入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

      ’24年「秋」(66)

2024年10月25日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 拝啓
 落葉松の葉は茶色の濁りが消えつつあり、そのうちには朝日を浴びて黄金色に輝くようになるでしょう。カエデやモミジの葉も今日の写真からも分かるように黄葉(こうよう)は日ごとに赤色に染まりつつあります。
 お元気ですか。相変わらず多忙な日々をお過ごしのことと思いますがそんなあなたに、たまには静かな秋の山の様子でもお伝えしようとして筆を執りました。慌ただしく過ぎていく生活の中で、もしもこの便りが一時の気分転換にでもなれたなら幸いです。

 今朝は東の空は曇っていたのに、外へ出て驚きました。伊那谷どころか遠く松本盆地の方までが文字通りの白い雲の海、雲海に埋まり、しかしここを含めて標高千メートル位から上は中アや北アの峰々がくっきりと見え、守屋山には滝雲までが発生していました。
 この時季に来ずしていつ来るのかと思うほど見事な秋が、その趣を少しづつ変えながら移ろっていくというのに、きょうも訪れる人のいない静かな一日です。

 鹿は相変わらずですが、今秋はよくキツネを目にします。日一度くらいは長い尻尾を揺さぶりながら藪の中から現れたり、逆に消えていったりするところを見かけます。いつも1匹だけですが、同じキツネかどうかは分かりません。
 それはさておき、牧草地をコロコロと走り回る愛嬌のあるアナグマたちが、どうしたことかすっかり姿を消してしまいました。もしかしたらイノシシのせいかも知れません。
 それと言うのも、大沢山にある第3牧区の放牧地は、半分以上がこの狼藉を恣にするイノシシ奴に掘り起こされてしまいました。愛すべきアナグマ連は恐れおののいてどこかへ行ってしまったのかと案じているところです。

 マツタケを始めとして今年はキノコが豊作だったと聞きます。親切な人がいて、わざわざ届けてくれたり、声をかけてくれたりして入手できたキノコを、わたくしはマツタケ飯、同じく土瓶蒸し、それとすき焼きで美味しく頂きました。一人の時もあれば、複数の時もありましたが、どの時もマツタケはもちろんのこと、お蔭で旨い酒が飲めたのは言うまでもありません。
 何が採れるのかは分かりませんが、いまだに山の中でそれらしき人を時々見かけることがあります。大体は老齢の、それも夫婦のようです。
 そうそう、今年も忘れずにサンマ飯を作りました。これもこの時季のささやかな喜びと言ってよく、かつて存在した家族の団居(まどい)を思い出しながら一人味わい、食べました。

 もうすぐ遠くの山には白い物が降るでしょう。そんなことを思いながら大きな空を眺めていると、ふと、あなたのことを思い出すことがあります。
 とりとめのない便りとなってしまいましたが、お元気で。
 
 クク、本日は趣向を変えて、これは宛先のない、それも複数の架空のあなたへ綴った便りでした。嗤って下され。
 
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      ’24年「秋」(65)

2024年10月24日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 午前6時、気温9度晴れ、珍しいことに今朝は東の空に幾つかの棚引く雲が朝焼けした状態で見えている。一度だけ遠くで鹿の鳴く声がした他は辺りに一切の音がしない。以前なら聞こえていた電気牧柵のカチッ、カチッと聞こえる断続音も、冬支度を済ませた今はしなくなって大分経つ。
 寝坊をしていたのか、ようやく小鳥の声が聞こえてきたと思ったら、それも長続きせずにすぐまた元の静寂が帰ってきた。いや、もっと正確に言うなら、耳の中はシーンとした音で埋まっているのだから、無音ではない。

