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映画・演劇のレビュー

小瀬木 麻美『ラブオールプレー』

2011-07-14 20:39:27 | その他
 スポーツ物は大好きだが、とうとうバドミントンを題材にした小説が登場したか。なんだかワクワクする半面、つまらないジュニア小説ならイヤだな、と不安もいっぱいで読み始めた。昔、中学生だった時の話だが、バドミントン部に入っていた。当時は(今も、かもしれないが)男の子がバドミントンをすることに、もの凄く偏見があった。実は自分も、きっと簡単なスポーツだろ、と高を括って入部した。だが、まるで、そんなことはなかった。ただの羽打ちのはずが、思いもしない過激でハードな競技で、すぐに音を上げた。でも、先輩たちが優しくて、結局卒業まで続けることが出来たのだが。

 夏の練習ではバケツ一杯の汗をかく。先輩たちは実際にユニホームをバケツ上で何度も絞っていた。そして、その後、そのウエアを着るのである。汚ない話だが、その光景が今も目に焼き付いている。あの頃、毎日グランドを走っていた。他のクラブの邪魔にならないようにグランドの一番外を走るのだ。1年の時は、夏になるまでラケットさえ握らせてもらえなかった。毎日筋トレばかり。ようやくコートに入ったのは秋くらいだっただろうか。そんな日々のことを思い出すと、僕も小説が書けそうだ。でも、今は僕の話ではない。

 まぁ、そんなわけで、期待以上に不安を抱えながらこの小説を読み始めた。

 中学3年の受験生が主人公だ。クラブを引退してこれから受験勉強をスタートさせるつもりだったのに、有名私学からスポーツ推薦の声がかかる。県下で一番の横浜湊高校である。全国レベルの高校に自分のようなレベル(せいぜい県でベスト8止まりだ)の選手がどうして誘われたのか。不思議に思う。実は県の有力選手を集めた強化合宿で彼を見た横浜湊の監督が、彼の素質を買ったのだ。9月、初めて高校の練習に参加する。

 これは全国を目指すトップアスリートの世界を描く話だ。それってどうしても僕たちとは別世界の話で、普通ならなかなか共感できるものにはならないはずだ。だが、ここに描かれるのは、選ばれた特別な人間の話ではない。本気になって「何か」に打ち込む高校生の無邪気な世界だ。それは簡単なことではないことなんか、誰にでもわかる。だが、好きだから、ただ、それだけで乗り越えられる。困難に立ち向かう。その先に何があるかはわからない。でも、バドミントンが好きで、シャトルを追いかけていたい。その気持ちはトップアスリートであろうと、ただの無名高校の部員であろうと、同じだ。

 この小説がいいのは、つまらないドラマチックなエピソードを作らないことだ。こんなにも淡々と彼らが部活に集中していく姿だけを描いていく。恋や友情とか、試練とか、ありきたりなエピソードもないわけではない。だが、そんなことより、まず、彼らがこの競技が大好きで、なんだかわからないけど、頑張ってしまう姿を描くことだけに専念しているのがいい。

 マイナースポーツでしかないバドミントンにのめり込んで、世界を目指そうとする少年たちをどこにでもいる普通の男の子として、描く。彼らは選ばれた特別な存在ではない。ただ好きなことに全力で打ち込む真面目な男の子たちだ。だからそんな彼らに共感できる。森絵都の『ダイブ』のようなものを期待したのに、なんだかもっと普通の話でそれが意外によかった。これは思いもしない拾い物である。

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