市政をひらく安中市民の会・市民オンブズマン群馬

1995年に群馬県安中市で起きた51億円詐欺横領事件に敢然と取組む市民団体と保守王国群馬県のオンブズマン組織の活動記録

金正日総書記の死去と朝鮮半島を巡って繰り広げられる理不尽で奇怪なさまざまな出来事

2012-01-06 23:17:00 | 国内外からのトピックス
■北朝鮮の金正日総書記が死去したというニュースは12月19日(月)の正午に朝鮮中央テレビで、2カ月ぶりに姿を現した看板アナウンサーのおばさんとして知られるリ・チュンヒ氏が「偉大なる領導者、金正日同志が2011年12月17日午前8時39分に現地指導の途中、急病により逝去されたということを悲痛な気持ちでお知らせします」と涙にむせびながら、原稿を読み始めて、世界が知ったとされています。また、正午から重大ニュースが発表されるという予告が12月19日の午前10時にあったようです。

 一方、実際に金総書記が死去した日時とされる12月17日(土)午前8時39分からニュース発表まで約51時間半、丸2日以上を要したことについて、いろいろ憶測が飛び交っています。

■北朝鮮の隣国の韓国では、国家情報院の元世勲(ウォン・セフン)院長が12月20日、国会情報委員会に出席し、「北朝鮮が金総書記死去の時間と発表した12月17日午前8時30分に金総書記の専用列車は平壌(ピョンヤン)竜城(ヨンソン)駅に停車中だった。金総書記は12月15日に現地指導をはじめ色々な行事があり、列車の動線を確認したが16~17日の2日間は動かなかったものと把握している」と説明しました。

北朝鮮当局が、「金総書記は走る野戦列車の中で重症急性心筋梗塞により死去した」という公式発表とは違い、「待機中の列車」もしくは「第3の場所」で死去したということを意味しています。ただし元院長は、「金総書記がどこかに行こうと列車に乗ってすぐに死去した可能性はある」と付け加えたそうです。

また、与党情報委員が、「金総書記が12月16日夜に自宅で死去したという話もあったが聞いているか」と尋ねたところ、元院長は「情報水準ではなく、そのような話も報告は受けたが真偽を確認することはできない」とも述べ、北朝鮮護衛司令部出身のイ・ユンゴル北朝鮮戦略情報サービスセンター所長も12月20日、「中国を通じて北朝鮮高位消息筋と接触した結果、金総書記は12月16日午後8時ごろに死去しており、死去した場所も列車ではなく平壌の官邸だと明らかになった」と主張しました。

■実は、筆者の知人が12月18日(日)の10:00インチョン空港発、14:45ウラジオストク着の大韓航空KE981便を予約していたところ、12月16日(金)午後3時37分に、旅行代理店から「ロシア政府の緊急通告により、12月18日のインチョンとウラジオストク間を飛行する全てのフライトが飛行禁止となった」と連絡があり、やむなく1日遅れのフライトに変更せざるを得なかったのでした。

 明らかに、ロシア政府は、12月16日(金)の午後の時点で、北朝鮮に異変が起きたことを察知していました。タイミング的にみても金総書記の死去となんらかの関係があったに違いありません。ロシアは北朝鮮の中枢で何が起きていたのかを即座に知り得るネットワークを持っていると思われます。

■筆者も金総書記の死去が公式発表された3日後の12月22日(水)に、4日前に飛行が取りやめとなった大韓航空機KE981便で、インチョンからウラジオストクに向かいました。フライト情報によると、10:00インチョン発、14:45ウラジオストク着で、飛行時間は2時間45分とあります。


インチョン空港で出発間近の大韓航空KE981便ウラジオストク行き。

 地図を見ると、インチョンとウラジオストクの直線距離は、成田とウラジオストクとの直線距離より相当短い感じがします。しかも、インチョンからウラジオストクには東に向かって飛行するわけで、西から東へののジェット気流の関係で、時間的には、成田からウラジオストクに向かう場合より追い風を受けやすい為、飛行時間は短縮されるはずです。

 実際に、成田とインチョン間では、毎日運行されている13:55成田発、16:35インチョン着の大韓航空機KE705便の飛行時間が2時間40分であるのに対して、18:35インチョン発、20:45成田着のKE705の飛行時間は2時間10分です。実際にジェット気流を受けて、大晦日のKE705便の対地速度は音速並みでした。

