Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

かっと眼を開いて聴く

2022-06-07 | 
承前)通常の指揮者で一年の間に二回も大見出しになる人はいない。オクサーナ・リニヴは、バイロイト音楽祭初に加えてウクライナ侵攻への抗議アピールを合わせて、それを成し遂げた。だから女性指揮者の中では筆頭であるだけでなく、業界で屈指の有名人になっている。

そうした前提条件を抜きにしてもそれなりに人気を得る要素はあり、それが玄人筋では評価される。そこで今回は最早ウクライナ国旗の色合いの帯を締めることもなくて、その点でもこの指揮者の賢明さは窺がわれた。

そうした賢明さは決して、度を過ぎた表現や誇示の為の表現をしないということにも通じる。それでも受ける要素というのは音楽の語り方にもあり、リズム的な運びも上手く安定している。そこがまた同時に弱点と隣り合わせでもあるかもしれない。それらは一流の場で仕事が出来るかどうかの最低の試金石でもあるだろう。

指揮技術の細かな判断は出来なくとも特徴的なのは、同じ座付き楽団でも他の指揮者が振るよりも音の出が悪く感じさせるのも指揮技術上の問題なのかもしれない。アウフタクトからの入りにも関するのだろうか。

今迄の放送でもそうだったのだが、最も苦になったのは、特に今回のドヴォルザークなどの内声のヴィオラなどのバランスがやはり良くなかったことで、とても重要な動きが引っ込んで仕舞っていた。コントロールするだけの職人技術的なこと以前に読み込みがやはり違うとしか思われない。

但しそれも程度の問題であって、昨年のバイロイト初日「オランダ人」の指揮も悪くはなかった。更に無観客で放送されたミュンヘンでの新制作「ユディート」も全然悪くはなかった。

要するに批判するには生で聴かないと確信が持てないというものも確かにあって、通常ならば態々出かけないだけでそれで終わってしまうのだが、なんといっても女性指揮者として今後もキャリアアップの途上に未だいて、フラッグシッフであり続けているので、どうしても聴いておきたかった。取り分け劇場の音楽監督としての指揮は、複雑な要素もあって、その出来不出来への要素は沢山ある。

今回も歌手陣が異なれば印象は大分変わっただろう。バイロイトにおいても、昨年のアスミク・グリゴーリアンが出ない「オランダ人」ではどうしてもより厳しい批評となることだろう。それでも歴代の「オランダ人」指揮者ではいい方に違いない。但し私が出かける程のものではないのは明らかなのである。(続く



参照:
多様性の音楽芸術環境 2022-06-05 | 暦
菜食男に負けない 2020-02-08 | 女
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