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映画・演劇のレビュー

Sword Works プロデュース『夏色の翼』

2021-11-08 19:16:20 | 演劇

なんとひと月ぶりの演劇鑑賞である。こんなに芝居を見なくなったのは、この40年ほどでたぶん初めてのことだ。まぁ、コロナのせいで、この2年はずいぶん鑑賞本数は減っていたけど、この数か月は特に忙しくしていて、気が付いたらこんなことになっている。でも、本や映画はたくさん読んでいるし、見ているから、減ってしまったのは芝居だけである。この作品だって連絡を貰えなかったら見ていない。

でも、見に行ってよかった。芝居を見ることの楽しさを満喫させて貰えた。狭い空間にたくさんの観客とキャストがひしめき、濃密な空間を共有する。小劇場演劇の魅力はそこにあるはずだった。だけど、コロナのせいでそれが不可能になった。客席を少なくして、間隔をとって、と、わからないではないけど、それって小劇場演劇に死ねと言ってるのと同じだ。小劇場の魅力を損ない、意味を失わせる。

今、ようやく(一応だけど)通常の上演が可能になり、従来の芝居が復活する。もちろん、感染症対策は万全を期してうえでの上演である。主催者側も観客もそんなこと重々承知している。僕もこれからまたいつものように芝居を見よう、と思えた。これはそんな芝居だった。

前置きが長くなったが、本題に入ろう。このお芝居は、高校生の女の子たちが過ごすある夏の物語である。まさに夏休み直前の終業式の日にひとりの女の子が転校してくる。(もう、この最初の展開からして現実にはありえないだろう)この不思議な美少女と彼女と関わることになるふたりの女の子のお話である。

彼女たちは夏休みの補習で毎日登校してくる。たまたま掃除していて発見した物理実験室の奥にある開かずの扉のむこうにあったプラネタリウム、3人はずっと使われてなかったそれを修繕して起動させようとする。お話はそこから始まるのだけど、いろんなところで突っ込みどころ満載だ。でも、きっとこれは確信犯的行為だろう。リアルのかけらもないようなファンタジーがこの先も展開していく。ありえないと匙を投げると、この芝居を見誤ることになる。

これは無邪気な子供たちの中にある幻想で、それをみんなわかったうえで、受け入れている。主人公である3人の少女たちの内面を物語の形の中に落とし込んだだけなのだ。だから、母親が自分を人間としてではなく猫として扱うとか、ほかの星からやってきたとか、2人を殺そうとする刺客とか、どんどん荒唐無稽な展開が続くが、それは脳内のお話と理解したら腹は立たない。

基本は教室でたくさんの少女たちがたわいもない話をして、はしゃいでいる姿を見せてくれることにある。途中にはダンスシーンもあり、1時間30分、楽しい時間を過ごす。それだけ、でもいいくらいだ。

終盤、3人が屋上から転落するシーンがクライマックスになり、タイトルでもある夏色の翼の意味が明確にされる。ここからお話をどこに収めるかが、作品の成否を決めるポイントになるはずだ。だが、この作者は敢えてここでキツイ話へと向かわさない。芝居としてはそのほうが納めやすいのだが、甘い話のままで終わらせる。彼女たちのたわいもない日常が死と隣り合わせであることを前面に押し出し、不安や狂気と紙一重の現実を突きつけてもよかったが、ギリギリのところで踏みとどまり、たわいもない日常に帰着する。そこがもの足りない。だが、それでいい。

朗読劇というスタイルはさまざまな事情から取り入れられたのだろうが、そこを弱点にすることなく、反対にこれは物語なのだ、というスタイルを定着させるために使う。ふたりの女性が、舞台の両サイドに座り、台本を読みながら大人になった主人公ふたりの視点からのナレーションを担当する。そんなふたりに挟まれた横長の舞台では、高校時代の彼女たちが演じるあの頃が描かれる。現在とあの頃というふたつの時間を同時に見せながら、お話は展開していくというスタイルだ。

台本を手にしたまま、演じるシーンと、台本を手放して演じるシーンを交錯させるのも、この場合は楽しい。そうすることでこのお話に、ある種の距離感を作ることが可能になる。そこが大事だ。これはあくまでもあの頃の思い出であり、現実ではない世界の出来事となる。結果的に虚構だと感じながら、それを楽しめる。

ほぼ実際の高校生たちの役者が演じるのもいい。お話は虚構でも彼女たちの存在は現実だ。そういう微妙な距離もこの作品の魅力なのだろう。狭い空間で舞台と客席がこんなにも密接しているからこそ可能な共犯関係。まさにこれは小劇場のためのお芝居だ。


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