Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

ツ・グッテンベルク国防相辞任

2011-03-01 | マスメディア批評
まさかと思ったが、次期総理大臣候補であった三十九歳の名門出身の政治家は一先ず政界を引退する。二週間前の博士号授与から始まった盗作騒動は殆どお笑い話のような結果となった。

企業に勤めるキャリア志向のサラリーマンでもなく、箔をつけたい成り金家庭でもなく、上昇志向の強い一般庶民出身でもない、人気ナンバーワンの現役大臣が、そこまでして学位が必要だったのか?それとも作曲家になりたかったが指揮者になった親父さんのように、教授になる代わりに総理大臣になるつもりだったのか?なにか家庭の業のような、コムプレックスのようなものを感じて仕方が無い。

正直な話、名門フォン・ブール醸造所を売り払って楽員を雇うよりは、鳩山家のように財産を叩いても政治をやるぐらいの心意気で、危なっかしい学位などには手を出して欲しくは無かったと思うのが有権者の素直な気持ちであろう。

学者としてとか、主人が現役だとか言う現首相は、後継者をこれでまたもや失うことになったのだが、その彼女の論文自体も多くの男性の援助無しには完成しなかったものであると考えられている。その程度の物理化学論文で自分は科学者だと吹聴する馬鹿さ加減には呆れる。

さて盗作や著作権侵害の疑いをかけられたことで、法廷で闘争しようと言うことであるが、その程度の論文を審議してどうなるのだろう。要するに政治家は「その人間性に関わる信用に疑問が生じたときは即辞任する」と言うことを実践した。

父親に続いて変死した日本の泥酔政治家の末路の様には惨めではないが、ビスマルクのお孫さんである奥さんの失望や「政治には力尽きた」とする本人も言うように「家庭にも悪影響が及ぶ」とする観測は間違いないだろう。こんなことになるなら医療財団経営の片手間、醸造所を確りと導いていれば、支援してあげれたと残念に思う。少なくともこれでお父様のお座敷はまた元のように減ってしまうであろう。



参照:
Guttenberg tritt zurück ― Merkel beklagt „verlogene Debatte“ FAZ vom 1.3.2011
脱リビア、脱毛、脱貧困 2011-03-01 | 歴史・時事
寿限無 食う寝る処に住む処 2010-12-13 | 文化一般
神秘的な性的虐待の真実 2010-09-08 | 女
独社会を写す大統領の嫌気 2010-06-01 | 歴史・時事
定まった天の配剤の絶妙 2009-03-24 | 試飲百景
新社会市場主義経済構想 2009-02-11 | 歴史・時事
週末に働いていた人たち 2009-02-10 | 歴史・時事
ワイン三昧 四話2007年 2007-10-10 | ワイン
ワイン三昧 四話'06年I 2006-04-03 | ワイン
まだ言論の自由がある? 2006-02-17 | BLOG研究
リースリングに現を抜かす 2006-01-23 | ワイン
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脱リビア、脱毛、脱貧困

2011-03-01 | 歴史・時事
リビアから脱出が話題になっている。昨日の新聞によると、最も多いのはエジプト人、バングラデッシュ、中共、フィリッピン、チュネジアで三万人づつ、イタリアの外相は「出リビア」と呼んでいるトルコからの労働者が二万五千人と続き、タイ人、インド人、医療関係の三千人のウクライナ人となっている。

皆、月々300ダラーの支払いで雇われており、三十パーセントに至る自国の若い失業者よりも役に立つ労働力だからであると言う。総人口の四分の一に相当する百七十万人が出稼ぎ労働者だった。

フンダメンタルの投資に百五十億ダラーの大計画が進行中で、二百に上るトルコ企業が進出していて今回の救出活動が大掛かりになった所以である。更に、352KMに及ぶ海岸線と800KMの内陸の地下資源輸送路となる鉄道開発や石油事業に中国企業が進出していたからである。中共は、フェリーで労働者を輸送した先であるクレタ島の十一のホテルを借り切った。ニュージーランドの記事でBLOG「Yamyam町一丁目」に「中国人は、肉体労働を厭いませんが、日本人の若者は、ええ格好しいで」とあった。なるほど中国には労働を厭わない労働力が十分にある。さて、中国はナムバーワンになるのだろうか?また、BLOG 「雑に」に「ジャパン アズ ナンバー ワン (限界国家の緒)」と題して記事があるが、それに類した新聞記事が出ている。

それによると、シナが眠りから醒めるのを恐れていたナポレオンの1820年には世界の三十八パーセントにあたる三億八千万人のシナ人が、世界の三分の一の生産をしており、当時一千万人を有する北アメリカは僅か二パーセントでも一人辺りでの差は明白である。一億三千万人の欧州は約六分の一の生産量となっていた。アングス・マディソンの試算によると、1700年時点では多くのシナの地域では合衆国並みで、1820年時には産業革命を進めた英国が既に抜きに出ていたようだ。そしてアヘン戦争で英国の小隊に1842年にシナが破れたことが世界感を変えることになったのは周知の通りである。

宗時代には、既に七百年後の英国に相当する製鉄をなしており、水力紡績機が使われていて、明初期には航海術の発達から大航海を繰り広げていた。しかしその後の発達の違いは何かとの問いかけがあり、集中した権力と割拠する欧州の差だとも言われる。つまり、産業革命への進化を問うているのであろう。自然科学や医学の蓄積、法的権力配分などの社会の発展により、その結果十九世紀には産業革命を進めた北米と欧州が勃興して、第一次世界大戦前には世界の十四パーセントの人口である欧州が世界の三分の一の生産を、一億の合衆国が殆ど十九パーセントの生産を獲得した。その一方、四億三千万人の眠れるシナ人は世界の十分の一にも至らない生産しかあげていなかった。1913年の個人あたりの平均所得はシナ人のドイツ人が七倍、英国人が九倍、米国人が十倍となっていた。そして戦災やら革命を経て、毛の文革によって地を這い、二十倍から三十倍以下の生活程度に貧困を迎えるのは周知の通りである。

その意味からも天安門広場の毛沢東の絵が下ろされるのは時間の問題であると言うが、それがどうも上手くいかないらしい。現在の共産党指導部はあげるところまであげて、いずれ脱線失速しても少しでも落ちどころが良いようにと考えているようだが、東海岸沿いを中心に中産階級が四億人で、その他の十億人は農民でその困窮度は明白である。

二つのBLOGの記事を読んで、二つの新聞記事を纏めた。ドイツの政界は、先日バイロイトの大学で博士号を授与されたツ・グッテンベルク国防大臣のその論文を巡っての講評があとを絶たない。こうした新聞記事を含めて引用の多さはこの手の論文の特徴なのだろうが、著作権侵害への配慮が全く欠けていると批評は厳しい。写真や動画や音楽には、その著作権などに配慮する人間でも言葉の引用には無配慮だと言うのである。もちろん、文面を訳す場合にも許可と同時にその翻訳に著作権が新設されるのは当然なのである。そうしたコピーアンドペーストの引用と要約や参照との相違など注意しなければいけないのは当然であろう。ここに中国の将来への指針もあるのではないか。



参照:
Die Rückkehr des Riesen, Philip Plickert,
Die Gastarbeiter fliehen aus Libyen, FAZ vom 28.2.2011
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