 にもかかわらず、なぜ2時間45分もかかるのだろうかと不思議に思っていたところ、ウラジオストクに着陸する直前に、KE981便エアバス330-300型機の座席の前にある飛行情報のディスプレーを見て、合点が行きました。大韓航空機は、インチョンを離陸して、黄海に出て、北に向かい、中国大陸に入り、内陸部を迂回して、ウラジオストクに到着するルートを飛行していたのでした。明らかに北朝鮮の国境から一定の距離を確保しつつ、飛行していることがわかります。


北朝鮮を大きく迂回して中国大陸を回り道して飛ぶ大韓航空機KE981便の飛行ルート。

■一方、21月31日に日本に帰国した際には、ロシアのウラジオストク航空のエアバス320型機に搭乗しました。14:35ウラジオストク発、14:55インチョン着で、飛行時間は2時間20分とあります。これは中古のエアバスのため、飛行情報のディスプレーは座席の前には付いていません。従って、飛行機と太陽の位置方向で、飛行コースを推測しつつ、ルートを確認しました。

 ウラジオストク航空XF743便は、ウラジオストク空港を東に向かって離陸後、次第に南に進路を変え、日本海を南下します。やがて徐々に西に進路を変えて、やがて朝鮮半島の上空に入り、38度線の少し南を真西に機首を向けて、韓国の中央山脈の峰々が雲海の上に頭を出しているのを下に見ながら次第に高度を下げ、インチョン空港に到着しました。


朝鮮半島の中央山脈を越えるウラジオストク航空XF743便。このあとインチョンに無事着陸すると機内でロシア人旅行団から大きな拍手が起きた。彼らの習慣らしい。

 こうして、ウラジオストク航空機XF743便の場合、経度的には明らかにジェット気流に逆らって飛行するにもかかわらず、中国大陸を大きく迂回するとはいえジェット気流の追い風を受ける大韓航空機KE981便に比べ、25分も早く到着できるのです。

■では、なぜ大韓航空機もウラジオストク航空機と同じルートを飛ばないのでしょうか。それはやはり、北朝鮮がいつもミサイルを発射している日本海側の飛行ルートには抵抗があるに違いありません。

 ロシアは北朝鮮との関係について、とくに問題視をしていませんから、日本海上空を飛行するのに抵抗がないのだと思われます。「そんなに好関係であれば、いっそ、北朝鮮の上空を飛行すればよいのに、なぜ飛ばないの?」と不思議に思う向きもありかもしれません。やはり、北朝鮮の上空飛行はリスクがあり、さすがにロシア政府も躊躇するでしょう。もっとも北朝鮮が認めるはずもありませんが。

■さて、前述の飛行情報のディスプレーの写真を見て、気付いた方もいらっしゃるかとおもいます。大韓航空機KE981便の飛行ルートの載った地図に、日本海の中に「Dokdo」と記された地名が目立っています。

 これが、韓国が不法占拠している日本の竹島のことです。

■1905年(明治38年)1月28日、日本政府は閣議で「竹島」を島根県隠岐島司の所管と決定して以降、竹島は行政区画では島根県隠岐郡隠岐の島町竹島官有無番地であり、正式に日本の領土でした。その後、第二次大戦を経て、戦後韓国が「日本が放棄する地域に竹島を入れるように」と連合国に要求しましたが、拒否されました。

日本領であることを決定したサンフランシスコ講和条約発効直前の1952年(昭和27年)1月18日、韓国の李承晩が「李承晩ライン」と称して、公海上に一方的に線引きして竹島を取り込み占領してしまいました。そのため1965年(昭和40年)の日韓基本条約締結までに、韓国が勝手に線引きしたこのラインを越えたとして、韓国は日本漁船328隻を拿捕し、その過程で日本人44人が殺傷、3,929人が抑留されました。韓国は、日本の海上保安庁の巡視船に発砲し、その銃撃等の事件は15件、16隻に及びました。

■現在も韓国側が武力で占領しています。国際法を順守しようという気持ちを持たないところは、北朝鮮を彷彿とさせます。

 日本政府は、竹島問題についての日本の立場を次のように公表しています。

<竹島の領有権に関する我が国の一貫した立場>
1.竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土です。
2.韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません。
※韓国側からは、我が国が竹島を実効的に支配し、領有権を確立した以前に、韓国が同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません。

■韓国と言えば、もうひとつ、とんでもない言いがかりを国際社会にしています。それは国際的な呼称として認められている「日本海」を、なんと「東海」と呼び変えようとしていることです。

