goo blog サービス終了のお知らせ 

市政をひらく安中市民の会・市民オンブズマン群馬

1995年に群馬県安中市で起きた51億円詐欺横領事件に敢然と取組む市民団体と保守王国群馬県のオンブズマン組織の活動記録

「凡事徹底」の正しさを証明した前橋育英高校野球部でそれを実践した地元安中二中出身の一塁手

2013-08-23 09:44:00 | 国内外からのトピックス
■全国3957校が参加した第95回全国高校野球選手権記念大会に初出場で全国制覇を成し遂げた前橋育英高校の快挙のニュースに沸く我らが群馬県ですが、決勝戦までレギュラーとして活躍した県内出身者で構成される選手のひとりに安中市出身者の楠裕貴・一塁手がいます。

8月24日朝の安中市役所。懸垂幕は以前からある「八重の桜」のみ。楠選手の栄誉をたたえるメッセージはまだ掲げられていない。

 楠選手の活躍ぶりは末尾に掲げますが、群馬県勢としては1999年の桐生第一以来14年ぶり2度目、初出場での優勝は1991年の大阪桐蔭(大阪)以来22年ぶりとなり、我らが群馬県のイメージアップに大きく貢献しました。


前橋育英高校の甲子園全国制覇を称える上毛新聞号外が8月22日の決勝戦の夕方さっそく発行された。

 さっそく群馬県庁はもとより、前橋育英高校のある前橋市庁舎は外壁に大きな懸垂幕を掲げて、その功績を称えており、住民らがそのまえで記念撮影をしています。さらに、新治中出身の田村・外野手の活躍を祝ってみなかみ町も役場に大きな懸垂幕を掲げました。また、準決勝戦には大澤知事が、決勝戦には前橋市の山本市長と、沼田市立利根中出身の高橋(知)・二塁手と高橋(成)・投手を輩出した沼田市の星野市長が甲子園のスタンドで応援していました。

 前橋育英高校の優勝メンバーに安中市立第二中出身者がいることから、安中市役所でも地元出身選手を褒め称える準備をなにかしているのか、或いはする予定があるのかどうか、さっそく市役所に確認しましたが、秘書課担当者によれば、市長ら幹部がどう考えているのかわからないとして、現時点では懸垂幕や表彰の具体的な準備はしていないようです。おそらくこういうことには如才のない岡田市長のことですから、さっそく何らかの対策をとるものと思われます。

【ひらく会情報部】

※安中二中出身の楠選手に関する報道記事等
**********産経新聞2013.8.19 02:10
前橋育英・楠裕貴一塁手(3年)
 ■「次は絶対一本打ちたい」
 6点リードの九回裏、1死一塁の場面。併殺を狙った遊撃手・土谷からの送球がミットに収まった。優勝候補の一角を破る快挙を成し遂げた瞬間だった。「自分たちの野球ができた。素直にうれしい」と試合後、大粒の汗をぬぐった。
 小学2年のとき、兄、智貴さん(21)の影響で野球を始めた。野球をする兄への憧れが強く、前橋育英に進学、同じユニホームに袖を通した。激しいレギュラー争いもあったが、モットーの「人一倍の努力」の言葉通り、毎日300回の素振りをこなした。今春、ようやくその努力が実を結び、監督から背番号3を託された。
 打撃不振もあって、先発メンバーに選ばれなかった横浜戦では、八回裏に途中出場するまで仲間のサポート役に徹した。スタンドから声援を送っていた智貴さんは「感謝の気持ちを忘れず、チームのために自分の役割を果たしてほしい」と弟の姿を見守った。
 県予選では驚異の打率6割をたたき出したが、甲子園ではまだ快音を響かせていない。
 「自分だけ置いていかれるわけにはいかない。次は絶対一本打ちたい」。表情を引き締め、活躍を誓った。(広池慶一)

**********2013年8月22日読売新聞
巧者・前橋育英 さあ決勝だ…甲子園
 夏の全国高校野球大会第13日の21日、前橋育英は準決勝第1試合で日大山形(山形)に勝利し、初の決勝進出を果たした。長短打に犠打を織り交ぜる巧みな攻撃で4点を奪い、エース高橋光成(こうな)の好投と内野陣の堅守で相手の追撃を抑えた。県勢の決勝進出は1999年に桐生第一が優勝して以来、14年ぶり。決勝戦は22日正午開始の予定。
◆準決勝、犠打絡め着々加点
 前橋育英は初回、先頭の工藤陽平が出塁すると、続く高橋知也の安打などで一死二、三塁とし、荒井海斗の犠飛で先制。二回には田村駿人が三塁打を放ち、楠裕貴の適時打で追加点を奪った。その後も、盗塁や犠打を絡めて攻め、相手を突き放した。エース高橋光は104球を投げ抜き完投。
 荒井直樹監督は「初回の併殺がいい流れを呼び込んだ。『攻撃的守備』を表現してくれた。高橋光はうまく緩急を使い分けて要所を締めた」とたたえた。
◆進化するエース・高橋光が完投
 外野スタンドのかなたから白い入道雲が伸びる。今大会のスターをのぞき見に来たかのようだ。大会5回目のマウンドに立ったエース高橋光成の投球は、この日もさらなる進化を見せた。
 2点リードの三回、先頭打者の強烈な打球が高橋光を襲う。球が左足に当たり、軌道が変わる。すかさず二塁手の高橋知也がカバーに入り、一塁に投げてアウトを取った。「あいつが頑張っている。しっかり捕ってやらないと」と、小学生からの幼なじみをもり立てた。
 その後、2安打を浴びて二死一、二塁のピンチに。打席に4番の奥村展征(のぶゆき)が入った。「キーになる打者。三振で勢いを封じたい」。力がこもった。
 この日、「一番自信がある」直球が狙われていた。2ストライクと追い込んだ後の4球目、捕手の小川駿輝が送ったサインはフォーク。「ボール球の直球にタイミングを合わせてきた。ほぼ同じ速さと軌道のフォークなら空振りが取れる」とにらんだ。
 高橋光がうなずく。1メートル88の長身が投じた球は、打者の手前でストンと落ち、バットが空を切った。一発逆転の場面で主砲を抑え、この日も自責点0で完投した。
 「甲子園に来る前は要所で抑えられなかった光成が、今は決めるところでしっかり決めてくれる」と小川。あと1試合。進化を続ける2年生エースは、決勝でどんな成長を遂げるのだろうか。(百瀬翔一郎)

**********東京新聞2013年8月23日
<夏の甲子園>ミラクル育英 県勢14年ぶり2度目の栄冠
 「守り勝つ野球」で群馬に2度目の栄冠-。第95回全国高校野球選手権大会は二十二日、前橋育英が決勝戦で延岡学園(宮崎)に4-3で逆転勝ちし、初出場で全国制覇を成し遂げた。県勢の優勝は一九九九年の桐生第一以来14年ぶり。スタンドには「やった」「ありがとう」の歓声が響き、歓喜の涙があふれた。 (美細津仁志、伊藤弘喜、杉原麻央)
 1点リードの九回裏。死球と安打で無死一、二塁のピンチを迎えた。「こうな、こうな」。一塁側アルプス席は、初回からマウンドを守る高橋光成(こうな)投手(二年)の名を呼ぶ声援に包まれ、一球ごとに緊張が走る。
 「三振を取ってやる」。2死の後の高橋投手の134球目。思い切り腕を振って投じた。133キロのフォークボールに打者のバットは空を切った。
 優勝の瞬間、ナインがマウンドに駆け寄る。スタンドを埋めた生徒たちは涙ぐみ抱き合って喜んだ。
 4万3000人の観客が見守った最後の戦い。序盤は苦しい展開だった。生徒たちは黄色いメガホンを握り締めた。堅守で三回まで相手を無安打に抑えたが、四回、内野の送球ミスが絡み一挙に3点を失う。ナインのモットーは「雑草心」。踏まれても立ち上がる。
 五回、先頭の田村駿人(はやと)選手(三年)。「出塁だけを考えていた」。打球は左翼席へ。自身、今大会2本目の本塁打で、流れを一気に引き寄せた。敵失も誘い、小川駿輝(しゅんき)選手(三年)の右前適時打ですぐに同点。父の修弘(のぶひろ)さん(41)は「初回の満塁で打てなかったので、ほっとした」。
 3-3で迎えた七回。三塁打の土谷恵介選手(三年)を荒井海斗(かいと)主将(三年)が適時打でかえした1点が決勝点となった。「守備のミスを取り返せて良かった」と荒井主将。同じクラスの嶋田和季さん(18)は「さすが、海斗」とスタンドで喜んだ。
 連日、高橋投手を見守った母尋美(ひろみ)さん(40)は「抑えてくれると信じていた。ゆっくり休んでほしい」とねぎらった。
◆監督・主将談話 
 荒井直樹監督 最高の気持ち。いつも通りの守備ができて満足している。自分たちの積み重ねが表現できて優勝できた。点を取られた後の粘り強さや我慢強さを出せた。自分たちのやってきた野球に間違いはなかった。
 荒井海斗主将 母が寮母として苦労しているのを小さいころから見てきた。これ以上の親孝行はない。なかなか打てなかったのは4番として苦しかったが、その分、チームメートに声を掛け、もり立てた。
◆選手ひとこと(丸数字は学年)
 高橋光成選手(2) 決勝の雰囲気は違った。守備で先輩に助けられた。優勝の実感はない。
 小川駿輝選手(3) 最後に思った通りに三振を取れて、すごく気持ち良かった。
 楠裕貴選手(3) まさか本当に優勝できるとは。このチームで勝てて最高です。
 高橋知也選手(3) (土谷)恵介と目指した「日本一の二遊間」がかなってうれしい。
 土谷恵介選手(3) 実感はないがうれしい。(攻守の活躍は)気持ちがプレーに出た。
 田村駿人選手(3) 苦しいときもあったが、仲間や両親の支えでここまで頑張れた。
 工藤陽平選手(2) 先輩に支えられた。次は自分が引っ張り、また甲子園に戻ってくる。
 板垣文哉選手(3) 選手を大事にしてくれた荒井監督を「日本一」にできてうれしい。
 喜多川省吾選手(2) 強豪校と試合ができ、強くなれた。連覇して先輩に恩返ししたい。
 井古田大輔選手(3) 伝令でチームを笑顔にできた。このチームで野球ができ良かった。
 竹内良太選手(3) チームワークが良くみんなでつかんだ優勝。最高のチームになった。
 富田恭輔選手(3) とにかくうれしい。支えてくれた両親や兄にありがとうと言いたい。
 内田祥司選手(3) 3年間きついことも多かったが、チームワークの良さで優勝できた。
 板橋達弥選手(3) 常総学院戦で追い付いたように、諦めなかったのでいい結果が出た。
 小野拓真選手(3) 仲間と支え合ってここまでこられた。最高の形で終われてよかった。
 若松徹也選手(3) 横浜に勝っていけるかなと思った。来年も絶対に頑張ってほしい。
 須川良紀選手(3) 冬の練習や、けがをしてつらいこともあったが優勝できてうれしい。

