
なんとも懐かしい作品だ。高校生の頃、この作品に嵌った。最初は名画座で見て、その後TVで見て、何度となく、上映されるたびに劇場に通い、今まで何度見たことだろうか。せりふの入ったサントラも買って、自宅のステレオ(!)で繰り返し聞いた。完全にこの映画の世界にのめり込んでいた。ジュンとともに、川崎のキューポラのある工場街で生きていた。あの頃の僕は、現実の世界よりも、この映画の世界のほうが自分の生きる世界のような気がしていた。今考えると怖いくらいにのめり込んでいた。
でも好きな映画ってそんなものだった。映画が大好きで、映画の世界の中で生きていたかった。ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』のミア・ファローの気持ちがよくわかる。10代の頃って、純粋で単純なのだ。20年以上この映画を見ることがなかったけど、今回、吉永小百合が選ぶDVDコレクションが発売されて、その第1巻がこれで、ついつい買ってしまい、久々に見てしまった。(僕は、今回発売になる全20巻のうち、16本を見ている!)
今考えると、あの頃どうしてあんなにも、のめり込んだのかよくわからない。60年代の日活青春映画が大好きで、自分が70年代なんかに青春時代を送ってしまったことを悔やんだ。でも、そんなこと、どうしようもない話だ。TVの朝の「あなたの映画劇場」とか、サンテレビの昼の名画劇場(確か「アフタヌーンシアター」とかいう味も素っ気もない番組タイトルだった気がする)とかで、山のように見た。学校はどうしたのか、と心配になるくらいに見た。東梅田シネマで、毎週のように4本立で見ていた。あの頃は映画館にしかいなかった気がする。でも、それが若いということなのかもしれない、なんて。
貧しいけれど、幸せだった。嫌な事だらけなのに、なぜか、幸せに思える。そんな作品だった。ノスタルジアでしかないのか。でも、あの頃は今以上にこの作品にノスタルジアを感じていた。父親が仕事にあぶれ、高校にいけないジュン(吉永小百合)が定時制に通う決意をする。弟のタカユキはいたずらばかりしている。そんな2人を主人公にした青春映画だ。それがなぜあんなに心揺さぶったのか。これが浦山桐郎監督の傑作映画であることは歴史的にもみんなが知っている。だが、それだけではないものがそこにはある。どんな逆境にあっても負けない勇気をジュンには教えられた。
ある時代、心の支えになるような映画がある。今、これを見てもあの頃のような感動はない。いい映画だとは思うけど、もう心揺さぶられない。それがなんだか、少し寂しかった。
でも好きな映画ってそんなものだった。映画が大好きで、映画の世界の中で生きていたかった。ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』のミア・ファローの気持ちがよくわかる。10代の頃って、純粋で単純なのだ。20年以上この映画を見ることがなかったけど、今回、吉永小百合が選ぶDVDコレクションが発売されて、その第1巻がこれで、ついつい買ってしまい、久々に見てしまった。(僕は、今回発売になる全20巻のうち、16本を見ている!)
今考えると、あの頃どうしてあんなにも、のめり込んだのかよくわからない。60年代の日活青春映画が大好きで、自分が70年代なんかに青春時代を送ってしまったことを悔やんだ。でも、そんなこと、どうしようもない話だ。TVの朝の「あなたの映画劇場」とか、サンテレビの昼の名画劇場(確か「アフタヌーンシアター」とかいう味も素っ気もない番組タイトルだった気がする)とかで、山のように見た。学校はどうしたのか、と心配になるくらいに見た。東梅田シネマで、毎週のように4本立で見ていた。あの頃は映画館にしかいなかった気がする。でも、それが若いということなのかもしれない、なんて。
貧しいけれど、幸せだった。嫌な事だらけなのに、なぜか、幸せに思える。そんな作品だった。ノスタルジアでしかないのか。でも、あの頃は今以上にこの作品にノスタルジアを感じていた。父親が仕事にあぶれ、高校にいけないジュン(吉永小百合)が定時制に通う決意をする。弟のタカユキはいたずらばかりしている。そんな2人を主人公にした青春映画だ。それがなぜあんなに心揺さぶったのか。これが浦山桐郎監督の傑作映画であることは歴史的にもみんなが知っている。だが、それだけではないものがそこにはある。どんな逆境にあっても負けない勇気をジュンには教えられた。
ある時代、心の支えになるような映画がある。今、これを見てもあの頃のような感動はない。いい映画だとは思うけど、もう心揺さぶられない。それがなんだか、少し寂しかった。