Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

最終電車の未知を乗継ぐ

2008-04-09 | 生活
興奮状態でタクシーに乗り込む。駅で降りると、急いでもと来たような階段を駆け上がる。そこは暗闇でシャッターが下ろされ、駅へとは侵入できない。急いで足を踏み外さないよう階段を下りて、明るい方へと向かう。周りは既に、「最終」へと急ぐ人がちらほらする。難波までの切符を求め、改札口で呂律の回らぬ口で、梅田まで到着の可能性を質問。手許にあるものなどを確認してもらうが、難波への連結までの情報しか定かではない。

何れにせよ、そうこうするうちに、一台見逃して、難波行き最終に乗り込む。難波への最終から梅田までの到着は問題がなかろうが、一体何時に着くことか。兎に角、難波での南海電車から御堂筋線と大阪のメインルートに乗り込むか、どこかで大阪環状線に乗り込む方が早いのかも自信無く、梅田到着を目指す。

難波乗換えすら往路では経験せずにいたので、南海と御堂筋線の乗り換え距離すら想像がつかない。まさか難波の町を歩く筈は無いが。

難波に到着時にも、梅田への最終電車連結への場内アナウンスが流れる。急いで切符を買い、再び改札で、東海道線への連結を尋ねる。最終電車の時刻を知り、梅田駅から大阪駅の乗換えを急いでくださいと言われる。

梅田乗換えは、多少の土地勘があるので、最前列に近い、それらしい人の集まる場所に乗り込む。この辺りとなると、流石に酔いは興奮状態へと達している。

最終電車のオンパレードである。場内放送が「最終電車」を繰り返し、梅田駅は走る客がに溢れる。改札を出ると、「阪急乗り換えはお急ぎください」と場内放送。もちろん、可能性の高い東海道線最終を目指す。

階段を駆け上り、最終電車の快速に飛び乗る。意外に空いており、腰掛けてやっと落ち着く。向かいの座席には二人の女性が同じ白いコートを羽織って喋っている。間に合って、こちらも余裕が出ると、車内アナウンスのアクセントが気になってくる。

独特の符丁とは別に子音などの発音がおかしいのである。そうなると何度聞いても気になる。我慢がならない。向かいの女性方は一向に気にかけずにおしゃべりをしている。

「一寸失礼しますが、このアナウンスおかしいと思いませんか」

「いいえ、聞いてませんでした」と、小顔の娘さんは思いのほか落ち着いた対応で答えた。

「ほら、中国人が日本語を喋るような」と私見を開帳すると、それには答えなかったが、通路を挟んで隣りのはす向かいに座っている男性は首をかしげて考えていた。どうも、気になる人はいないようである。

実は、この若々しいお二人が気になっていたのである。最終電車で帰ると言えば、こちらと同じ酔っ払いとするのが我々の感覚であって、「この時間に一体何処で働いていたのだろうか」と考えていたからである。なるほど、ああした言葉使いをするのは、学生ではなく、結構まともなお勤めなのだろうと感じた。それにしても、おかしな社会である。

こうして無事最寄の駅に到着して、夜道を徒歩で進むと煌々とコンヴィニエント・ストアーの光が輝き、駆除灯に集まる害虫かのように人を誘う。なにやら、即席中華麺を買って帰宅する。
コメント (2)
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