四半世紀ぶりにカラビナなどと云ったワッカを購入した。名称は、HMSカラビナと云い、ハルブマストヴルフ・ジッヒャールング・カラビナのドイツ語の省略としている。山登りに使うものであるが、工事作業関係のものとそれほど変わらない。最も大きな違いは軽量化されていて、目的にあった強度だけが確保されていることだろうか。
主な使い道は、支点にザイルを引っ掛けて行く時の支点との連結、ザイルと安全ベルトの間を繋ぐ下降器の装着、ザイルで同行者を確保する時の支点としてである。最も力が加わるのが一番目の場合で、粗30KNの強度が必要となる。二番目の場合は、殆ど強度は必要ないが振られたりして岩角に当たったりするので安全のためにスナップが開かないようにネジ錠がついている。三番目の場合は、強度と安全のための開閉の錠の双方が必要になる。
今回は、三番目の目的のために新規購入しなければならなかった。古いものは、四半世紀間の金属疲労の不安もあるが、それ以上に昔の形のカラビナでは用を成さないことが判明したからである。以前はその形状から呼ばれる変形D型のカラビナが一般的で、またその昔は鉄製のO型のものが一般的であった。現在は、その強度だけでなく確かその実際の力の掛かり方から有利に働く形状に変わっている。これを下膨れのD型と云うのだろうか。そうした物理的な評価は、雑誌等で十五年以上前から認知していたが、特別に買い換える必要もなかったのでそのままとしていた。
何よりも新たな機能が新たな形状を求める背景として、確保の仕方のここ15年ほどの技術の変遷が存在する。同行者確保のための墜落時のザイルを制御する方法がその間に大きく変わった。
以前は簡易な確保用具などを用いて、大きな墜落の場合は確保システムの支点や滑落者の身体へのエネルギーをザイルを走らせる事で最小のダメージに抑えるダイナミック確保と云う理論体系が存在した。実際それをするために手袋をはめてザイルを故意に流す練習をしたものである。こうして流すことで、致命的な衝撃を転落者の身体や支点に掛けないのみならず、鋭角でザイルが切れるような井上靖作「氷壁」のような事件を避ける理由もあった。その後、こうした経験と練習に頼るような芸当ではなく、ザイルの伸びとエネルギーの吸収を最大限使った確保の体系が完成して、簡単にカラビナに絡めた方法でザイルを制御する方法が常識となる。その絡め方を半マスト結びと云い、船乗りが舫を固定するときのマスト結びを半分崩した方法が一般的となる。ドイツ語では、これをハルブマスト・クノーテンとなる。
さて、理論的にはどのような形状のカラビナでもこの結び方で絡める事が出来る。実際以前からこの方法もしばしば使われていた。しかし、最近はこれ以外の方法を使うことが無くなりかつフリークライミング化で一本の太いザイルを主に使うようになって来たため、従来の形状のカラビナでは扱いきれない現象が確認される。
その都度、同行者のHMSを拝借して誤魔化して来たのだが、流石に「これを持たない奴とは行かん」と云われ渋々購入を決断した。価格は高級ワインより安いかもしれないが、こうして新旧の用具を比べてしまうと、如何せん古い用具に不安を感じるようになる。それを知っていたから躊躇していたのである。それどころか商品保障が何ヶ月から数年までとなっているとどうしようもない。なすすべがない。金属疲労がないことにして、古いものを使い続けるにも無用な勇気が要る。
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