Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

カラヤンサーカスの音響

2023-09-27 | 
ベルリン行きの目的は幾つかあった。どれもこれも互いに係り合っているのだが、そこから簡単な話題となるのが新フィルハーモニー正式にはシャローン建築の1963年に杮落としとなり今年築60年のフィルハーモニーの音響である。

先ずは、今迄座ったことがない良さそうな座席を図面や写真から選択して確保した。今迄は舞台に向き合うブロックAやCとか天井桟敷DサイドのFとかしか知らなかった。若しくは記憶がない。そこで今回はブロックBとFを試してみた。また、休憩時に今まで知らなかった特別席にも出かけて舞台からの音を聴き撮影もした。

興味のありどころは、今シーズンにあたって指揮者ペトレンコが嘗てのカラヤンサウンドの克服を明白にしていて、そのサウンドこそは新フィルハーモニーの音響に伴った指揮者カラヤンの解決策であったという認識があり、ペトレンコがシェフに就任してから旧フィルハーモニーへの回顧そしてそのシューボックス型ホールへの憧憬が示されてきたからだ。これは、度々言及しているように、ルツェルンのまたは今回ルクセムブルクで、そしてイザールフィルハーモニーでシューボックス型のその音響の音楽的秀逸が証明された。

さてワインヤード型の新フィルハーモニーをどう評価するか。先ずは1960年初頭としてはあの建築も会場もスーパーモダーンだった。今でも素晴らしい。肝心の音響もコンサート専用ホールとしては決し悪くはない。天井桟敷迄音も飛び距離感もシューボックス型のよりも近くに感じるぐらいだ。そして音の分離がとても良くて、各声部が通りやすいのは見事である。まさしくそれがワインヤード型の特徴である。

そして、現在のような精密なシュミレーションも不可能だったあの時期に比較的フラットで癖のない響きを得ていたフィルハーモニーは素晴らしかった。しかし、同時に全奏ではパーンとキノコ雲の様な音響が立ち昇る。たとえ残響を上手に処理していたとしても、恐らく音の減衰はその容積と収容人数に当て嵌めて合格線に達していると感じた。今回は会場が満席ではなく最大規模の編成だったのでその点も評価出来た。

そして低音を時差強調するカラヤンサウンドが出来上がった、低音の反射の無い発散はやはり音楽的な多重性を描くのは不可能にしていた。それがミュンヘンでの確認事項でもあった。なるほどサイドの席からはコントラバスなどは近くて、比較的ゴリゴリと聴こえるのだが、如何せんバランスが悪く、音楽的な評価は難しい。舞台に近くて舞台上の反射板も活きていて比較的そうした音響には近くてもそれでは駄目である。

そこからの生中継が吊ってあるセンターマイクを中心に上手く録れているのはこれでも分かるのだが、会場では場所によって大きく異なるというのが常連さんのお話しで、フランクフルトアルテオパーでの音響が素晴らしかったというその気持ちもよく分かった。壁がない分残響感も限られていてサラウンドな感覚で音楽に深く包まれるという感覚からは程遠い。そして同時に近代的な音楽がそこで上手に作られるということもその音楽の多層性ということではあり得ないと結論した。想定と大きく外れることも無かった。

ペトレンコ指揮フィルハーモニカーには新たなシューボックス型の今日的なホールが必要である。さもなければ本当の名演はベルリンでは生まれにくく、ツアーにて体験しなければ難しい状況は今後とも続くと思われる。



参照:
ブラームスの先進性から 2023-09-06 | 音
ハルマゲドンの巨匠現る 2023-08-13 | 音

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