 日本に帰国する際、このことが気になったため、大晦日の18:35インチョン発20:45成田着の大韓航空KE705便エアバス総2階建て380型機の座席にある飛行情報のディスプレーで確認してみました。その結果、案の定、「Sea of Japan」であるべき日本海のことを、「East Sea」などという無機質な言葉に置き換えています。


「Dokdo」や「East Sea」などと記載している大韓航空とJALの共同運航便。日本人には到底、正視に堪えない。

 さらに驚いたのは大韓航空KE705便は、なんと日本航空JLJL5206便とのコードシェア便だったのです。日本航空の幹部は、大韓航空機の機内に、このように日本国民の気持ちを逆なでる爆弾が仕掛けられていることを知った上で、大韓航空と共同運航便の契約を結んだのでしょうか。日本政府から支援を受けて再建中の日本航空は、事実上日本政府の管理下にあるわけですが、その会社が、竹島を勝手に占拠したり、日本海の呼称を勝手に呼び変えようとする韓国とコードシェア便を飛ばし、その飛行情報の地図に、国際的に無効な地名が載っていることに目をつぶるのは、どうしても理解できません。


正視に堪えない飛行ルートの地図。しかもJALコードシェア便の機内。


大韓航空機KE705便が、JALとの共同運航便を示すサインボード表示。

■日本航空には、せめてコードシェア便の場合くらいは大韓航空に、国際的に認められる地名の記載を使うことを要求し、あるいは日本航空の機体に搭載する飛行情報の地図には、我が国が認め国際的にも認められている地名を記載したものを使って、大韓航空との共同運航便に使用するよう、強く求めたいと思います。

 また、日本政府も、おひざ元の日本航空がこの体たらくなのですから、きちんと指導して、こうした屈辱的なことを黙認した幹部を直ちに更迭すべきでしょう。

【ひらく会情報部・国際問題研究班】

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上毛新聞の平成24年新年交歓会に参加した群馬県の政官業と安中市の関係者

2012-01-06 22:20:00 | 国内外からのトピックス

■毎年、新春の仕事始めの翌日の行事に、上毛新聞社事業局が主催する新年賀詞交歓会があります。この日は、10:00に自民県議団総会が開かれたあと、県庁の32階展望ホールで群馬県議会の新春交流会が開催されます。これは、県議会が主催ですが、群馬県知事以下執行部の幹部や、市町村の首長らも参加します。そのあと、12:30から一同はマーキュリーホテルに移動して、この行事に参加するのです。


 この参加者名簿がその翌日に掲載されます。それを見ると、群馬県の政官業の繋がりを垣間見ることが出来ます。例えば、八ッ場ダム問題で、この巨額の無駄金投入の事業の旨みを知っている政官業のネットワークが伺えます。

■今年も、1月5日の午後0時半から開催された平成24年新年賀詞交歓会ですが、1月6日の報道記事によりますと、開会挨拶を同社の渡辺幸男社長、来賓代表挨拶を大沢正明群馬県知事が行い、南波和憲県議会議長の発声で乾杯が行われました。

 渡辺幸男社長は、昨年の東日本大震災や八ツ場ダム問題などについて「どう報道し、皆さんに訴られたか、自問自答している」と振り返り、「今年は創刊125周年。不偏不党、公平無私で熱い心を持って冷静に報道したい。『群馬に上毛新聞があって良かった』と思われる新聞を目指し努力していく」と決意を述べました。

 来賓を代表して大沢正明知事は、旧官営富岡製糸場が今年世界遺産に推薦される見通しとなったことや、今後PRに力を注ぐ古代群馬の東国文化に触れ、「東国文化の中心は群馬。それにあやかり歴史文化を大切にする取り組みの中で、新たな成長産業を見いだしたい」と抱負を語りました。

 その後、南波和憲県議会議長の発声で乾杯し、出席者が親睦を深めました。

■なお、上毛新聞社主催の交歓会では、大沢知事は参加にあたって、公費から交際費として1万円を支出しています。おそらく他の参加者も同様だと思われますので、約1千人の参加者数となると、約1千万円のご祝儀が上毛新聞社に転がり込むことになります。

 もちろん、マーキュリーホテル側に経費として、会場借用費や料理、飲み物などの提供費用やアトラクション関係経費そして、コンパニオン費用などがかかりますが、一人1万円は係るはずもないので、おそらく相当な収益が上がっていると思われます。