**********Number Web 2013/08/22 19:20
http://number.bunshun.jp/articles/-/655311
~甲子園の嵐~
優勝を呼んだ前橋育英の「凡事徹底」。誰でもできること、誰よりもつづけること。
中村計=文
 前橋育英(群馬)の監督、荒井直樹は常に「平熱」の人だ。
「監督のすごいと思うところは?」という質問に対し、一塁手の楠裕貴は、真っ先に「怒らないところ」と答えた。
「野球以外のことでは厳しく注意されることはありますけど、声を荒げたりすることもない。1カ月間、ほとんど誰も注意を受けないこともある」
 延岡学園(宮崎)との決勝戦で、4回裏に3点先制されたときも、5回表にすかさず同点に追いついたときも、ベンチ前に立つ荒井が喜怒哀楽を表現することはほとんどなかった。
「ここまできてドタバタしてもしょうがないので。ガツガツやってもいいことないじゃないですか」
 指揮官も、選手も、強さの理由を尋ねても「特別なことは何もしていない」と繰り返した。逆説的だが、強いて言えば、それが「特別」だった。
 荒井の座右の銘は「凡事徹底」。今年のチームとこれまでのチームはどこが違うかと問うと、こう答えた。
「毎朝、散歩しながら15分間ゴミ拾いをしているんですけど、今年はそういうこともきちんとできるチーム。本物というのは、そういう平凡なことも、きちんと積み重ねることができるチームのことだと思うんです」
■「インコースの打ち方を覚えるよりも、まずはトイレをきれいにしろ」
 指導の礎としたのは、日大藤沢(神奈川)を卒業し、1983年に就職したいすゞ自動車での経験だ。
「インコースの打ち方を覚えるよりも、まずはトイレをきれいにしろ、靴をきれいにそろえろ、というチームだった」
 入社当時、チームは低迷期で大学生相手にも負けてしまうほどだった。入社7年目に都市対抗の本戦に出場したときは、実に18年振りだった。
 ただ、そんな気風が荒井の性に合ってもいた。
「社会人で13年間やらせてもらったけど、常に『クビ候補』の選手だった。ピッチャーを失格になり、外野手もダメで、内野手になって、ようやく少しずつ試合に出させてもらえるようになった。すぐにできるタイプじゃないんです。そういうセンスがないんだと思う。じっくり、じっくり、なら何とかなるんですけど」
 そして荒井の退社後、2002年にいすゞ自動車は全国制覇を成し遂げた。時間はかかるが「凡事徹底」はあらゆるところに生きることを確信した。
■強いと思ったことはない。でも、どこよりも我慢強い。
 いすゞ自動車が優勝した年は、荒井が前橋育英の監督に就任した年でもある。いすゞ自動車は優勝を花道に休部が決まっていた。そこで荒井は「いすゞ自動車の意志を継ぎたい」と前橋育英のユニフォームをいすゞ自動車とまったく同じデザインのものに変更した。
「ラインの太さも、帽子のマークの角度が5ミリぐらい上がっているのも、そっくりなんです」
 そんな荒井の思いが反映したのだろう、前橋育英も、時間はかかったが当たり前のことを辛抱強く継続できるチームに成長した。
「強いと思ったことは一度もないんです。相手をねじ伏せるような力があるわけじゃない。でも、どこよりも我慢強い。そういうチームになったとは思います」
 それを象徴していたのが準々決勝の常総学院(茨城)戦だった。
 0-2と2点リードされ、9回2死走者なしまで追い込まれた。しかし、そこから同点に追いつき、延長戦でサヨナラ勝ちを収めた。
 決勝戦も4-3と1点リードで迎えた最終回、無死一、二塁のピンチを招いたが踏ん張った。
「バックネット裏の人たちまで向こう(延岡学園)を応援してましたからね。これはピッチャーも大変だろうなと思いながら見てましたけど」
「たとえ負けても自分のやり方を変えることはなかったと思います」
 前橋育英の監督就任から11年間、周囲の人間に「甘い」と言われながらも自分のスタイルを貫いた。
「僕の中で当然と思えることをやってきただけ。怒ることが指導ではない。勝ったことでそれを証明できたと思う。でも、それをあえて言うつもりもないし、たとえ負けていても自分のやり方を変えるということはなかったと思います」
 荒井はあくまで穏やかな口調でそう語った。
 誰にでもできるようなことを誰にもできないくらい長い時間、積み上げた。それが荒井の指導者としての最高の才能であり、前橋育英の強さだった。
**********

※甲子園での戦績データ
<決勝戦試合経過>
【1回】▽表(前橋育英)工藤二ゴロ。高橋知四球、土谷中前打、荒井右前打で1死満塁。
小川捕ゴロで併殺
▽裏(延岡学園)守備から代わった渡会遊ゴロ、松元一ゴロ、坂元右飛で三者凡退
(前橋育英0-0延岡学園)
【2回】▽表 板垣中飛、高橋光遊ゴロ、田村遊ゴロで三者凡退に
▽裏 岩重三振、浜田遊直、田中遊ゴロで三者凡退
(前橋育英0-0延岡学園)
【3回】▽表 楠が二塁内野安打で出塁しボークで二進。工藤右飛、高橋知三振。土谷の右前打で2死一、三塁。荒井は投ゴロで二者残塁に
▽裏 蒲田が死球で出塁し柳瀬、横瀬が犠打を試みるもともに二塁封殺。渡会一ゴロ
(前橋育英0-0延岡学園)
【4回】▽表 小川三振。板垣左前打、高橋光三振で2死一塁。田村の打席で板垣が二盗失敗
▽裏 松元遊ゴロ。坂元、岩重が連続安打で1死一、二塁。浜田三飛、田中四球で2死満塁。蒲田の三塁内野安打と悪送球で2点を先制。柳瀬四球で2死満塁。横瀬の右前打で3点目、二走は本塁で刺殺
(前橋育英0-3延岡学園)
【5回】▽表 田村の本塁打でl点。楠が敵失で出塁。工藤も敵失を誘い無死一、三塁。2番手井手に継投。高橋知がスクイズを決め2点目。土谷四球で1死一、二塁。荒井は中飛。小川の右前打で同点。3番手奈須がマウンドヘ。板垣四球で2死満塁。高橋光は三ゴロで勝ち越せず
▽裏 渡会一ゴロ、松元投ゴロで2死。坂元が中前打で出塁したが岩重三振
(前橋育英3-3延岡学園)
【6回】▽表 田村投ゴロ、楠三振で2死。工藤が二塁打で出塁。高機知の打球を遊撃手が失策するも三塁憤死
▽裏 浜田投ゴロ、田中左飛、薄田ニゴロで三者凡退
(前橋育英3-3延岡学園)
【7回】▽表 土谷の右翼線を破る三塁打と荒井の左前打で勝ち越し。荒井の二盗失敗、小川の三振で2死。板垣四球、暴投で2死二塁。高橋光四球。田村のニゴロで二塁封殺
▽裏 柳瀬二ゴロ、奈須、渡会の連続三振で三者凡退
(前橋育英4-3延岡学園)
【8回】▽表 楠右飛、工藤二ゴロ、高橋知右邪飛で三者凡退に
▽裏 松元遊飛。坂元四球で出塁するも岩重の遊ゴロで併殺
(前橋育英4-3延岡学園)
【9回】▽表 土谷四球、荒井左飛で1死一塁。一走土谷が二盗し、捕手の暴投で三進。小川投ゴロ。板垣四球、高橋光の遊ゴロで二塁封殺に
▽裏 浜田死球、田中中前打で無死一、二塁。野崎左飛、柳瀬捕邪飛、奈須三振でゲームセット
(前橋育英4-3延岡学園)

