Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

古の都の薄い文化

2008-04-19 | 生活
二度寝から目が覚めたのは八時過ぎだった。少し頭が痛いようなおかしな感じがする。旅行中の土産話については、想い出にに耽りながら後記するとしても、先ずはそこでお騒がせし、お世話になった皆様にお礼の気持ちを書き記しておきたい。

時差のみならず、土地や気候や文化の差異を体に残っている内に、それを記録しておきたいと思っている。その意味からも九千キロを12時間で移動する経験は貴重である。

日本へと持ち込んだように幾つかのお土産を自宅へと携えた。自分の為には茶碗を持ち携えたので、早速購入したお茶と空港で買った八橋を楽しむ。その徳力牧之助作の茶碗は、その油落としの技法からエンジニアの友人にプレゼントしようと思ったのだが、その薄い焼き物と特別な感じに気がついて自分でお薄を淹れてみたくなった。

お茶の缶に書いてあるように茶こしを通すといつも以上に泡が立ち甘みが増した。

徳力牧之助は、西本願寺の絵所の家柄で彦之助の四男とネットにある。この茶碗の面白さはなんと言っても油を流してある部分が緑に発色していて、お茶のように見えるところだろう。肉厚の薄さもその洗練に反して、扱い難そうと感じたが、思った以上にシックリと来て、持つ手も啜る口元も熱くはない。

その友人には悪かったが、お薄を淹れながら、これからもこれをマイ茶碗の列の筆頭に置いて楽しみたいと考えている。
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白夜に近い時差との戦い

2008-04-19 | 
帰宅して時差と戦っている。欧州と日本の時差で苦しんだ経験はそれほど多くはない。その数回にも至らない中でも、特に「旅先の欧州」での時差経験は後にも先にも一度しかない。二度目の欧州訪問から欧州に移住したからである。その後、新居住所から生まれ故郷の日本を往復して以降、欧州に永住している。そして、新しい故郷から日本へと旅行した経験すら今回を含めて二三度しかない。だから、欧州夏時間に伴う七時間「戻りの時差」は、この方三度目の経験である。

時差が人体に与える影響は大きく、その一回当たりの時差順応における寿命の短縮は医学統計上にも示されているように、あまり頻繁に経験するのは良くないとされている。三回でどれぐらいの寿命が縮まったことだろうか。三か月ぐらいだろうか、それとも半年ぐらいだろうか?

神戸を朝の8時前に出発後、大阪の高速道路の交通事故の為か飛行機への物資の搬入が遅れ、定刻より三十分以上遅れて、やっと11時前に飛び発った。季節がらか採られた大変北よりの航空ルートは、北海道沖へと北上したのみならず、シベリアを更にその北辺をかすめるが如く北極圏へと向い、バレンツ海や北極圏遊覧飛行を堪能した。思えば、初めて欧州に渡ったのがアンカレッジ経由の北極回りであったが、ロシアの北辺を飛んだのは今回が始めてである。

しかし、当初の遅れは季節風を北から避けても取り返せずにフランクフルトに到着。変則的な着陸ゆえか、Cターミナルに到着後、初めから八つ目ぐらいに荷物を降ろしてもらいながら、予約していたバス停についたときには既に16時半を十分ほど過ぎていた。

急遽、停まっていたハイデルベルク行きのマイクロバスの空き席を、ギリシャ・スパイン系の米国人とブロンド米国人娘他の米国人やルフトハンザのスチューワーデスに続いて乗車する。急いでマンハイムでのお迎えの約束をハイデルベルクに変更して19時過ぎに無事帰宅する。

入浴後に軽く食事をすると22時にはどうしても起きていられなくなる。目が覚めると三時間後の土曜日の未明一時にこれを書いている。



参照:
薄ら寒い夏時間への移行 [ 生活 ] / 2008-03-30
時差ぼけ日誌四日目 [ 生活 ] / 2008-04-01
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