■今年の見出しも「昇竜の一年に」という題で、毎年「飛躍」を誓っていますが、一向に飛躍しないのは、群馬県特有の閉塞された政官業の関係が起因していると当会では分析しています。

 なぜなら、八ッ場ダム問題では、あれほど税金の無駄遣いを当会が指摘しているにもかかわらず、相変わらず、八ッ場ダム銘柄の会社や関係団体や個人がズラリと交歓会に参加しているからです。

■実際に、1月5日に、八ッ場ダム建設推進議員連盟が県庁で新年賀詞交歓会を開催し、大澤正明知事ら群馬県幹部や県議、国会議員らが出席していました。

 冒頭の挨拶で、群馬県議員連盟の自民党の中村紀雄会長が、「マニフェストが簡単に破られるようでは民主主義が意味をなさない」と民主党を批判する一方で、前田武志国交相がダム建設再開を表明したことについては、「政治の筋を通したという大切な意味がある」と褒め称えました。

 大澤知事は、民主党内に検証の不十分さを訴える意見があることについて、「(ダム中止は)マニフェストに書いてあると言いながら、(党内で)本当の検証がされていなかった」と指摘し、「一日も早くダム本体を着工し生活関連事業を完成させる。県も地域振興に力を注ぐ」と国交相の役人と土建業界の利権を代表して挨拶しました。

 隣の草津町が地元の自民党の山本一太参院議員は「八ツ場ダム事業再開の流れを明確にするためにも、政権を奪還しなければいけない」と相変わらずの調子で訴えました

 こうして、八ッ場ダム利権族を勢いづかせる一年のスタートとなったことは、誠に遺憾です。

 また、安中市関連の参加者は次のお歴々です。
<安中市関連>
県議 岩井均
安中市長 岡田義弘
安中市議会議長 奥原賢一
上毛共済生活協同組合理事長 戸塚一二
新島学園理事長 大平良治
上毛会長 大橋稔
上毛会 大橋龍太
県環境資源保全協会副会長 倉沢登志夫
おおぎやフーズ代表取締役社長 飯塚岩緒
信越化学工業群馬事業所長 上野進
同事務部長 加藤精市郎
信越化学工業群馬事業所長 上野進
同事務部長 加藤精市郎※この他にも、安中市関係者が多数おられるかもしれませんが、ご存知でしたら情報をお寄せください。

 それにしても、この政官業の夥しい参加者数を見ると、上毛新聞社の行政との結びつきや、公金に群がる関係者の奥の深さと幅の広がりを痛感させられます。

【ひらく会情報部】

※平成24年新年賀詞交歓会出席者(順不同、敬称略、代理者含む)

<県・国関係>
知事 大沢正明
副知事 茂原璋男
同 池本武広
県企業管理者 篠崎健司
同総務部長 関勤
同危機管理監 榛澤保男
同企画部長 細野初男
同生活文化部長 小此木久美子
同健康福祉部長 新木恵一
同農政部長 関順司
同産業経済部長 三沢益巳
同県土整備部長 笹森秀樹
同病院局病院管理者 小出省司
同会計管理者 赤石正弘
同広報課長 塚越正弘
県蚕糸振興協会常務理事 新井治男
県監査委員事務局代表監査委員 富岡恵美子
同監査委員 横田秀治
県教育委員会教育長 福島金夫
同委員長職務代行者 井上恵津子
県教育文化事業団理事長 小見輝夫
県社会福祉協議会長 下城茂雄
同常務理事 岩崎秋雄
県社会福祉事業団理事長 関卓栄
県収用委員会長 戸所仁治
県人事委員会委員長 福島江美子
県選挙管理委員会委員長 荒木勲
県埋蔵文化財調査事業団理事長 須田栄一
県農業公社常務理事兼事務局長 竹内佳晴
県立近代美術館長 中山博美
県立館林美術館長 染谷滋
県立土屋文明記念文学学館長 入沢正光
県立文書館長 富岡守
関東農政局前橋地域センター長 上野慶雄
県労働委員会長 尾関正俊
前橋保護観察所長 岡坂吉朗
「シルクカントリー群馬」推進委員会委員(江戸小紋染色作家) 藍田正雄
同委員(大日本蚕糸会副会頭) 茂木雅雄
県観光国際協会専務理事 山口章
元県理事 横尾恒夫

