Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

禅の弓の道とは如何に?

2008-04-26 | 歴史・時事
話題のスパイヤーのサムライ展でアイヒャー氏の講演を聞いた。「侍の伝説と真実」と言っても弓道家の視点からなのでどうしても内容は偏る。弓道関係者以外の一般の聴衆にはどうであったかは疑問であるが、その専門領域における話は大変興味深かった。

アイヒャー氏の関心どころを知っている者としては、質問したい事もあったが、次から次へと質問が飛び、二つのマイクロフォンが飛び交い時間が迫っている事で遠慮した。

最も興味を引いたのはドイツ人オイゲン・へーリゲルと言う「日本の弓術」の作者で原題「弓術における禅」と言う書を認めた新カント主義者の功罪に触れた部分である。

当時弓道であった弓術を禅精神に基礎を置くのは鈴木大拙の書籍の影響が見られるのだが、弓道家阿波研造に教えを請うときに通訳が介した誤りとする「誤解」が語られた。

講演会後、道が禅になる不思議を質問すると、待ってましたかと言うように、ヘリゲルのナチ党の中での立場が説明された。そして、ドイツでは特に弓道の世界では、この書がバイブルとなっていることが説明されて、日本においても筑波の国際日本文化センターの山田奨治教授など若手の研究者によって、その問題が今やっと解き明かされて来ていることが報告される。

まさに、ナチズムの根幹にある鍵十字のイデオロギーは、神道精神よりも葉隠れ、そして禅仏教をこそ尊重する必要があったのだ。裕仁天皇が、ナチとの関係にあまり乗る気でなかった理由は意外にこうした所にあったのかもしれない。

飛行機に乗る前に、空港の座席に座って禅を組む若いドイツ人を見て、尚且つ独自の解釈をするプロテスタンティズムの思考態度を見る時、我々は様々な事を考える。


参照:
ミニスカートを下から覗く [ 文化一般 ] / 2007-09-17
白い的へと距離を測る [ 文化一般 ] / 2007-09-16
オカルト団ミュンヘン宇宙 [ 文化一般 ] / 2007-08-18
コメント
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