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映画・演劇のレビュー

夏川草介『神様のカルテ3』

2012-11-22 20:42:57 | その他
 シリーズの3作目だが、これが完結編だろう。読み始めて最初は、また同じことをやっているよ、といささかうんざりした。1作目は新鮮だったし、2作目はそれが確かなものになった、と思う。だが、3匹目の泥鰌じゃないのだから、もういいかげんやめろよ、と今回は思う。しかも、どんどん調子に乗ってページ数を増やしていく。3巻は400ページ近くある。なんて、嫌らしいことをいいながら、本当はとてもうれしい。また、あの超然とした医者に会える。実は喜び勇んで読み始めた。それだけに、マンネリ化したスタート部分につまずいたのだ。おもしろいけど、それでは意味がない。そんな気になる。でも、やはり、読み進めてしまう。すると、やはり、ちゃんと考えて合った。同じことをするわけがない。

 4話まできて、というか、3話で、小幡先生から、一止が、きついことを言われて(帯にも書いてある「医者をなめてるんじゃない? 自己満足で患者のそばにいるなんて、信じられない偽善者よ」という言葉)衝撃を受ける部分から、実はこの小説の核心に入る。彼女の中にあった問題が明確になる4章の終盤。そこで主人公であるこの栗原一止医師の、新たなる冒険が始まる。

 大学病院に行くことは、前作でも打診されたことだ。だが、彼はあのときには断った。本庄医院に留まる結論は彼らしい。それだけに、今回の敢えて今、自分の意志で、大学に戻るという判断を下すラストはとてもすがすがしい。もっと、もっと先に行きたい。それは自己満足のためではない。患者のためであり、医師としてスキルアップを図ることは、自分自身のためだ。彼は偽善者にはならない。本当に必要なもののため、そして、まだ見ぬ患者と向き合うための判断だ。一瞬の判断が生死を分かつ。彼らはそんな場所で生きる。それなりの覚悟は必要だ。この小説はそんな当たり前のことにちゃんと踏み込み、答えを出す。

 今のままでも十分に凄いことだと思う。それは先の2作が証明している。だが、それだけでは足らないものがある。医者は消耗品ではない。だが、今の医療現場ではそんなことを言っている余裕もない。24時間救急体制を取る本庄医院は、いつも異常な状況にある。そこは戦場だ。殺伐とした空気が流れていても不思議ではない。だが、ここで働く人たちはとても穏やかで、彼らの醸し出す空気が心地よい。理想ではない。理想を実現するための努力がなされているからだ。そんな場所から飛び出すことは、勇気のいることだ。もちろん、ここはただ、心地よいだけの場所なんかではないことは、みんなが知っている。こんなところにずっといたなら、死んでしまうかもしれない。それほどに苛酷だ。それはほとんどの医療の現場に通じるものだろう。そんな中で身を粉にして働く人たちがいる。

 この小説はそんな当たり前のことにスポットを当てた。ユーモア小説のようなパッケージングを施し、別に医者でなくても、どこでも同じこと、としてみせる一面すらある。命を預かるという根本が他の職場とは違うけど、でも真剣さや困難はどこも同じだ。そういう普遍性がこの作品のよさだろう。特別なんかじゃないという意識。それを踏まえてこの医療の最前線を見せる。ただの甘い小説ではない。


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