<国会議員・県議関係>
元首相・衆院議員 福田康夫
衆院議員 佐田玄一郎
同 小渕優子
同 石関貴史
同 宮崎岳志
同 柿沼正明
同 三宅雪子
同 中島政希
前衆院議員 笹川尭
参院議員 中曽根弘文
同 山本一太
同 加藤修一
同 上野宏史
民主党群馬県連顧問 田辺誠
県議会議長 南波和憲
同議副長 久保田順一郎
同議員 関根圀男
同 中沢丈一
同 中村紀雄
同 須藤昭男
同 岩井均
同 織田沢俊幸
同 岩上憲司
同 須藤和臣
同 大手治之
同 臂泰雄
同 吉山勇
同 井上泰伸
同 桂川孝子
同 酒井宏明
同 高田勝浩
同 金井康夫
同 原和隆
同 金子渡
同 我孫子哲
同 清水真人
同 伊藤裕司

<市町村関係>
前橋市長 高木政夫
前橋市教育委員会教育長 佐藤博之
高崎市長 富岡賢治
高崎市教育委員会教育長 飯野真幸
桐生市長 亀山豊文
伊勢崎市長 五十嵐清隆
太田市教育委員会教育長 岡田孝夫
沼田市長 星野已喜雄
館林市長 安楽岡一雄
渋川市長 阿久津貞司
藤岡市長 新井利明
富岡市長 岡野光利
安中市長 岡田義弘
榛東村長 阿久沢成実
吉岡町長 石関昭
下仁田町長 金井康行
甘楽町長 茂原荘一
中之条町長 入内島道隆
長野原町長 高山欣也
嬬恋村長 熊川栄
草津町長 黒岩信恵
高山村長 荒木毅
東吾妻町長 中沢恒喜
片品村長 千明金造
川場村長 関清
みなかみ町長 岸良昌
玉村町長 貫井孝道
板倉町長 栗原実
明和町長 恩田久
千代田町長 大谷直之
大泉町長 斉藤直身
邑楽町長 金子正一
前橋市議会議長 細野勝昭
高崎市議会議長 丸山和久
桐生市議会議長 荒木恵司
太田市議会議長 白石さと子
沼田市議会議長 大島崇行
館林市議会議長 遠藤重吉
渋川市議会議長 南雲鋭一
藤岡市議会議長 吉田達哉
富岡市議会議長 市川広計
安中市議会議長 奥原賢一
みどり市議会議長 金子実
榛東村議会副議長 岩田好雄
吉岡町議会議長 近藤保
神流町議会議長 田村利男
下仁田町議会議長 千野栄治
南牧村議会議長 石井輝雄
甘楽町議会議長 吉田恭一
中之条町議会議長 原沢今朝司
長野原町議会議長 竹内良太郎
嬬恋村議会議長 羽生田宗俊
草津町議会議長 宮崎公雄
高山村議会議長 平形富二夫
東吾妻町議会議長 菅谷光重
片品村議会議長 高橋正治
川場村議会議長 吉野正篤
昭和村議会議長 高橋幸一郎
みなかみ町議会議長 久保秀雄
玉村町議会議長 島田栄一
板倉町議会議長 野中嘉之
明和町議会議長 関根慎市
千代田町議会議長 富岡芳男
大泉町議会議長 安田博敏
邑楽町議会議長 立沢稔夫
県市長会長 清水聖義
同事務局長 赤坂高志
県町村会長 宮前鍬十郎
同事務局長 岩崎謙二
県町村議会議長会長 高橋正