<最近10年間の決勝成績>
     優 勝       準優勝
2004年 駒大苫小牧13 - 10 済   美
2005年 駒大苫小牧 5 - 3 京都外大西
2006年 早   実 1 - 1 駒大苫小牧
2007年 佐 賀 北 5 - 4 広   陵
2008年 大 阪 桐 蔭 17 - 0 常葉学園菊川
2009年 中京大中京 10 - 9 日 本 文 理
2010年 興   南 13 - 1 東海大相模
2011年 日 大 三 11 - 1 光 星 学 院
2012年 大 阪 桐 蔭 3 - 0 光 星 学 院
2013年 前 橋 育 英 4 - 3 延 岡 学 園
※ 2006年は延長15回引き分け再試合

<決勝戦各選手成績>
【前橋育英】      打得安点振球犠盗失 打率
⑧ 工 藤② 下 仁 田 511000000:.385
④ 高橋知③ 沼田利根 300111100:.267
⑥ 土 谷③ 藤岡小野 313002010:.333
⑤ 荒 井③ 前 橋 東 502100001:.208
② 小 川③ 館林多々良501120000:.364
⑨ 板 垣③ 前橋木瀬 201003000:.235
① 高橋光② 沼田利根 400011000:.238
⑦ 田 村③みなかみ新治411100000:.286
③  楠 ③ 安中二中 411010000:.125
   計        35410457111:.274
【延岡】        打得安点振球犠盗失 打率
④ 梶 原③      000000000:.211
5 渡 会②      400010000:.000
⑥ 松 元③      400000000:.333
⑧ 坂 元③      312001000:.353
⑨ 岩 重③      411020000:.286
⑦ 浜 田③      300001000:.421
③ 田 中③      311001001:.400
⑤4薄 田②      201101001:.167
H 野 崎①      100000000:.000
② 柳 瀬③      300001001:.353
① 横 瀬③      201100001:.333
1 井 手②      000000000:.500
1 奈 須③      200020000:.167
   計        3136255004:.278

投 手 回   打 投  安振球失責  防御率
高橋光 9   36 134 65532  0.36
-----------------------------------------------------------
横 瀬 4-0/3 19  72 63131  1.64
井 手 0-2/3 4  16 10100  1.29
奈 須 4-1/3 20  90 32511  1.00
▽三塁打 土谷
▽二塁打 工藤

<優勝までの軌跡>
▽1回戦
岩国商(山口)
  000 000 000 - 0
  000 100 000 - 1
前橋育英
▽2回戦
前橋育英
  000 010 000 - 1
  000 000 000 - 0
樟南(鹿児島)
▽3回戦
前橋育英
  200 201 200 - 7
  010 000 000 - 1
横浜(神奈川)
▽準々決勝
常総学院(茨城)
  020 000 000 0 - 2
  000 000 002 1x - 3(延長10回)
前橋育英
▽準決勝
日大山形
  000 001 000 - 1
  111 000 10× - 4
前橋育英
▽決勝
前橋育英
  000 030 100 - 4
  000 300 000 - 3
延岡学園(宮崎)
(前)高橋光-小川 (延)横瀬、井手、奈須-柳瀬
▽本塁打 田村2同①(横瀬)

<夏の甲子園大会の初出場優勝>
     優勝   スコア  準優勝
1916年 慶応普通 6-2 市 岡 中
1917年※愛知一中 1-0 関西学院中
1919年 神戸一中 7-4 長野師範
1923年 甲 陽 中 5-2 和歌山中
1931年 中 京 商 4-0 嘉義農林
1936年 岐 阜 商 9-1 平 安 中
1949年 湘  南 5-3 岐  阜
1955年 四 日 市 4-1 坂 出 商
1965年 三 池 工 2-0 銚 子 商
1968年 興  国 1-0 静 岡 商
1971年 桐蔭学園 1-0 磐  城
1976年 桜 美 林 4-3 P L 学園
1991年 大阪桐蔭 13-8 沖縄水産
2013年 前橋育英 4-3 延岡学園
(注)第1回大会を除く、※は敗者復活戦からの優勝

【平成25年9月10日追記】

 8月22日の前橋育英高校の甲子園全国制覇の偉業から18日ぶりにようやく安中市が、地元出身選手らに祝辞を贈りました。例によって、岡田市長の提灯記者の取材によるものです。

**********東京新聞2013年9月10日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20130910/CK2013091002000163.html
安中市出身3選手 夏の甲子園V報告 市長「歴史に残る」

優勝報告に訪れた選手たち。左から若松、楠、大竹選手=安中市で
 夏の全国高校野球選手権大会を初出場で制した前橋育英高校野球部員で安中市出身の三選手が九日、市役所を訪れ、岡田義弘市長に優勝報告した。
 三人はいずれも三年生で、一塁手の楠(くすのき)裕貴選手、外野手の若松徹也選手、外野手の大竹厚汰選手兼記録員。出迎えた岡田市長は「おめでとう。群馬の歴史に残る」と歓待。「厳しい練習によく耐えた」と話し掛けると、三人は「監督についていって正解だった」と答えていた。岡田市長は秋の国体出場にも触れ、「最上の活躍を」と激励。選手たちは「チーム状態も良い。全力で悔いなく戦いたい」と意欲を見せていた。 (樋口聡)
**********

 ところがこの日、奇しくも群馬県の秋季大会の初戦(2回戦)で、前橋育英高校は、太田工に3-4で敗れてしまい、来春の選抜大会出場の可能性が絶望となりました。無理もありません。つい前々日の9月8日まで台湾で、18Uのワールドカップで米国と決勝戦を争っていた日本代表に選ばれていた高橋光成投手(2年)は、前日9日に台湾から帰国したばかりだったからです。高橋党首は2点を追う4回から登板しましたが、5回を投げて5安打1失点でした。
 しかし、高橋投手は、「疲れはあったけど言い訳にしたくない。夏に向けて、しっかり冬に走り込みます」と試合後、しっかりと力強く来季への意欲を示したのでした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ついに峠の湯が炎上!信越線復活の夢を打ち砕き続ける岡田市長と碓氷峠交流記念財団の利権偏重体質(その5)

2013-08-21 23:03:00 | 困ったちゃん岡田義弘・元市政
■TBSでは平成25年8月18日(日)午後1時から「噂の!東京マガジン」で「あの人気鉄道復活?夢壊す送電線窃盗団」と題して、信越線の横川~軽井沢間の廃線区間で最近発覚した大量の電線盗難事件と、それに追い打ちをかけるように発生した峠の湯の火災事故について、午後1時25分ごろから放送しました。当会の会員に、この番組を録画していただいたので、番組を見逃した方々の為に内容をおさらいしてみます。

**********
【森本毅郎ホスト】続いては噂の現場ですが、16年前に信越本線、横川、軽井沢間、ここが廃線になりました。地元では歴史のある鉄道をなんとか復活させようとする機運が高まってきているんですが、そこに思いがけない問題が持ち上がりました。こちら、ご覧ください。


【山口良一レポーター】私は今熊ノ平に来ております。もうここは既に廃線になっているところなんですけども。人目に付くところの送電線は、このようにもうそのまんま、残っているわけなんですね。ところがですね、トンネルのなかをみると殆ど盗られているという、かなり悪質ですよねえ。


「山口良一が見に行く噂の現場」



【ナレーション♪】狙われたのは機関車に電気を送る送電線。今は廃線で使っていませんが、復活のために安中市が保存している施設なのです。
こちらの壁には数多くの電線が。同じものがこちらの壁にもあるばずなのですが、なくなっています。送電線が何者かによって切断されたのです。

関係者激怒。金属泥棒に鉄路復活の夢まで盗まれた。近隣住民も憤りを隠せません。


【レポーター】盗まれているっているという話を聞いたときは、どんな思いなんでしょうか?


