今年も土橋さんの指導による近大生の芝居から1年の観劇をスタートさせることになった。今回は鈴江俊郎作品を取り上げた。10年前くらいの作品らしい。描かれるものは高校教師アルアル。
鈴江さんがこんな作品を作っていたのか、と驚く。あまりにシンプルで、当たり前。こんな日常は高校ならどこにでもあることばかり。だけど、ここまで一気にいろんなことが押し寄せてきたらパニックになるだろう。これは決してコメディではないけど、笑うしかない現実だ。近年学校現場がどれだけブラックかが世間でも認識されてきたけど、ここで描かれる過酷な教員生活は誇張ではなくリアル。こんなの当たり前。
冒頭、何もない舞台中央で寝ている男。彼が起き上がるところから始まる。舞台上手手前の机の前にやって来てそこにミニチュアの部屋を組み立てると、全く同じ空間が背景の舞台に凄いスピードで設置されていく。あれよあれよという間に、そこに役者たちがやって来て芝居は始まる。
目まぐるしい勢いで芝居は進展していく。クラス担任をしながら、チーフ顧問を掛け持ちさせられ、授業なんて片手間でするしかない。次から次へと問題が噴出する。主人公の高校教師、山口の八面六臂の奮闘ぶりが描かれる。家庭を顧みることは出来ないから、妻は不満しかない。子育てに家事、ひとりで切り回す。だから疲れた。夫婦仲に齟齬が生じているのに彼は気づきもしない。毎日フラフラになって働いているから。
彼は仕事に全力投球しているだけでなく、劇団活動も続けている。家庭は疎かにしているけど、あまりその自覚はない。だから妻は寂しくて浮気をして、他の男の子を身籠る。踏んだり蹴ったりだ。そんな終盤怒濤の展開までを一気に見せる。
ただ鈴江さんがこのお話を通して何を描きたかったのかが見えないのは難点。教員の置かれた現状を赤裸々に描くことだけが目的であるとは思えない。学校現場のさまざまな問題をてんこ盛りにして一応コメディ仕立てにする。そこに何を思うのか。
右往左往する教師を近大の学生たちは見事に演じた。それぞれのキャラクター設定をしっかり受け止めてステレオタイプに演じる。笑えるけどこれは怖い。手前の模型、舞台、さらにはホリの映像。同じ空間を3つ同時に提示する。アクリルスタンドを動かして人形劇にするシーンも含めてさまざまなアプローチでこのコントさながらの混沌を立体化する。
こんなにも面白い芝居を見るのは久しぶりだ。とてもよく出来ているし、テンポよくラストまで一気に見せるのは凄い。職員室と山口家のリビングというふたつの空間を舞台にして短いエピソードを重ねていく。演出の土橋淳志は14人のキャストと共にこのスタイリッシュでスマートな舞台を見事に作り上げた。
こんなにも疲れた男がいる。全力で頑張っている。だけど誰も彼を支えない。だから彼は自爆するしかない。それだけである。だけどそれだけを目撃して、何を思うか。問われる。