<組合・団体>
県商工会議所連合会長 曽我孝之
同専務理事 荒井道明
前橋商工会議所専務理事 高橋健
高崎商工会議所会頭 原浩一郎
桐生商工会議所会頭 日野茂
伊勢崎商工会議所会頭 古賀友二
太田商工会議所会頭 正田寛
同専務理事 松田賢治
館林商工会議所会頭 河本榮一
沼田商工会議所会頭 横山公一
富岡商工会議所会頭 小堀良夫
同専務理事 小林進
藤岡商工会議所副会頭 橋谷徹
同専務理事 掛川秀樹
県商工会連合会長 高橋太郎
JA群馬中央会・各連合会長 長岡武
JA群馬中央会副会長 前原良男
同専務理事 池田隆政
JAバンク群馬信連経営管理委員会副会長 森沢隆
同代表理事理事長 森村孝利
JA全農ぐんま副会長 小池清
同県本部長 須藤邦彦
JA共済連群馬県本部運営委員会副会長 亀井勝男
同本部長 今井勉
JA群馬中央会・各連合会参事・共通役員室長 高橋清
JA高崎ハム代表取締役 宮崎俊郎
シングルライン家族形成相談士 磯勝夫
県商工会女性同友会長 後藤かね子
同副会長 石坂よし子
同 舩木フミ
同 羽鳥タカ子
県アイバンク理事長 瀬下信行
県医師会長 鶴谷嘉武
県歯科医師会長 村山利之
県歯科医師連盟会長 奥山文雄
県獣医師会長 木村芳之
県薬剤師会長 鈴木實
県接骨師会長 大藤忠昭
北関東循環器病院理事長 市川秀一
群馬会理事長 南和友
同院長補佐 城田和彦
群馬会理事長 村山昌暢
群馬中央総合病院病院長 田代雅彦
同事務局長 吉良雅巳
小泉重田小児科理事長 重田政信
国立病院機構高崎総合医療センター事務部長 魚住三郎
前橋赤十字病院院長 宮崎瑞穂
真木会真木病院理事長 真木武志
社会福祉法人希望館副館長 松沢斉
榛名荘理事長 浜名敏白
老年病研究所理事長 高玉真光
社会福祉法人美土里会あけぼの保育園理事長 松原東
創価学会副会長 鈴木宏明
同広報部長 小池博
群馬いのちの電話理事長 宮下智満
県共同募金会常務理事 小渕吉信
県保育協議会長 周藤洋
県保護司会連合会長 茂木英重
県栄養士会長 細野勝美
尾瀬保護協会長 関根進
県学校給食会理事長 石川裕士
ガールスカウト群馬県支部副支部長 須藤清美
県林業公社理事長 市村良平
県農業会議会長 小林喜美雄
県農業共済組合専務理事 久保田彰
同参事 神保孝史
県農業信用基金協会副会長理事 山口憲作
県農業団体健康保険組合常務理事 須田豊
高崎法人会長 信沢卓
伊勢崎法人会長 杉原俊夫
沼田法人会長 平井良明
日本公認会計士協会群馬県会副会長 広瀬信二
群馬司法書士会 岡往貞宏
県行政書士会長 福田守
同前橋支部長 岩村敏明
関東信越税理士会群馬県支部連合会長 狩野要一
県社会保険労務士会長 藤井良昭
伊勢崎織物協同組合理事長 田村直之
県印絹工業組合理事長 吉田吉太郎
県菓子工業組合副理事長 井上祐二
県環境資源保全協会長 城田裕司
同副会長 倉沢登志夫
同事務局次長 中嶋潤
同副会長 大野邦雄
県環境保全協会理事長 高橋太郎
県看護協会長 小川恵子
県看護連盟会長 悦永昭子
県管工設備協同組合理事長 中西保
県経営者協会長 児玉三郎
同副会長 松井義治
同専務理事 樋口俊之
