楽しい日々

ホームページを作ることが 与えてくれた楽しみや 主婦の日々の思わぬ出来事を 聞いて聞いて!  

被災の大きさと猛暑

2018-07-14 23:51:18 | あったらいいな

あまりの豪雨の被災のおおきさと 重なる猛暑の到来に さらなる試練ではと ちょっとへこんでおります。

大きな視点で眺め 長いスパンで必要なことを提唱することが 政治の世界できない仕組みになっているのが この災害をもたらしてしまっているような気がしてなりません。

人間の経済活動のつけともいうべき水害の猛威に どうぞお手柔らかにと 神様頼みしてしまいますね。

素人には治水の方法がどうあるべきなのかわかりません。

報道は大切な民衆の思考の道しるべです 地方は 東京の災害の予行演習ではないのですから 配慮をおねがいしたいですよね。

国土交通省様に 適材適所の治水方法で さらなるレベルアップをお願いするしかありません。

本流が支流と交わる個所は どうすると氾濫を防げるんでしょうねえ。

小さな視点で堤防を築くと 実は居住するための堤防内に豪雨をためることになったり

小さなダムで渇水対策をすると 豪雨に対応できずに洪水のもとになったり

ため池で灌漑してきたのに 豪雨で耐えきれなくなったり どうやら大変なつけがでたのでしょうか。

 森林の植物の気候変動による弱体化も手伝っているような気がしてなりません。

主婦なるばばさまが心配しても仕方がないのですが 

思慮深く よく見極めて 土地の歴史と国土の形状をよくよみとって 対策してくれる人があらわれてくれると ありがたいですよね。

いまや 梅雨前線が 以前のようなおとなしい構造にないですよね。線状降水スコール滞になり 太平洋から北に位置が上昇傾向にあるようですね。

 先人が工夫を重ねてきた経緯も大切にして考え直すしかありません。

とにかく 目先の経済ばかり結果を求めていては見失うものは大きい。

ここで考え直すチャンスですかね。 

 

 

 


コルク栓

2018-07-08 00:32:25 | 日本文化

最近はコルク栓などといった商品は消え失せ 空き瓶を利用することもなくなりました。我が家では ガラスのキャニスターを花瓶に利用していて 大きなコルク栓が使われることなく残っていました。捨てようかなと迷っていたのです。

 手が悪くなってからというもの ちいさな雑巾や布巾手袋などの洗濯に 不自由していました。家事も 夕方になると手首が疲れて小指も腫れだすので 転がって漫然と中国ドラマをみていました。すると お洗濯を棒でたたいてしている場面が。

何気なく見ていたのですが 

そうだ 手首が返らず洗えない洗濯物 こうして叩けば汚れが落ちるんだったら あのコルク栓で 洗濯ものを叩いてみよう。

この思い付きは正解でした。

コルクであることで 細かい空洞が 棒より多く 汚れをたたき出す効果がかなりあります。

軽い力ですが コルクの丸い蓋を使って トントン洗剤を含ませた洗濯物をこすったり叩いたりします。 力いらずで 握力の小さな私にも 時短で洗濯が可能になりました。

さらに 洗濯物の端を古い歯ブラシの棒に巻き付け 力の弱い手に持たせ 握力のある方でぐるぐる絞りたいものを巻けば 絞るのも容易になりました。

使い終わったコルク栓は 丸い輪のついた押しピンをさして フックにつるして乾かすようにしたら 結構かわいいんです。

おかげで 雑巾も布巾も手袋も さらに靴も 洗うことが楽しみなりました。

 

 


やはり大水害

2018-07-06 21:20:15 | Weblog

なぜ こうも大水害に見舞われているか よく反省しなければならないかもしれない。

さらに この土木関係者は 仕事が増えるばかりですよね。

気象庁の大水害警戒情報の発令も遅いし 「えー、根耳に水だよ。、」

地震が予報できないのは仕方がない でも 豪雨の予報は 外してはいけないのではないのかしらと 思うんです。天気図を見て 総理大臣は不安を感じなかったのかしら。

広く避難勧告を出して 誤報といわれても 人災は防がないと 予報って 大金を投じて何してたんよ。久々に 腹立たしいです。

広島なんて 何も聞いていなかったし のんきに東京で安穏としてるから 地方の被災はテレビ報道できないなんて 情けない。関西全域で 大水害ですよ。

国の危機管理のなさに あきれるし 残念過ぎです。

さらに 土木工事の今までのやり方に 疑問がわきます。

渡月橋 治したんじゃなかったの。

日本の土木技術は もう更新しないのかしらね。

 