【近隣住民】ほんとに心の中をえぐられたような、極端な話をすると、そんな感じもします。

【近隣住民】どれも先人たちが残してくれた大切な遺産なんですね。それを傷付けられちゃうっていうのはちょっと寂しい。

♪群馬県安中市と長野県軽井沢町との境にある碓氷峠。かつては信越本線が走っていました。
1997年、横川―軽井沢区間が赤字路線のため廃線に。

長野オリンピック開催に合わせて開業した新幹線が、その役割を引き継いだのです。
廃線になった横川と軽井沢の11.2キロ。通称碓氷線は、安中市が鉄路復活のため保存。


【近隣住民】今、あのう安中市では新しくもう一回軽井沢まで通そうなんて話は出てますよね。全部盗まれたわけではありませんけど。

【レポーター】でも、結果、盗まれたところは全部またやり直さなければいけないことになりますものね?

【近隣住民】そういうことですね。そういうことでね、あらためて、ショック。

【近隣住民】文化遺産ですから。文化遺産の一部だけ持ち出してどうするの?


♪碓氷峠を越える鉄道は明治26年、線路と列車を歯車のように噛み合わせて上るアプト式技術が日本で初めて導入されました。
その後、2台の電気機関車で客車を押し上げ、峠を上っていく時代に。

廃線当日、横川、軽井沢までのラストランを一目見ようと1万人以上の鉄道ファンが押し寄せました。


【近隣住民】あの、横川の駅から、ずーっとこの先500mぐらい先に郵便局があったんですけど。

そこまで浅間とロクサン(EF63電気機関車のこと)。もう汽笛を鳴らしっぱなしなんですね。パーーーっと。

【レポーター】へぇー。

【近隣住民】もうー、なんて言うんですか、横川の人たちっていうんですかね。もう鉄道の町ですからね。その人たちに別れを告げて行くような汽笛。

【レポーター】さようならと。

【近隣住民】山にこだまして、もう今、絶対に忘れないですね、あれは。


♪当時の映像がある。
全国の人に惜しまれながら104年間の歴史に幕を閉じたのです。

そして今年、廃線跡を管理する市が復活に向け動き出す中、送電線は盗まれたのです。


【財団の飯沼事務局長】こちらの手前は通常ですけど、トンネルに入った途端に、まあ一番上の太い約3センチくらいの径ですけども


【レポーター】あっ、なくなっている。


♪11.2キロの廃線が、半分以上の送電線を失ったと担当者は言います。

【事務局長】あと、こちらの横も同じように、トンネルに入った時点でもうなくなっています。

【レポーター】これも?


【事務局長】そうですね、そちらは多分通信のケーブルだと思うですけども。

【レポーター】なにか、三つひっかかるようなこう受けがあります。残ったまま。


♪盗まれた送電線は6.3トン、金額にして250万円。換金が目的で盗んだものと思われます。


【レポーター】あっ、こんなになっているんですね。切り口を見ると。ここの中が銅っていうことですよね。これがもうほしいわけだ。


♪鉄路復活のために保有していた安中市。
今回の盗難で復活が遅れるのではと関係者は困惑しています。

【レポーター】こういう盗難というのは初めてなんですか?


【安中市の小林商工観光課長】・・・2007年にも、実は被害にあっているんですね

♪なんと2007年にも送電線およそ2.6トン。106万円相当が盗まれるという被害にあっているのです。
復活に向けて動き出したものの相次ぐ盗難。関係者は11.2キロと広大な廃線跡を守る妙案はないかと頭を抱えています。


【近隣住民】被害を今あらためて、今畜生という感じにはなってきますね。

【レポーター】あらたにやろうという計画にも影響が出るかもしれませんね。これから検討するにあたってね。

【近隣住民】そうですよね。


【スタジオでのレポーター、ホスト、ゲストらの会話】
はいどうもありがとう。皆さんあのう信越本線、おのりになったことは。
ああ、あります。
皆さんはあるんですね?
ロケでね。僕は最終のあそこ。
今見てたの最後のところ?
そうそう。あの時に、ワーッとね、泣いて泣いて。ありがとうーーって、もうすごかったよ。
最後のね、あの電車が出る時もなんか、あんなに大勢のかたがまだ見守っているくらいですからね。
森本さんはよくお乗りになった?
僕は子どもの頃ですね、アプト式ですから、
エーっ。
なんでそんなに驚くの?(笑い)
アプト式を経験している人がこのスタジオに?
当時は戦後はね、長野のほうに疎開をしましてね。それから買出しにもね。
買出し?
そういう時には親に連れられて乗るんですよ。そうすると、軽井沢に行くなんて優雅なもんじゃない。
いやいや、僕たちもうすっかり歴史の生き証人みたいだ。


【レポーター】アプト式の車両ですよね。お乗りになっていたと言うことですけども。ここでちょっとおさらいしておきましょうかね。まあ、ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんけども。
こちらも横川駅からこの軽井沢駅までの間11.2キロ。まあ通称碓氷線とこの区間を呼ばれているわけなんですけど。
ここからほんとに急勾配でね。碓氷峠を越えていきます。昔はアプト式というんです。昔はあのう、昭和38年ですね。それから電車の車両になりまして、重い電車の車両をね。こう、押し上げている形に変わったんです。それが長野オリンピックがあるということ。まあそして、こちらの赤字の路線というのもね、原因であるんだけれども。それでこう、1997年に廃線になったという経緯なんですねえ。
たとえば普通廃線になりますとね。手付かずでね。もうなんか、どんどん撤去されるものだと思うんですけど、ここは一応復活を皆さん望まれているし、安中市のほうでもいつかは、という想いがあるので、そのまま残しちゃったんですよ。送電線とか。だからまあ、それを狙われたという、ことなんですねえ。だからほんとにあの、結構、無残にぶちぶちぶちぶち、トンネルの中。


【スタジオのゲスト】まあきっと仕事がしやすいということなんでしょうか。

【ゲスト】見えにくいでしょうしね。。

【ゲスト】犯人はつかまっていないんだね。

【レポーター】そうなんですよ。犯人はつかまっていないんですよ。

【ゲスト】ちょっと見張っているわけにも行かないからね。

【レポーター】トンネルが29個あるんですよ。で、全部見張るってわけにもいきませんし。なんかね、発見されたかたがあとでトンネルの中に入ってみると、まだね、脚立だとか、自分たちの移動用にちょっと簡易的なトロッコみたいなものを、そのまま置いてあった状態。


【ゲスト】窃盗団やな。

【レポーター】鉄道村の関係者のかたのお話によると、計画的に運び出した複数の犯人グループによる犯行じゃないかとおっしゃっているんですけども。

【ゲスト】銅なわけ?

【レポーター】そうですね、あの。送電線の中に入っている銅ですね。今回で言いますと重さ6.3トン、約、被害金額が250万円という値段ですね。だからま、そのう、安中市はいつか復活をすると、それはあのう、観光用だとか、まあ一般生活用に使うとかそういうのもあるかもしれないが、それでもどういう形にしても、町のかたも望んでいるかたもいらっしゃるという。

【ゲスト】復活の日は近いの?

【ゲスト】復活したいという気持ちがあっても、復活を支える人たちや応援する人たちがいなかったらどうしようもない。

【レポーター】そうそうそうそうそう。でも。価値のあるというか、歴史のある線ですし、鉄道としても文化遺産ということですからね。本当に技術も含めて、組織もありますけども、技術だけではなく、実は他にも歴史のある碓氷線ということなので。だからこそ復活が望まれていく中での盗難ということなんですね。果たして鉄路復活はどうなるんでしょうか。そして近隣住民や関係者はどう受け止めていらっしゃるんでしょうか、こちらをごらんください。



♪横川駅から先の廃線になった跡地は線路を生かしたテーマパーク、鉄道文化村になっているのです。年間18万人が訪れるという人気のスポット。



【レポーター】今、廃線を利用しましてね。この観光用トロッコ列車を走られせているんですが、ま、将来的には、このトロッコ列車を利用して、軽井沢まで伸ばすという計画がある中、貴重な送電線が盗まれたんです。





♪というのもトロッコを走らせるほどの貴重な鉄道遺産が点在しているのです。国内最大級のレンガ造りのめがね橋は国の重要文化財に。遊歩道から散策できるトンネルは、天井に排煙用の穴が明けられた珍しいもの。碓氷峠は鉄道遺産としての文化的な価値も高いのです。


【近隣住民】特急も必ずここに止まります。今の天皇陛下、皇后陛下が、この駅に留まっているときに私子どものころ見に行ったことがあります。


♪思い出深い記念写真の中から、住民が見せてくれたのは。


【レポーター】これはお召し列車。ここに日の丸をね。珍しいですね。

♪横川駅で撮影したといいます。昭和26年には当時の皇太子が軽井沢に訪れ、やがてテニスコートの恋が話題に。軽井沢は全国的ブームに。


新幹線関連事業により取り壊された旧駅舎を明治43年の姿で再築し、今に伝えます。


2階は当時の旧貴賓室を見学することも。廃線になるまでお召し列車は幾度となく碓氷峠を越えたのでした。

1957年には天皇・皇后両陛下のロマンスの場所として一躍脚光を。


廃線から16年、軽井沢の住民は碓氷線復活についてどう思っているのでしょうか。4代続く青果店のご主人は。


【青果店主】碓氷峠を下りていけば、馬県の人たちが一生懸命力を入れているっていうのは十分分かるから。

【レポーター】復活してほしいですか?

