては貴重なものだったから、子供の自由にはならなかった。のみならず、知る限り使用されたことはなく、薄暗い理科室の人体模型などその他の教材とともに、そこだけが妙に不気味な空間だった。
(この続き、何とか明日辻褄を合わせます)
月の半ば、15日以降は小屋もキャンプ場も充分に余裕があります。FAXでも予約や問い合わせに対応できます。ご利用ください。入笠牧場の営業案内は「入笠牧場の山小屋&キャンプ場(1)」
「同(2)」をご覧ください。