 しめやかな林の中を少しだけ歩く。昨夜の雨のせいだろう、落ち葉も草も、林の中全体が濡れたままでいて、そんな中、頭上の真っ青な空に朝日が昇ってきたようだ。
 樹々の枝の間から何本もの細い朝の光が射しこんでくると、林の中の表情が変わる。すでにコナシの葉は大方散ってしまっていて、遠くからだと細い無数の枝がワイン色に見えるようになる。シラカバの木も上部のわずかな部分に葉を残すだけで、白い樹幹が一段と目立つようになってきた。
 囲いの中の牧草はまだ鮮やかな緑の色を残していても、ここを去るころにはやがては枯れて黄色く変色していくだろう。その中に、今朝も鹿の姿はない。

 ここへ来る人の中には落葉松の木さえ知らない人がいる。もちろん、ミズナラもダケカンバも知らない。それでいて紅葉には関心があるようだ。
 そんなことを言いながら、自分のことを振り返れば、やはりこれだけ長く山の中で暮らしていても、今鳴いている歌手、鳥の名を知らない。
 モミとシラビソの区別もできず一緒くたにしている。クヌギがどんぐりの実のなる木だというぐらいは知っていても、クリの木との違いには自信がない。
 知らないことがたくさんありながら、新しいことを覚えるよりか忘れていくことの方が多いだろう。
 
 雨に濡れて朝日に光るクモの糸が思いのほかあちこちに張り巡らされているのに初めて気づいた。ただし、罠をかけた主はいないようだ。獲物も見えない。
 上手い照明屋さんよりもっと上手に朝日が落葉松、白樺、そしてほぼ裸のコナシの枝を輝かせ、背後の雑木林から浮き上がらせて見せてくれている。
 少し雲がでてきたようだが、きょうも気持ちのいい秋日和が続くだろう。

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      ’24年「秋」(64)

2024年10月23日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

 これは牧場内の写真、貴婦人の丘を過ぎて初の沢の大曲りへ向かう途中
 
 昨夜の雨で、道路の上の落ち葉が一段と目立つようになった。そのことを、人を送った後の富士見からの帰り道で知った。長い秋を望んでいたのに、もう10月も旬日を残して終わろうとしている。早い、特にこの月は早かった。
 雨が降っているかと思えば急に日が射したりと、季節もこの時季は混乱しているようだ。こういう陽気の日は何もしないで、この狭い部屋から見慣れた渋い秋を眺めて過ごすのにはもってこい、それで何の不足もない。
 権兵衛山はまた霧を吐いているから、ほどなくまた、あの白い塊が雨になるのではないかと思っていると、本当に降り出した。雨脚はかなり強く、色付いた林を背景にして幾つかの薄いカーテンのような靄が南から北へと流れていく。

 まだ疲労が抜けない。前日は寝不足のまま終日仕事をして、歩数は1万7000を超え、過去1週間の平均歩数が7千600を超えた。牛はいなくなっても、それなりに仕事をしていることになる。
 恐らく昨日の撮影が今年最後になると思うが、かなりの強行に加え新しい試みがあり、その準備や協力でいつになく動き回り疲れた。それだけでなく、昨夜は制作のA君と話し込むうちに布団も曳かずに寝てしまった。
 富士見まで送ったというのはそのA君のことで、彼も炬燵の向こうで同じくそのまま横倒れて一夜を過ごすはめとなり、大変に気の毒なことをした。

 今回の撮影、最初のうちはなかなか息が合わず、先行きが案じられた。いや、息の合わなかったのは制作部と美術部がではなく、牧場管理人とである。しかしこれが、時間の経過とともにいい連帯感が生まれ、大変に印象に残る仕事になっていった。
 最近はいつもそうで、殆どの場合が一合一会であるだけに終わり方を大切にしようとするし、有難いことにそうなる。立場が違い、年齢も性別も異なるというのに、まるで長い付き合いのように助け合い、気遣うようになる。周囲の人からも、よく分からぬ元気な年寄一名と若い人たちが一緒になって、奇妙で不思議な信頼がみんなの間に生まれていたと褒めてくれたほどだ。
 もうみんな東京へ帰って、それぞれの生活を始めているだろう。ありがとう、愉快だった。そうのように、ここで心を込めて礼を言っておきたい。

