今回のアイスクライミング行は結局一人で向かった。こちらも土地勘はあっても本当に練習できて楽しめるものかは不明だったので無理に誘えなかったのである。そして何よりも現地の友人の家庭で祖母さんが亡くなってからまだ一度も訪れていなかったので、滝から20KMも離れていないようなそこへと向かうことを決めたのであった。
ご無沙汰していて、電話で具合が悪いことを聞きながらもお見舞いにも行けず、後で考えると花すら病床に贈れなかったことでばつの悪い気持ちが強かった。なにか良い機会を与えて貰ったと思って朝起きして出かけたのであった。
グランクリュのリースリングをお土産に向かったのであった。朝5時に起きて6時過ぎに出発したにも拘らず、近くまで行きながら途中で滝場への道を尋ねたりして、駐車場に車を停めたのは9時を過ぎていた。駐車場から雪が三センチほど乗る登山道をものの15分ほど歩いて行ったのは良いが、滝場の下でシュタイクアイゼンを履くことなく小川を渡ったのが間違いで、それから30分以上は獣道を歩き回った。
予想に反して滝場が混むことがなかったので、後から来た者に先行されながらもまあまあの場所を登れたので良かったのだが、一度ザイルを掛け直して登って駐車場まで降りてくると、15時を過ぎていた。昼飯も取らずに4時間ほど登っていたのだろうか。
雪の上から車が出ないことなどを恐れて、駐車場で急いで着替えることもなく、本道へと出て谷を降りて合流点から本流を上流へと向かうと、いつものように映画「黄色いハンカチ」のように胸が躍ってくるのである。この不思議な気持ちはそこを訪ねる時にはいつも体験することなので我乍ら驚くのだが、まさに故郷へと帰るような気持ちであり、なんとも形容しがたい心理状況なのである。
途中で丁度二週間後のファスナハトへの前祝の祭りが開かれていて、渋滞で20分ほど余計に時間が掛かった。ゴーアンドストップの間に靴下を履き替えて、運転しながら濡れた上着を下着から着替えた。帰りには谷へは戻らないので、帰宅に必要なだけの燃料を入れた。スタンドの娘など村の者は大抵こちらのことを知っているのである。それこそ子供のときに遊んでやったかもしれないのである。
そして友人の家の奥の駐車スペースに車を停めてズボンを履き替えていると、親仁が挨拶してくる、バンダナをしていたので最初は何処の誰だろうと思ったようだ。こちらも肉付きよくなっている顔が分らなかったぐらいである。僅か三年ほどぶりであるのだが、電話以外では長く話していなかったのである。
「黄色いハンカチ」と違うところは不意に訪ねるところである。フーテンの寅さんと同じで、帰巣するのに連絡などいらない。今やシェフコックとなったフランクのお勧めで、取り敢えずの地元のガンタービーアに続いて解体プレートを摂った。レバー、血糊ソーセージなど隣の農家で解体された材料を手作りしたものである。年に四回しか出さないのだが、コールドフードでなく温かいプレートなので体が温まった。特に血糊ソーセージの香辛料の味付けはとても薄味で絶品であった。
コーヒーとこれまた手作りのケーキをご馳走になって、酔いを醒ませてお暇したのであった。氷のシーズンは今後は通える口実が出来たのだ。そこに住んでフライブルクへと通った寒い冬を思い出しながら、当時は発見できなかった氷の滝に巡り会えた幸せを感じながら帰宅の途へとついたのであった。
写真:日曜を最後に現役引退したアイスハムマー
参照:
凍りも滴るいいおとこ 2012-02-06 | アウトドーア・環境
冷え込んだ体が火照る 2012-02-05 | アウトドーア・環境