【店主】僕は復活したほうがいいんじゃないかなとは思います。群馬のほうに通っている学生たちが今バスでしか行かれないから、そのう、電車で行かれるようになれば少しでもまた変わるんじゃないんですか?


♪当時のホームを活用する案もある中での送電線盗難。住民は。


【近隣住民】なんてことしてくれたんだろうと。これどうするんだろうと思ってね。いざ復活した時を思うとね、非常にくやしいですよね。

♪過去には碓氷線復活についてトップ会談を行ったこともある軽井沢。協力は惜しみませんという。地域の政策に詳しい専門家はこう指摘します。


【高崎経済大学教授】多分将来的にですね、地球温暖化が進だり高齢化がますます進むといった時にですね、多分ここは公共交通として必要だという議論が出てくる時期がくるかもしれないんですね。そのときにですね、電車をきちんと走らせるということはですね、将来に向けてですね、公共交通として復活させることを含めまして私は必要でないかと思っているわけです。


♪取材班は安中市長の鉄路復活計画を聞きに市役所へ。


【岡田市長】軽井沢に向いて、行く時はですね。トロッコ電車に乗って。

帰りは軽井沢から11キロのところをですね。散策しながら、横川まで、峠の湯までお越しいただいて、そこでお湯に浸かっていただいて。

【レポーター】ほうー、いいですね、歩いた後のお湯。

【市長】ええ。


【レポーター】何年後ぐらいまでに実用化というか、実際に走らせるようにできたらいいなとお考えなんですか?


【市長】来年4月1日からむこう3年間。

【レポーター】3年間?ほう。

【市長】あのう、国との協議を、整える努力をして、4年目には実際に動かしたいと、こう思っているんです。

♪そんな中で市の施設で出火。

【レポーター】あーっ、なんか燃えた跡が分かりますね。


♪自慢の峠の湯が火災に。どうなる市長の計画。復活に影響は?

<CM>


【レポーター】えー、7月31日人気の施設、峠の湯が火事になりました。現在営業休止しているんですけども、近い将来廃線復活をめざす安中市、今後どうなるのかさらに市長に聞いてみました。



【レポーター】こちらはですね、安中市が約19億円をかけた人気の施設なんですけども、まあちょっと、ご覧のような感じになっています。営業休止という、ことなんですね。もったいないねえ!




♪鉄道文化村からトロッコが運行する温泉施設、峠の湯。年間17万人が利用する市の建物。19億円かけて建設されたその施設設800㎡が延焼。この火災により復活計画が遅くならないかと関係者は心配しているのですが、市長の考えは?


【レポーター】観光ということで言うと、この峠の湯の方で、まあ火事があったということなんで、そっちにお金がいっちゃうと。ちょっとこの碓氷線のほうの、あのまあ、復活がちょっと遅れたり、そういうこととなんか関係があるものなんですか?

【市長】いや、それは、直接はございませんですね。

【レポーター】ひょっとして、これから先、まあ、過去に二度盗難というものが起きていると。と、これかもその心配がありますよね?



【市長】いろいろと、協議はいたしましたが、このう、トンネルの入り口入り口をですね。完全に、門扉を付けるような、そういう対策はですね、なかなか取れないと。ま、見回り、を、そのう、増やしていくと、いうことですね。


【レポーター】収益性はどうなんでしょう?





【市長】・・・来年、4月1日に、鉄道事業法に基づいて積算を、専門的に、庁内でやっていくという・・・それ見ないと収益性・・・が、可能なのか、というのはここでは断定できないですねえ。


【レポーター】ということは、凍結する可能性もある。


【市長】あのう、そ、そういうものも、なきにしもあらず。


【スタジオでレポーター】はい、ということで、峠の湯という施設。

こちらの場所なんですけどね、今ね、鉄道文化村から、こう、途中からちょっとこう、線が分かれて、入浴施設があって、これも人気で結構お客さんが来ているところなんですよ。だけどここが火事になってしまっている。

【ホスト】原因はわからない?


【レポーター】わからない。それで今、調査中ということで、まだ分からない。峠の湯が火事になったということで、全国から義捐金が寄せられまして、市長さんがぜひ、ありがとうございましたと。ほんとに感謝していらっしゃいましたことをお伝えしておきたいと思いますけども。僕たちが心配したのは、これを復活させるためにちょっと鉄道の計画がね、遅れるんじゃないかと思ったんですけれども、市長によれば、それは関係なくて、来年の4月から調査をやると。

【ホスト】復活をするという場合は、どこがその主体となっていくか?

【レポーター】一応今もっているところというのは安中市なので、安中市がやるのか、それともまあ、第3セクターっていう形でやるのかという、それらを含めてこれからどんどん、ま、一応調査をすることになるということですね。

【ホスト】認可は国土交通省?



【レポーター】鉄道事業ということになりますので。安中市としてはまあ、そういう形でもいいんですけども、軽井沢でもね。まあ、協力を惜しまないという形で、ここね、軽井沢のほうからもちょっと頂きましてね。町長の見解をいただきました。当町としては、今のところ、岡田安中市からは鉄路復活のお話はありませんが、将来的に可能性が有れば軽井沢町としても協力していきたいと思っております。当案件については、費用対効果、つまり事業性の有無などを考慮し、慎重に検討し、進めるべき案件だと考えております。と申しますのも、まああの、どちらかといいますと、横川の人がこう考えているのは、観光トロッコでもまあまあいいじゃないかと。ただ、軽井沢からの人というのは、こちらは、高崎がありますよね。こちらには学校もある。と、通勤通学の方は、新幹線ってお金もかかるし、ホントにこれ、今はこれバスになっちゃっているんですよ。


【ホスト】冬場は凍結もありますし。

【ゲスト】生活路線として復活させたいと。

【レポーター】町のかたもそれを望んでいるかたもいらっしゃるという。そうなると生活列車でトロッコというわけには行かないですね。

【ゲスト】かえり歩かなければいけないでしょう。

【ゲスト】通学しなけりゃあいけないところでしょう?

【レポーター】日常の生活だけではなかなか難しいので。アイデアとしてはいろんなことが。

【ゲスト】大変だ。なかなか大変ですよね。

【レポーター】なかなか難しい。

【ゲスト】それで本当にどれだけの集客が見込めるかということなんですね。もう、鉄道ファンはトロッコよりは、それこそアプト式とか、その後も、ずっと電車でこう押し上げていった、重い電車で押し上げてゆくスタイルね。あれが復活すれば、それなりの話題性はあるね。


【レポーター】で、そうしたいんだけど、それには定期点検。直すだけではね。碓氷線というのはほんとに文化遺産として価値が高いんですよ。ま、そういう意味では、まあ、両方の市と町がしっかり保存して、いつでも動けるようにしておかないと。なかなかこれから復活と言うのはね。

【ゲスト】軽井沢に行くのってさ。余りにも早くなり過ぎて、軽井沢まで行っていう旅の旅情が全然なくなっちゃったですよね、今は。

【レポーター】なくなりましたか?

【ゲスト】新幹線だと直ぐですからね。

【ゲスト】そうなんですよ。

【レポーター】で、実際も、高崎経済大学の西野教授によりますと、これから高齢化なので、やはり鉄道というものの重要性を見直すべきだろうと。で、観光用トロッコも、まあ、いいんですけども、電気のほうがスピードとか輸送量を考えるといいんじゃないかということなんですよね。
だからほんとにあのう、今回ロケにいって、私も昔行ったことがありますけども、非常に確かにあのう、今あのう、保存がよくて、森本さんもお乗りになっていたというアプト式の線路だとか、めがね橋とか、あの上も歩けますし、で、あの、いろいろなものを歩きながら今6キロくらいの遊歩道にもなっていて、実はとてもいいところなので、そこを鉄道でのんびり行ってみたいなというのはありますね。

【ホスト】鉄道ファンにも魅力。

【ゲスト】だから例えばその朝夕は、通勤、通学にも使えるようなね、多目的なものが果たしてね、採算性を勘案して、できるかどうか、これはやっぱり検討の余地がありますよね。

【ゲスト】そうですよね。


【レポーター】地元でこれ以上盗難が、あのう、ね。こう続かないように、なくならないように願いつつ、歴史ある、いい鉄道。この復活を願いたいと思いました。以上が噂の現場でした。(スタジオ内で拍手)

**********

■それにしても、芸能人のレポーターからインタビューを受けた岡田市長の答弁たるや、持ち前のボケをもって、レポーター側の真面目な突っ込み質問をはぐらかすなど、余計、トンチンカンというべきか、果てまた、チンプンカンプンというべきか、全国の視聴者の皆さんに「この市長さん、いったい全体、この信越線の鉄路復活について本気なのかしら」と思わせるに十分なオトボケぶりをアピールしたようです。