 Mさん、PCについての助言、ありがとうございました。勉強になります。一人では手に負えないので、他に応援を求めて参考にさせてもらいます。
 かんとさん、そうですか。よく見れば確かにピンボケの写真に紫金山・アストラ彗星らしきが微かに写っているようで、ならばもう、8万年も待たずに済みます。多謝。
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      ’24年「秋」(63)

2024年10月22日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 また、1千200字、すべてが消えてくれた。もう続ける気がしない。紫金山・アストラ彗星のようなものだ。
 彗星もこの通り、残念ながら写らなかった。8年後なら待てるかも知れないが、8万年後か。ただし、見ることは見た、間違いなく。愛用のカールツァイスでさらにより鮮明に、中天より西、乗鞍の上空だった。
 そのあたりのことや、またこの彗星によって喚起された宇宙のことを、もう一つの別の頭で考え、縷々呟いたのに、消えてしまった。
 キロと光年,一生と永遠、有限と無限・・・、想像力が軋み、続かなくなるまで、眠れぬ夜をチョコレートを齧りかじり、ウイスキーを飲みながら続けたのだがもういい。深い悲しみの中の諦めを幾度もいくどもしてきたのだから。クク。
 
 ヘッドランプを持って外に出たら、その必要はなかった。すっかり夜が明けていた。晴天、気温3度、只今の時刻6時半。

 今朝は7時から厄介な仕事が入っている。もう寝るのは諦め、濃いめのコーヒーを飲んできょう一日に備えることにする。

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      ’24年「秋」(62)

2024年10月21日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 目が覚めたら、背中のあたりがいつになく寒い。起きて外に出たら、今朝も霜が降りて、キャンプ場の一張りしかないテントは白くなっていた。午前6時の気温零下2度、驚いた。
 その気温とは関係ないはずだが、ガスコンロが着火してもすぐに消えてしまい、湯も沸かせない。どうしたことだろう。
 富士見側の展望台へ行ってきたというテントの主二人に昨夜は寒かったかと尋ねると、寝袋の中に入っていたからそれほどではなかったということだった。
 幸い、水道は無事。一応、最終の排水弁をきょうから開けて凍結対策としたが、それにしてもまだ10月だ。
 朝日が部屋の中にまで入ってきた。きょうも好天、秋日和。

 山を下り、里の暮らしに戻るまでに1か月を切った。いまだに作業日誌を開くときはつい4月とか5月のページを開いてしまい、それに気付きながらも月日の経つ早さを思い知る。
 春、小入笠の頭までの電気牧柵の立ち上げたことを先日のことのように感じながら、その点検と、冬の間に雪で支柱が折られないよう支柱を抜いて、目印の杭を打ち込みながら、久しぶりに上まで登った。
 
 予想していたことながら、ここまだやるのかとというほど断線個所が多くて呆れた。アルミ線だけでなく、支柱までもが幾本も折られていて、これらはもちろんみんな鹿の仕業だと考えるしかない。
 そもそも、使う材料がどれも古すぎる。いまなら、もっと弾力性のある支柱や、簡単には切れないアルミ線に代わる物があるはずだが、牧場の現状が今のようでは、とてもそんなことは言えない。
 この徒労とも言える作業にどれほどの時間と体力を費やしたかと、それを思っていたところ、近くで雄が呼ぶのか雌が呼ぶのか知らないが鹿の求愛の声が聞こえてきた。また敵が増えるも打つ手なし。

 そんなことを呟いていたら、山岳写真家の三宅氏が立ち寄ってくれた。炬燵にあたり四方山話をしているうちに紫金山・アトラス彗星が話題に出た。氏はこの写真を撮る目的で昨夜来たらしかった。
 彗星にはあまり関心はなかったが、この彗星は別で楽しみにしていたのに、うっかりしてしまった。今夜はどうか分からないが、とりあえず日が落ちたら自慢の星空を眺めにいくつもりだ。

 4040さんとは、この夏ここを訪れた空を飛ぶ趣味の方ですよね。いつもありがとうございます。
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