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映画・演劇のレビュー

蓮見恭子『襷を、君に』

2022-03-01 10:19:05 | その他

駅伝を題材に据えた小説は数多くある。高校生を主人公にしたものは、少ないかもしれないが。箱根を舞台にした作品はかなりあるのではないか。三浦しをん『風が強く吹いている』(や、これは箱根ではないけど瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』)が白眉であろうことは誰もが認めるだろう(かな?)けど、この小説も悪くはない。先日公開された映画『ドリームプラン』を見て、スポコンなのに、従来とは切り口が違うと(クライマックスの試合をメインにはしていない)感心したけど、同じようにこれもまた駅伝大会はメインではない。だが、この小説はそれ以外は王道をいく。そのへんのバランスの取り方が興味深い。

主人公は中学時代たった一度だけ駅伝に出た女の子だ。ソフトボール部だったけど足の速さを見込まれてピンチヒッターとして走った。その時の気持ちが忘れられない。だから、高校では陸上部に入り、本格的に駅伝に挑戦しようと思う。だけど、彼女が入った高校は陸上のエリート校で、選ばれた選手しか入部できない。という、こういうよくありそうなパターンからお話は始まる。それはあるあるの定番展開ではあるが、そこから先、そんな定番をきちんと踏まえつつも、微妙に少しずつ、そこから逸れていく。そこがこの小説の面白いところだ。

彼女は確かに特別ではあるけど、小説はそんな特別を描くわけではない。(でもこれは『エースをねらえ!』の時代からの定番だ)努力してなんとか部員になり、めきめきと頭角を現す、わけではない。少しずつ周囲に馴染んでいく。このへんの展開が微妙なのだ。さらにはそこにもうひとりの主人公が介入してくる。それは彼女が駅伝に目覚めるきっかけを作ったエリートランナーだ。でも、事情があって今は陸上部に籍を置きながらも練習には来ていない。彼女の悲惨な状況が主人公との対比で描かれていく。そこから(ある種極端な形に、ではあるが)「青春の光と影」を同時に描くことになる。このふたりを中心にして高校生活の1年間が陸上部の活動に限定して描かれていく。

少しずつ、成長していく姿をしっかりと描く。ドラマチックな展開を踏まえながらもそこにお話が引っ張られてはいかない。そういうことを望まないのだ。あくまでもふつうの高校生がふつうにクラブを頑張る。そんな姿が描かれていくのだ。だから、特別(彼女たちは陸上エリートだし、県大会で優勝して、全国大会にも挑むし)なのに、嘘くさくはない。(ただし、対比されるもうひとりの主人公の境遇は悲惨でふつうじゃないけど)

360ページの終盤290ページ辺りからようやく駅伝大会の話になる。しかも、県大会の話である。でも、ちゃんとその後の全国での戦いも描いている。だけど、そのどちらもそこでも戦いぶりを描くことがメインではない。作者は冷静な判断で定番を崩すことなく、でも、ある種の普遍に行き着く。とても上手いドラマ作りをしている。客観性を貫くから、定番が気にならないし、そこから安心して楽しめる。単純なスポーツものではない。


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