 それでも、岡田市長がインタビューのなかで、いくつか聞き捨てならない話題について触れました。主なものは、「峠の湯の火災について、全国から義捐金が寄せられている」「軽井沢までの鉄路復活にむけた計画の採算性の積算作業を来年4月1日から開始する予定」「そして、来年4月1日から3年間、鉄路復活のため国との協議を整える努力をし、4年目には実際に動かす」などです。

来年4月に迫った安中市長選に向けた、旧松井田町住民へのリップサービスという見方もありますが、追って、これらについて検証していきたいと思っています。

【ひらく会情報部・信越線復活問題研究取材班】

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はらぼじ観光被疑事件の第2回公判傍聴記

2013-08-20 23:55:00 | はらぼじ観光被疑事件
 ■真面目に事業を営み、利用者にとっても受け入れ施設にとっても、またその関連事業者にとっても満足がシェアされ続けられ、順調に事業を営んでいた有能な民間経営者が、ある日突然、誰かから告訴され、理不尽にも行政や司法の関係者に踏み込まれて、事業継続を妨害させられ、廃業を余儀なくされ、大切な生活さえも破壊される。このようなとんでもない事態に遭遇してもなお、負けじ魂を発揮し、自らの潔白を証明し名誉回復のために権力と戦うということは、通常の市民では到底不可能です。市民オンブズマン群馬が全面的に支援することを決めた「はらぼじ観光被疑事件」では、群馬県の観光業の活性化に貢献してきた立派な経営者が容疑者扱いされ、刑事被告席に座らされるという異常な構図が、平成25年6月10日の前橋地裁での初公判で、傍聴者の目に現実として焼き付けられました。その第2回公判が、昨日8月19日(月)午後1時30分から前橋地裁102号法廷で開かれたので、当会は、前回に引き続き傍聴しました。その概要を報告します。

 円安の効果もあり、今、我が国を訪れる外国人の数が急増しています。また、この夏は国内旅行の伸びも顕著なようです。観光資源に恵まれている群馬県としては、最大限に資源を活用しなければなりません。そのために観光客と観光施設の仲立ちをして、旅行したくなるような仕掛けを考え情報を提供する事業者の存在は重要です。ところが、そうした貴重な人材が、旅行業違反の容疑で、刑事被告席に座らされているのです。この尋常ではない光景は、権力側の背後に利権を巡る黒幕の存在を感じさせます。

■6月10日の初公判では、次回となる今回の公判に、検察側が2名程度の証人尋問を予定しているということで裁判所に申請をしていました。そのため、8月19日の第2回公判では、少なくとも1時間以上、検察側の証人による尋問が行われるものと思い、どのような理由で、容疑者である被告人が訴追されたのか、関係者としての証人らの肉声が聞けると思い、期待して傍聴席で待機していた人も多かったと思います。

 8月19日(月)午後1時半から前橋地裁102号法廷で開廷した第2回弁論では、24席ある傍聴席が早々と埋まり、開廷直前に来られた傍聴希望者は法廷内に入れないという事態となりました。

 これを見ていた被告人は、裁判所の事務官に、立ち見を許可してもよいのではないのか、と善処を求めていました。ところが、事務官は「立ち見は許可できない」と連れない返事でした。埼玉地裁や長崎地裁では、民事裁判では立ち見も許可されるケースが少なからずあるようですが、前橋地裁では、本件が行政法による刑事裁判ということなのかどうか定かではありませんが、立ち見は禁止の意向のようです。少しでも傍聴者の数を制限して、この事件の実態を一般市民傍聴者の目から遠ざけておきたい、ということなのかもしれません。

■102号法廷では、中央の裁判官席の中央に裁判官が座り、その前に事務官が1名座り、左手に検察官が1名、右手に国選弁護人の弁護士が座り、その前の長いすに、手錠こそかけられていませんが、被告人容疑者が座らされています。また、右奥では2名の書記官研修生が公判の様子を見守っていました。

 裁判が開始されました。満員の傍聴席では、いつ証人尋問のために証人が姿を現すのかと、一同、固唾を呑んで見守っていましたが、検察官が「証人の申請はしません」と冒頭に発言したので、「えっ」と驚く気配が感じられました。

 また、検察官からは甲1号証、2号証、28号証、44号証、45号証についていずれも撤回する旨の発言がありました。裁判官は検察官に向かって、「検察官のほうとしては甲号証についてはこれ以上の証拠は無いのか?」と確認を求めました。すると検察官は「現在のところはこれ以上の甲号証はない。ただし(被告人の)反証の結果次第ではあらたに証拠が必要になるかもしれない」と言いました。

■続いて裁判官は被告の弁護人にむかって「弁護側のほうの反証は?」と質問しました。弁護人は「証拠申立請求書を出したい」として、弁1号証から弁7号証までの書証の取調べと人証の取調べを請求しました。

 これについて裁判官が検察官に向かって「検察官の見解は?」と質問しました。すると検察官は「現段階では留保としたい。ただし弁6号証の被告容疑者の主張自体には同意する。それ以外は留保とする」と述べました。裁判官は「つまり、弁1号証から5号証、そして弁7号証は留保するということだね」と検察官に確認しました。

■次に、被告容疑者から出された人証取調べについて、裁判長が検察官に「人証取調べの請求があるがこれについては?」と質しました。検察官は「立証趣旨はここに書いてある通りか?」と弁護人に念押しをしました。弁護人が「ここにかいてあるとおり」というと、検察官は「人証の取調べは不必要と考える。理由については意見書として書面で後日提出する」と述べました。裁判官は「ということは、検察官としては、正式には書面提出をするということで、結論としては不必要だと考えているわけだね」と念押しをしました。

 そして、裁判官は「(検察官から)同意のあった、弁6号証について採用するので、要旨についてはどうなのか?」と弁護人に弁6号証の概要説明を求めました。

■被告容疑者の弁護人は「これは“被告人の主張”と題する書類であり、被告人の主張の概要が記載されている。その要旨については、“今回の事件は被害者がいない”、また“緊急性が無い”のに、容疑として、警察官が突然、はらぼじ観光の事務所に踏み込んだ。そのような捜査は誠に異常であり、被告人を狙い撃ちにするものである。だから、平等原則を定めた憲法14条に反している。このような主張が述べられている。それから被告人に対する捜査について、非常に職権乱用的だったことは違法である。旅行業協会が賛助会員として、傘下においている予約センターや総合案内所があるが、これらの業態は旅行業の資格無しで予約の媒介をしており、被告人と同様の事業を行っている。従って被告人だけを、このように告訴したこと自体、被告人を狙い撃ちしていることは明らかである。また警察自体が、はらぼじ観光のHPを見て予約申し込みをしており、警察も、はらぼじ観光が事業としてやっていることを違法だと認識していなかった。以上のような主張が記載されている」と陳述しました。

 裁判長は「ではそれを提出するように」と言いました。そして検察官に向かって「そうすると、書証として留保されたものについては、いつごろ意見を出すのか。また、人証に対する対する意見書はいつごろまでに出すのか」と質問しました。

■検察官は「時間をいただければ、1ヶ月程度で出す」と述べました。検察官は、さらに「今回証拠とされている中に総合案内所一覧があり、被告人の主張として、ほかにもいろいろなところがやっているのにうちだけ狙い撃ちをしているのではないか?として、その関連で人証の申請もやっているのではないか?ということなので、このことについてさらに調査をしたい」という説明をしました。

 すると、それを聞いていた被告人は「他にもいろいろやっているではないか?ということではなくて、私を刑事告訴をした旅行業協会が傘下に置いているところが(同じく仲介事業を)やっていることが問題なのだ。他にもいろいろやっている、ということではない」ということを検察官に向かって強調しました。

 検察官は「そのことについて事実関係を確認する。また証人申請に対する意見をまとめて提出する」と裁判官に向かっていいました。

■すると、裁判官は検察官に向かって「次回の期日では、弁護人から請求のあった書証に対する意見の採否、書証に対する採否、人証に対する採否決定などを行いたい。そういった中で、ことによると甲号証の提出もあるべしということのようだが、できるだけ早めに裁判所のほうに提出されたい。今度(の第2回公判に際して)も証人申請があるのか、ないのかについて、分からずじまいだったので、結局期日が無駄となった、そのようなことは避けたいと思う」と強い口調で言いました。

 どうやら、初公判で検察官が裁判官に向かって証人2名程度を予定していると言ったことについては、今度の第2回公判の直前に検察官がキャンセルしたようです。

■裁判官は「それでは今回の審議はここまでとする」として、次回の第2回公判の期日について、検察官や弁護人と調整に入りました。

 裁判官は当初「次回期日は9月9日の午後3時ごろでどうか」と切り出しました。ところが、検察官から「9月9日は一日、ちょっと都合が悪い」というコメントが出されました。