県軽自動車協会専務理事 生方茂
県警備業協会専務理事 五谷重顕
県建設業協会長 青柳剛
同専務理事 田村孝夫
県交通安全協会理事長 町田錦一郎
同専務理事 亀山敏雄
県コンクリートブロック事業協同組合代表理事 町田錦一郎
県再生資源事業協同組合連合会長 上岡克己
県作家協会長 倉田辰彦
県産業支援機構常務理事 影山正男
NPO法人群馬県就労支援事業者機構副会長 高橋貞文
県自動車販売健康保険組合常務理事 齊藤斎
県自動車整備振興会専務理事 太田栄
県社会保険協会長 小田川眞也
県住宅協会長 高橋浩之
県住宅供給公社理事長 林宣夫
県酒造組合会長 柳沢光雄
県森林組合連合会代表理事専務 八木原勇治
県石材商組合組合長 碓井博之
県石油協同組合専務理事 細井栄二
県損害保険代理業協会長 原島俊夫
同副会長 川野三郎
県宅地建物取引業協会長 谷田部栄一
県地域づくリ協議会長 椎名祐司
県地域婦人団体連合会長 関マツ
県中小企業団体中央会長 金子正元
県中部郵便局長会長 大竹長久
県電気工事工業組合理事長 関口慶也
県東部地区郵便局長会長・韮川郵便局長 戸塚一男
県トラック協会長 三浦文雄
同専務理事 五十嵐甫
県トラック協会高崎支部長 新井博雄
県農業法人協会副会長 須藤泰人
同 嶋津重忠
同 三輪民雄
県バス協会長 小暮達也
自由民主党群馬県支部連合会事務局長 下田彰一
県不動産鑑定士協会長 石井由紀夫
同副会長 君島准逸
県ふるさと伝統工芸士会長 青木昇
同副会長 荒木千恵子
同 青木琴華
県民共済生活協同組合理事長 目崎博
同専務理事 宮川清光
県遊技業協同組合理事長 金山茂
同専務理事 冨沢久雄
県理容生活衛生同業組合理事長 吉野信一
同副理事長 松島勝与
県西部地区郵便局長会長 尼崎計一
県倫理法人会副幹事長 立花輝夫
群馬土地家屋調査士会長 渡辺元
NPO法人好古堂理事長 石田勝彦
国民宿舎サンレイク草木指定管理者フードサービスシンワ代表取締役 有坂康躬
NPO法人三和会理事長 三俣和哉
自動車安全運転センター群馬県事務所長 武井孝一
上毛共済生活協同組合理事長 戸塚一二
生活協同組合コープぐんま理事長 中嶋源治
同専務理事 梅沢義夫
全日本不動産協会群馬県本部長 植松信雄
全労済県本部長 加藤雅二
中小企業診断墾群馬県支部長 丸橋正幸
日本自動車販売協会連合会群馬県支部専務理事 三木建男
日本自動車連盟群馬支部事務所長 斎藤裕一
東日本小型自動車競走会伊勢崎支部長 高橋良
郵便局高崎郵便局副局長 萩原弘
県観光国際協会理事長 田村亮一
県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長 市川捷次
県温泉協会長 岡村興太郎
一般財団法人前橋振興公社理事長 関口和敏
草津温泉観光協会長 山田寅幸
一般財団法人みなかみ町観光協会代表理事 須藤温
磯部観光温泉旅館共同組合理事長 桜井丘子
国際ソロプチミスト前橋理事 田子明子
同会長 布川敏恵
同会長エレクト 田村恵美子
国際ソロプチミスト高崎会長 森本ふみ子
同理事 小山八重子
国際ソロプチミスト太田前会長 阿部都美子
同会長 長ケ部さつき

