←※投票よろしくお願いします!
フランス革命の合言葉は、
「自由」と「平等」と「博愛」であり、
これが、近代民主主義の基本理念でもあったと言われます。
しかし、民主主義が成熟してくると、
このうち「自由」と「平等」とは突き詰めると両立しない、
という矛盾も表面化してきました。
ところで、3つのうち「博愛」だけはちょっと異質です。
彼らが口にする「博愛」には宗教的な意味が多分に含まれ、
また、人道的な意味での「博愛」なら、古今東西を問わず重要視されてきたからです。
封建社会においてさえ「領民に対する博愛」は君主たる者の心構えの一つでありましたし、
孔子の説く「仁」の心も、同じ理念に基づいています。
さて、話を戻して「自由」と「平等」については、
自由な経済活動が進んでいくと、そこには“貧富の差”が生じてきます。
すなわち、「自由」の行き着く先は「不平等」なのです。
一方で、それを平等にならそうとすると、
ある程度は経済活動や私有財産権を制限せざるを得ません。
「平等」を守るためには「不自由」を受け容れなければならないのです。
かつては「自由に偏った国」と「平等に偏った国」とに二分されていた時代がありましたが、
それも、もう前世紀の話。
「自由と平等とのバランスを適正に保つこと」こそが
現代国家に求められている役割と言えるでしょう。
…なんて、固い話はここまでにして。
パイロットアカデミーは、
「運転免許は『安く!』『早く!』」を標榜しています。
実は、この「安く」と「早く」も、
「自由」vs「平等」と同じ構図で、一定レベルまでは両立しますが、
突き詰めると、ジレンマを内包しているのです。
免許を「安く」取るためには、
できるだけ少ない教習回数で済ませるのが良いに決まっています。
しかし、教習料を惜しむあまりに充分な練習を積まずに受験してしまうと、
不合格になるリスクが高まってきます。
不合格を食らうと、次の受験日まで期間が空いてしまいますから、
結局「早く」が遠のくことになってしまいます。
かと言って、
合格できる可能性を高めようと必要以上の教習を入れると、
(パイロットアカデミーの売上的には有り難い限りですが)
“余計”な教習料を払うことになってしまいます。
「安く」vs「早く」も、「自由」vs「平等」と同様に、
どちらかに偏って考えるべきではなく、
適正なバランスを取ることこそが大事と言えるでしょう。
そして、その際には、
ぜひ、経験を積んだプロ指導員からのアドバイスを参考にしてください。
※当ブログは「人気ブログランキング」[「自動車(運転技術)」,「自動車(全般)」,「資格受験」の3カテゴリー]に参加しています。
2011/07/20 21:30現在、自動車カテゴリーで第24位です。
皆さんのご支援に感謝するとともに、引き続き1日1クリックの応援をお願いいたします。
↓
人気blogランキングへの投票
(クリックしていただくと、当ブログにポイントが入り、ランキングページが開きます。)