 裁判官は「本件の裁判は月曜日なのだが、その次は休日なので、その次となると9月30日となるが」と持ちかけました。

 今度は被告の弁護人である若手の弁護士が「午前中の早い時期ならよい」と言いました。すると裁判官が、事務官から見せられた日程表に目をやりながら「当日の午前は10時から12時まで別件が裁判所であるので午後はどうか?場合によっては書証の取調べの採否決定や人証の採否決定までやりたい。余り時間を取らないでやりたいのだが」として、と弁護人の意見を求めました。弁護人は「その日の午後は東京で別件の期日があるのでダメ」といいました。

■裁判官は「それではその次は10月7日の午前10時はどうか」と提案しました。これについて、検察官も弁護人も「はいOK」ということで、裁判官は「それでは次回の期日は10月7日月曜日の午前10時とするので、その日の午前中は空けて置くように」と述べました。裁判官は検察官に対して「書証に対する意見書は9月中旬の15日ごろまでに提出してもらえるのか」と質問したところ、検察官は「9月15日は休みなので、同17日くらいまでに提出したい」と答えました。

 次回期日が決まると裁判官は「それではきょうはこれで」と言い残し、席を立ち去りました。

■せっかく検察側の証人尋問が行われると期待していた傍聴席の多くの人たちは、あっけにとられてしまいました。結局、第2回公判期日は、無駄足ということになってしまったからです。

 これでは、言われなき容疑で訴追された被告人の立場が全く考慮されていません。検察官の都合で、被告人とされてしまった一般市民の生活がこれほど束縛されてよいものなのかと、考えさせる場面でした。

■当会では次回10月7日の第3回公判期日でも、できるかぎり大勢の会員に傍聴してもらえるようにしてゆきたいと考えています。

<お願い>
当会では、公判の模様をメモと記憶を頼りに再現を試みておりますが、正確にニュアンス等までお伝えできているかはわかりません。内容について、間違いや勘違いがあれば、末尾のコメント欄、あるいは「拍手」のコメント欄を通じてご指摘いただければ幸いです。

【市民オンブズマン群馬からの報告】

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

市長コラムの公選法抵触記事で広報再発行に係る情報開示請求後2か月して百ページ開示した太田市役所

2013-08-19 23:04:00 | オンブズマン活動
■太田市の清水聖義市長が執筆した平成25年4月14日投開票の市長選の当選御礼挨拶文を表紙コラムに掲載し、記者クラブから4月30日に公選法違反が問われたため、既に8万3500部を印刷して新聞折り込みまで済んでいた5月1日号の広報おおたを急遽回収した件で、市民オンブズマン群馬が、確定したとされる約118万円の再発行費用の内訳や支払い先などを6月10日付で太田市長に情報開示請求しました。その後6月18日付で同市の広報課から補正通知が送られて来ました。オンブズマンは早期の開示を期待して6月24日に補正書を太田市に提出しました。すると太田市は6月27日付で開示をさらに45日延長し、お盆休みまで先送りしてきたのでした。

太田市の真ん中で聳え立つ12階建ての市庁舎。

 その開示決定通知書が8月7日付で太田市在住の当会会員宛に送られて来ました。8月14日(水)午前9時から太田市役所3階の企画部広報課で開示してもよいというので、16日(金)午前9時に開示を受けるべく、同市役所を訪れました。

■広々としたロビーを通ってエレベーターで3階の広報課を尋ね、公文書開示決定通知書と公文書部分開示決定通知書を提示しました。しかし、当会の代表は太田市民ではないということで、取り合ってもらえませんでした。

 太田市から送られて来た2通の開示通知書は次のとおりです。

1.公文書開示決定通知書 広報第27号 平成25年8月7日
<公文書の名称>
(1)    平成25年度第2回定例記者会見について(報告)7ページ
(2)-①-1「広報おおた」印刷製本発行等業務の実施について(伺い)4ページ
(2)-①-2「広報おおた」印刷製本発行等業務に係る見積徴収について(伺い)5ページ
(2)-①-4「広報おおた」印刷製本発行等業務委託契約について(伺い)4ページ
(2)-②-1広報おおた新聞折込配布業務委託の実施について(伺い)7ページ
(2)-②-2広報おおた新聞折込配布業務委託に係る見積徴収について(伺い)3ページ
(2)-③-2広報おおた新聞未購読世帯広報紙配布業務委託に係る随意契約見積徴収について(伺い)3ページ
(3)    広報おおたの発行延期について(伺い)1ページ

2.公文書部分開示決定通知書 広報第27号 平成25年8月7日
<開示をしない部分の概要>
■全業務共通    (あ)契約相手の印
■①②に関する部分 (い)代理人の氏名及び印
■②に関する部分  (う)契約相手の取引金融機関、口座番号
■③に関する部分  (え)単価及びそれを算出可能となる情報
          (お)契約相手の社員の個人印
<開示をしない理由>
■(い)(お)   太田市情報公開条例第6条第2号該当
  (理由)個人が識別される情報に該当する
■(あ)(う)(え)  太田市情報公開条例第6条第3号該当
  (理由)法人等の正当な利益を害する情報に該当する
<公文書の名称>
(2)-①-3「広報おおた」印刷製本発行等業務に係る見積開札結果について(報告)5ページ
(2)-①-5支出負担行為(「広報おおた」印刷製本発行等業務)7ページ
(2)-②-3広報おおた新聞折込配布業務委託に係る随意契約見積開札結果について(報告)9ページ
(2)-②-4支出負担行為書(広報おおた新聞折込配布業務委託)13ページ
(2)-③-1新聞未購読世帯広報紙配布業務の実施について(伺い)3ページ
(2)-③-3新聞未購読世帯広報紙配布業務に係る随意契約見積開札結果について(報告)4ページ
(2)-③-4支出負担行為書(新聞未購読世帯広報紙配布業務委託)29ページ

■情報開示請求してから約2ヶ月間待たされた挙句、わずか100ページ程度しか開示文書がなかったのには驚かされました。また、広報課に質問しようとすると、「とりあえず開示した内容を見てもらい、その結果、不足情報があれば、追加請求してほしい」と言うだけで、当会からの説明の求めには、応じようとしませんでした。

 さらに太田市側では「不足情報があれば、それは請求者が市役所側と事前打ち合わせをせずに、いきなり開示請求をしたからだ。市側では請求された内容や条件の範囲内で関係文書を準備しており、不足情報があってもそれは請求者の責任に帰する」と当会のクレームに対して主張しました。

 しかも、「最初に開示文書100ページ分のコピー代として1000円を1階の情報コーナーで支払って領収書の提示と引き換えに開示文書を渡す」というのです。

 太田市役所の建物は立派で、内部の事務スペースも他の自治体に較べると非常にゆったりしていますが、情報公開で、これほど誠意のない対応をする自治体も珍しいと思いました。

■開示された資料を、昼食をはさんで、約4時間にわたりチェックした結果、次のことが分かりました。

(1)タブロイド版の広報おおたの印刷製本は、平成23年2月にプロポーザル方式で株式会社上毛新聞社(所在地:前橋市古市町1-50-21、代表者:渡部幸男・代表取締役)を3ヵ年の随意契約特定業者に選定し、平成23年度から25年度の3年間で合計1億3200万円を予算化している。平成25年度の予算は4350万円。実際には、4月1日付で43,311,450円(消費税含む)で上毛新聞社と業務委託契約を締結している。

(2)上毛新聞社は、協力事業所として、ソニック株式会社(所在地:太田市吉沢町1035番地5、代表者:大久保與志雄・代表取締役)を起用し、同社に印刷・製本・配送業務を委託している。全部丸投げかどうかは不詳。

(2)広報おおたは、原則的に毎月3回(1日・10日・20日)で、1月のみ月2回(1日・20日)。年間合計35回発行。

(3)広報おおたは、太田市内全域の対象新聞(朝日・産経・上毛・東京・日経・毎日・読売)購読世帯に対して発行日の朝刊に折り込んで毎回77,970部が配布されている。その業務は、群馬連合新聞折込㈱(住所:前橋市古市町1-50-24、代表者:関根正志・代表取締役社長)が随意契約で請け負っている。年間予算額=業務委託料は10,028,865円(税込み)。折込料は協定価格として1部当たり3.5円という驚異的な金額。なお、後述の未購読世帯への配布業務も含む平成25年4月1日時点の予算残額は16,588,950円。

(4)広報おおたは、新聞折込による配布を基本としているが、市が指定する新聞(朝日など7社)を未購読の世帯のうち、広報誌配布を希望する人には宅配を行っている。その業務は日本郵便㈱が随意契約で請け負っている。年間予算額は6,456,240円(税込み)。ただし、配布件数は何部なのか不詳、従って単価も不詳。隠す理由は「単価及びそれを算出可能となる情報であり、開示すると事業者の正当な利益を害する」というもの。

日本郵便との新聞未購読世帯広報配布業務委託基本契約書。

(5)広報おおた平成25年5月1日号83,500部の印刷代は、フルカラー刷りが1ページ当たり1.76円(消費税別途)、二色刷りが1ページ当たり1.31円(消費税別途)であり、フルカラーのページ数4ページと二色刷りページ数5ページであったことから、次の計算式で試算できる。
  (1.76×4+1.31×5)×83,500×1.05=1,191,503.25円