<教育・文化・スポーツ>
群馬大学長 高田邦昭
同工学部長 板橋英之
県立女子大学長 浜口富士雄
同事務局長 山口和美
県立県民健康科学大学長 土井邦雄
前橋工科大学副学長 尾崎益雄
関東学園大学経済学部長 藤原重紀
群馬医療福祉大学理事長・学長 鈴木利定
同学部長研究科長 笹沢武
上武大学理事長 渋呑朋子
同学長 鈴木守
同副学長 渋谷正史
高崎健康福祉大学理事長・学長 須藤賢一
高崎商科大学長 渕上勇次郎
同理事長 森本純生
東京福祉大学理事長 松原真志夫
同学長 松原達哉
同副学長 中川武義
同事務局長 来住文明
同総務課長 唐木田満穂
同入学課長 面家貴士
群馬工業高等専門学校長 竹本広文
有坂中央学園理事長 中島利郎
同専務理事 北沢俊春
同常務理事 中島慎太郎
関東学園事務局長 高橋恒夫
桐丘学園理事長 関根悦子
同事務局長 椛沢龍次郎
群馬育英学園理事長 中村義寛
同総務部長・企画本部長 中沢幹夫
国際科学技術学院理事長 寺尾球司
鈴木服飾学園理事長 鈴木良幸
新島学園理事長 大平良治
平方学園理事長・明和学園短期大学長 桜井直紀
県専修学校各種学校協会長 中島利郎
山口きもの学園長 山口則子
県高等学校長協会長 吉野勉
県私学振興会理事長 森本純生
県私立大学協会長 須藤賢一
県私立中学高等学校協会長 小茂田恵三
県私立幼稚園協会長 原徳明
日本教育公務員弘済会群馬支部長 丸橋孝義
県教育振興会長 鈴木武文
エッセイスト・書道家 斎藤裕
大川美術館長 寺田勝彦
花芸安達流群馬県合同支部役員協議会議長 須藤伸瞳
カメラ―タジオン代表 小田原由美
県子ども会育成団体連絡協議会長 後藤守吉
県茶道会長代行 鈴木洋二
県珠算連盟理事長 吉沢正夫
県書道協会長 天田研石
同副会長 大井美津江
同 小此本草郷
同 久保田香林
同 柳井和翠
同理事長 本城亮俊
同理事・県展事業部長 新井祥碩
同理事・県教育書道展事業部長 真下京子
県青少年育成事業団理事長 大西康之
県美術会長 田中朝庸
同事務局長 吉田章三
県邦楽協会理事長 江蔵無童
同本部常任理事 小林笙童
同常任理事 及川清流
温故和楽会長 内田天流
県ユネスコ連絡協議会長 関口実
県レクリエーション協会顧問 飯塚ツヤ子
群馬刻宇協会理事長 竹市求仙
同理事 高田正岳
群馬美術家連盟代表 永井金四郎
同事務局長 吉田穣
群馬マンドリン楽団代表 両角文則
群馬歴史散歩の会長 井田信夫
写真家 今井隆
上毛芸術文化賞美術選考委員・高崎市美術館長 巣山健
同音楽選考委員・群馬音楽協会長 松原真介
上毛文学賞歌壇選考委員 武藤敏春
同俳壇選考委員・あさを社代表取締役 関口ふさの
県吟剣詩舞道総連盟理事長 志塚心彰
日本棋院群馬県支部連合会長 高山博厚
同副会長 藤崎顕
日本将棋連盟群馬県支部連合会幹事長 安部高行
日本舞踊協会群馬県支部長 若柳吉駒、.俳誌
「桑海」主宰 清水舞子
宝禅寺住職 高橋賢靖
県青少年育成事業団理事妙義山麓美術館長 稲川庫太郎
日本山岳協会副会長 八木原図明
県スポーツ協会理事長 野田伸
同理事 大谷武夫
同監事・中央総合学園校長 松本邦夫
同事務局長 斉藤三郎
県高等学校体育連盟会長 清水邦夫
同理事長 高坂和之
県中学校体育連盟会長 高坂哲也
県ラジオ体操連盟会長 内田元彦
県小学校体育研究会長 山口正夫
同事務局長 根岸郁夫
県身体障害者福祉団体連合会長 増田英雄
大泉体操クラブ代表 西本浩子
草津温泉フットボールクラブ取締役会長 武尾誠
同代表取役ゼネラルマネージャー 植木繁晴
県家庭婦人バレーボール連盟会長 浦野千代子
同顧問 佐藤和江
県還暦野球連盟会長 矢野次郎
同事務局長 小川利男
県グラウンドゴルフ協会長 斎藤求
同副会長 儘田義郎
同 小保方孝次郎
同理事長 新井治夫
県ゲートボール協会長 根萩寿雄
県剣道連盟副会長兼理事長 小林一隆
県ゴルフ協会副会長 貫井忠彦
県ゴルフ場支配人会長 国武正史
県ゴルフ練習場連盟会長 蜂須賀弘有
同副理事長 井口弘
同本部担当理事 根岸正
県サッカー協会専務理事 牛久保勇
県山岳連盟会長 羽野順二
同理事長 佐藤光由
県銃剣道連盟理事長 松沢辰春
県柔道連盟会長 富沢政信
県スキー連盟会長 林辰男
県スケート連盟副会長 鶴田智之
県セーリング連盟理事長 新井幸男
県ソフトテニス連盟会長 安田直之
県綱引連盟理事 栗原主二
県テニス協会長 山川巌
県馬術連盟会長 松本長光
県プロゴルフ会長 片岡保彦
県ボウリング場協会長 馬込俊哉
同専務理事 新里擁亮
同事業委員長 宮沢隆
県ボウリング連盟副理事長 登坂明彦
県野球連盟会長 今井伸吉
同理事長 小林一隆
同審判部長 野沢晋也
群馬スポーツマネジメント・ダイヤモンドペガサス球団社長 堀口芳明
群馬陸上競技協会副会長 平方亨
同 海野俊彦
日本少年野球連盟群馬県支部制支部長 茂野義則
赤城カントリー倶楽部専務取締役総支配人 井草算雄
赤城国際カントリークラブ代表取締役支配人 星河博
赤城ゴルフ倶楽部専務取締役 佐久間紀司
伊香保カントリークラブ取締役支配人 笹渕征三郎
伊香保国際カンツリークラブ取締役支配人 国武正史
グリーンパークカントリークラブ理事長 貫井忠彦
サンコー72カントリークラブ代表取締役 寺本欣一治
下仁田カントリークラブ支配人 玉本紀弘
白水ゴルフ倶楽部支配人 長居博文
同副支配人 ・脅
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