新品に求めるもの

2018-07-05 07:47:12 | あったらいいな

これからさらなる高齢化社会がやってくると いいます。

高齢になると 若い人と何が違うかといえば 新しい商品を使いこなすことが 苦手な人が増えるということです。

新しい車を開発して 自動運転が進化することはありがたいのですが かならず 高齢者向け 現状維持仕様の車を残してほしいです。 

80歳を過ぎたとき これっきりボタンのついた電子レンジを両親に購入しました。

ところが いままで電子レンジで 強さと時間をあわせてレンジでお酒の燗付けをしていた父が 怖がって お燗ボタンでこれっきりボタンを押せばよいと いくら教えてあげても 使えませんでした。

手足が覚えて 使い慣れた商品なら 戸惑いなく使えても ある日突然新しい商品となると 誤作動をさせたり 無意識で使えないということが とても生活リスクになります。

新たな開発しても 長年よく売れた商品は 新たな機能の搭載をしても 高齢者向けには 既存商品との違いが少ない商品をぜひ 残してほしいと 思ったりします。

 

90歳をこえて長生きしている母たちをみていると コツがあるようにおもいます。

 85歳までに よい生活習慣を身に着けておくこと 高齢の生活は いままでやれていることは できるだけ辞めず あきらめず 続けてゆく必要がありそうです。さらに 新たな工夫を取り入れる努力が たとえ高齢になっても自活して上手に生活するコツだと 感じています。


目指す年寄り

2018-07-05 00:23:47 | むかしばなし

最近はよい年の取り方を目指すことを考えるようになっています。

手首のケガをしたおかげで ぐんと息子がかわってきたおかげです。

 スイカは 成長するとき 芽が出てしばらくすると ぼろぼろに虫に食われ始める時期があるんです。それは 多分しっかり根を張らせる時期で 見てくれはぼろぼろで命が危ないのに 実は大切な根を張る気がしています。なかには 枯れてしまったりもします。

肥料を上げすぎても 雨に打たれすぎても 枯れることもあります。

でも この時期をすぎると ぐーんと改善をし 花をつけ始めます。

人間も同じで 見るからに貧そでも 目に見えた成果が上がっていないように見えても 子供には 心の根が生える時期があるようです。ちいさな毎日の積み重ねですが あなどれないんです。 

その根が どうあるべきか 伝えられるのが親のようです。説明しても 促しても 伝えられるものではなく 性根でつたわるのが 心の根ってものかもしれません。

 ぐんと自立してきたり 成長がみられる時が 耐えてしのいで生を維持しているうちにある日ぐんと 個性が芽生えるきがします。その根が 迷惑をかけるような根でないことだけは 見極めて 祈るように過ごすしかないのが 親かもしれません。

 自分なりの人生を 唐突に始めてる時期が大人になるとくるものだと そんな気がしています。

人生を振り返るチャンスをもらったこの時期に

いつまで生きられるかわからないけれども 人生の最後まで前向きで生きるには やはり漫然といきるより 毎日の目標を持つ方が楽しいと考えれば

目指す良い年の取り方を模索したいと考えたんです。

思えば 娘時代は どう人生を生きるかと考えました。自分で稼げる女になりたいと考えていたし 自分で選んだ人とと結婚したいと決めて曲りなりに達成しました。

結婚してからは すぐに子供に恵まれたので 幼い時期にどこまでどう親がかかわるか アトピーという皮膚病もふくめて 子供の一生の短い期間でしてあげられることが何なのか 回答を求め続けた日々でした。

 

子育ての最後で 息子のアクシデントに今まで翻弄してきましたが やっと自分の人生の締めくくりに 何が冥途のみやげにできるか 探してみたいと思うようになっています。

冥途のみやげを探し始めると そのヒントが たくさんの先人の人生に見え隠れしていると 今まで以上に感じるようになっています。