■当会による開示文書の内容分析作業の結果、次の情報が不足しているため、追加情報として開示請求を太田市長宛に行いました。

**********
公文書開示請求書
          平成25年8月16日
太田市長
           請求者 住所 太田市××町×××-×
           氏 名 (当会メンバー)
<開示の請求に係る公文書の名称又は内容>
 別紙のとおり
<請求の目的>
 学習の為

【別紙】
太田市長の当選御礼記載広報おおた平成25年5月1日号刷直しに係る次の情報
1.平成25年6月10日以降の本件に係る記者会見についての情報
2.新聞折込業者の選定について、特定の1社が他2社に比べて著しく有利な金額で契約できるとして根拠がわかる情報(3社からの事前見積りや3社見積比較表等を含む)
3.上記2に関連して、選定理由として特定の1社が「本市の意に沿って誠実に業務を執行している」とした判断の根拠が具体的にわかる情報(“本市の意に沿う”及び“誠実に”の定義を含む)
4.「広報おおた印刷製本等業務仕様書」の「7.その他」の別表として示されている前々年度実績、前年度実績及び今年度実績についての情報
5.「広報おおた印刷製本等業務仕様書」の「2.広報紙の仕様」の「⑪納品」に示してある指定場所の各々の内訳と、各指定場所における納品部数のわかる情報(指定場所には、太田市役所、新聞折込業者、宅配業者(日本郵便を含む場合は、これも含む)の区分に関する情報を含む)
6.「広報おおた印刷製本発行等業務」契約書において、第三者委託条項が見当たらないが、平成25年4月1日決済の「見積開札結果について(報告)」に見積もり業者からの見積書に「協力事業所」が添付されている。この見積提案を有効として判断したことがわかる情報
7.平成25年4月1日付「広報おおた印刷製本発行等業務に係る見積徴収について(伺い)」の「6.随意契約理由 地自法施行令第167条の2第1項第2号による※平成23年度から25年度まで3ヵ年の随意契約対象者特定のためのプロポーザルを平成23年2月に実施」とあるが、このプロポーザルと評価の内容と結果がわかる情報
8.広報おおた印刷製本等業務と新聞未購読世帯広報紙配布業務に係る支払い条件として定めた月締めの業務実績書(ないし業務完了報告書)のうち、平成22年度から現在までに受領済みの内容がわかる情報
9.広報おおたに掲載される広告料に関する情報(標準価格表や価格条件がわかる情報を含む)
10.太田市長が自己弁済するとした金額と広報刷直しに要したとされる費用の内訳がバランスしていることがわかる情報
**********

■このように、沢山の不足情報があるため、追加情報開示請求として8月16日に提出しました。よもや、今回も、補正命令書や開示延期通知書などを乱発し、徒に開示を先送りすることのないように、釘をさしておく必要がありそうです。

太田駅南口。あまりの猛暑の為、噴霧装置が設置してある。

【市民オンブズマン群馬からの報告】

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ついに峠の湯が炎上!信越線復活の夢を打ち砕き続ける岡田市長と碓氷峠交流記念財団の利権偏重体質(その4)

2013-08-18 07:48:00 | 困ったちゃん岡田義弘・元市政
■平成25年7月31日の未明に発生した安中市松井田町にある市所有の温泉施設で火災が発生しましたが、その後、同8月16日に、岡田市長らが市議会全員協議会でこの事件について陳謝するとともに、火災当日に緊急部長会が開かれ、今後の対策方針を確認していたことが明らかにされました。

8月18日午後1時からTBSで放送予定の噂の!東京マガジン。

 8月17日の新聞報道を見てみましょう。

**********東京新聞2013年8月17日
市議会全協で安中市長が陳謝 「峠の湯」火災
 安中市松井田町坂本の日帰り温泉施設「峠の湯」で先月末に起きた火災で、施設を所有する同市の岡田義弘市長と、施設運営をしている碓氷峠交流記念財団の本田英夫理事長が十六日、市議会全員協議会で事態が起きたことを陳謝した。
 また、協議会では、火災当日にあった市の緊急部長会で、早急に施設再開を目指すことを確認したと市側が報告。建物は全国自治協会の建物災害共済に入っており、焼失面積に応じた補償が受けられることも報告された。出火原因は調査中で、損害額も算定中という。 (樋口聡)
**********

■当会でも、峠の湯の出火原因に関連して、平成25年8月5日に岡田市長宛に次の情報に関する開示請求を行っています。

①峠の湯の消火設備等の設置状況及び点検・検査の実施状況に関する情報
②峠の湯の火災に関連して市がマスコミに発表した内容及び鉄路延伸と峠の湯の再建に係る検討関係する情報
③峠の湯の火災に係るお詫びの新聞折り込みチラシに関する情報

 その結果、同8月7日に、上記①②についての担当課として商工観光課、③について地域振興課が担当課であり、8月19日(月)以降に開示が可能だとする通知がありました。そこで、8月19日に開示日を希望しましたが、8月15日になって、当日は商工観光課の担当者が病院に通院しなければならないので8月21日にしてほしいという回答がありました。

■また、8月18日(日)のテレビ番組表によりますと、同日午後1時から2時にかけて放送されるTBSの長寿番組である「噂の!東京マガジン」で、信越線鉄路復活をテーマに、廃線個所の架線盗難事件と温泉施設の火災事故について取り上げることが分かりました。
http://www.tbs.co.jp/uwasa/

 あいにく8月18日は事務所を終日空けなければならないため、会員のかたがたに番組録画を依頼しました。後日詳しい放送内容をお知らせします。

■8月16日の安中市議会全員協議会における市側の説明では、峠の湯で全焼したエントランス棟については、全国自治協会の建物災害共済に入っており、焼失面積に応じた補償が受けられるということで、市側の損害は、建て直しまでの期間の休業による損失や、内部にあった土産グッズなど商品焼失による損失に留まりそうなので、財政面への影響はさほど深刻ではなさそうですが、なぜ、盗難にあった信越線廃線部の架線や通信ケーブル、レールボンドなどの鉄道遺産施設についても、災害共済による求償ができなかったのか、非常に悔やまれるところです。

 この点については、8月21日の情報開示の機会に、市側から説明を求める予定です。

【ひらく会・信越線復活問題研究取材班】

※参考情報「全国自治協会の建物災害共済事業とは」
http://www.zzjk.jp/kyousai1.html
【建物災害共済事業のご案内】
1.ご加入いただける物件(共済の目的の範囲)
 役場、学校、公民館、美術館、体育館、図書館、公営住宅、病院、ゴミ焼却場、上下水道施設など委託団体が所有・使用・管理している建物・工作物・動産がご加入いただけます。
2.こんなときに共済金をお支払いします。(てん補対象)
◆火災◆落雷◆破裂・爆発◆物体の落下・飛来・衝突・倒壊◆車両の衝突・接触◆破壊行為◆ガラス破損◆土砂災害◆雪害◆風水害
<共済金をお支払いできない場合>
(1)故意、重過失、法令違反による損害
(2)紛失、盗難による損害
(3)戦争、革命、暴動、テロ行為、その他の事変による損害
(4)自然の消耗、劣化、擦傷、塗料のはがれ等、外観上の損傷又は汚損であって、共済の目的の機能に支障をきたさない損害。
(5)核燃料物質に起因する損害
3.本共済の特徴
(1)小さな負担で大きな補償をします。
(2)火災・落雷から破壊行為・ガラス破損などの損害をてん補します。
 なお、近年落雷による被害が急増しており、共済金の支払い件数・金額ともに増加傾向にあるため、落雷損害に対するご理解を深めていただくとともに、落雷被害の軽減に資するため、「落雷損害の傾向と対策(PDF:1.5MB)」をお役立てください。
(3)共済責任額は再取得価格で設定できます。
 損害が生じた時の時価額ではなく、新たに建築・購入・修復するために必要な価格を共済責任額に設定できるため、罹災時に委託団体の持ち出しなしにスムーズに復旧ができます。(詳しくは「4 お勧めの加入方法」をご覧ください。)
(4)見舞金制度もあります。
 地震、噴火、津波による災害は1回の損害額が3万円以上の場合、災害見舞金をお支払いします。
4.お勧めの加入方法
A町:1億円の物件⇒共済責任額1億円⇒5千万円の損害⇒共済金5千万円
B町:1億円の物件⇒共済責任額5千万円⇒5千万円の損害⇒共済金2千5百万円
 A町は再調達価額を共済責任額(ご契約金額)に設定(全部共済委託)しているため、損害額全額が共済金として支払われますが、B村は再調達価額より低く共済責任額を設定(一部共済委託)しているため損害額の一部しか共済金をお受けとりできません。
共済金算出式:損害金×共済責任額/再調達価額=共済金
 ご加入の際は再調達価額いっぱいに共済責任額を設定してください。実際に必要となる再調達・復旧費用を全額お支払いいたします。これでスムーズに復旧再建でき、罹災後の対応も安心です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする