1971年
「シーズン初めの練習といえばどこでも同じようなもの。プロに入ったからといって、これまでと特別に変わったことはしないし、気分のたかぶりもない」西鉄ライオンズ入団の契約第一号、望月彦男投手はベテランのような心境で平和台球場の自主トレーニングに参加している。山歩きが好きという二十九歳の静かなヒネ新人。金田(巨人OB)や梶本(阪急)のことを思えばまだ八年も、十年間もがんばれるが、こんなのは日本では例外の部に入る超人。「体力に限界はあっても、プレーの年齢には限界はないと思いますよ」入団発表のとき年齢のことを報道陣に質問されて、望月はこういった。ノンプロ時代の電気化学(静岡)では機械の計画に取り組む技術者であり、そのまま会社に残っておれば将来はなにひとつ不安はなかった。給料は八万円ぐらいもらっていたとか。ライオンズに指名されたからといって、三十三にも近づいてなぜ冒険に踏み切ったのか。野球狂かケタはずれの自信家か。あるいは金と名誉がほしかったのか。若い選手たちのなかにまじって黙々と練習している望月に、もう一度プロ入りの動機をたずねてみた。たしかに野球は「好き」といった。「あれがプロでやれるなら、オレだってと思ったことはある」そうだ。自信も持っている。しかしぬるま湯につかって、はい出せばカゼを引くし、それかといって決して居心地はよくないのに、いつまでも野球にすがりついて生きている、みじめな人間とはまるで正反対の性格。「ノンプロに残っておれば、からだに故障がないかぎりプレーを続けなければならない。コーチになり、監督にもなれば、いつまでたっても野球から足を洗えない。だから会社をやめた。あと何年投げられるかわからないが、全エネルギーを燃やしてぶつかってみたい」という。野球人生にふんぎりをつけるためにプロの世界を選び、あとで思い残すことのないように、好きな野球だけに打ち込もうというのだ。「金ですか、それだけがねらいなら、カケと同じようなもの」と実力以上の金をほしがる選手たちが耳にセンをしたいようなことをいう。どのていどの大物か、まだキャッチボールを始めた段階だから実力を計り知ることはできない。ノンプロ時代の防御率は1.59というから、打ちにくいタマはいくつか持っていそうだ。本人は「球種はストレート、シュート、カーブの三つだけ」といっているが、河村コーチは「それだけあれば十分。キャッチボールをしている姿から想像して、剛速球のタイプではないようだ。問題はコントロール。短いイニングを押えてくれるようになれば大助かりだ」と期待している。ライオンズにとっては貴重な左腕投手だ。乗替は成長がもたつき、まだたよりにならない。昨シーズンは左投手がいないばかりに、勝てる試合をいくつか落としたことがあった。河村コーチは「短いイニングでも」といっているが、望月は、ノンプロ時代は先発の完投型だった。「気が長いこと」を自分の長所にしている。自分の感情をコントロールできる大人である。この冷静さは、マウンド上で意外な力を発揮するかもしれない。
「シーズン初めの練習といえばどこでも同じようなもの。プロに入ったからといって、これまでと特別に変わったことはしないし、気分のたかぶりもない」西鉄ライオンズ入団の契約第一号、望月彦男投手はベテランのような心境で平和台球場の自主トレーニングに参加している。山歩きが好きという二十九歳の静かなヒネ新人。金田(巨人OB)や梶本(阪急)のことを思えばまだ八年も、十年間もがんばれるが、こんなのは日本では例外の部に入る超人。「体力に限界はあっても、プレーの年齢には限界はないと思いますよ」入団発表のとき年齢のことを報道陣に質問されて、望月はこういった。ノンプロ時代の電気化学(静岡)では機械の計画に取り組む技術者であり、そのまま会社に残っておれば将来はなにひとつ不安はなかった。給料は八万円ぐらいもらっていたとか。ライオンズに指名されたからといって、三十三にも近づいてなぜ冒険に踏み切ったのか。野球狂かケタはずれの自信家か。あるいは金と名誉がほしかったのか。若い選手たちのなかにまじって黙々と練習している望月に、もう一度プロ入りの動機をたずねてみた。たしかに野球は「好き」といった。「あれがプロでやれるなら、オレだってと思ったことはある」そうだ。自信も持っている。しかしぬるま湯につかって、はい出せばカゼを引くし、それかといって決して居心地はよくないのに、いつまでも野球にすがりついて生きている、みじめな人間とはまるで正反対の性格。「ノンプロに残っておれば、からだに故障がないかぎりプレーを続けなければならない。コーチになり、監督にもなれば、いつまでたっても野球から足を洗えない。だから会社をやめた。あと何年投げられるかわからないが、全エネルギーを燃やしてぶつかってみたい」という。野球人生にふんぎりをつけるためにプロの世界を選び、あとで思い残すことのないように、好きな野球だけに打ち込もうというのだ。「金ですか、それだけがねらいなら、カケと同じようなもの」と実力以上の金をほしがる選手たちが耳にセンをしたいようなことをいう。どのていどの大物か、まだキャッチボールを始めた段階だから実力を計り知ることはできない。ノンプロ時代の防御率は1.59というから、打ちにくいタマはいくつか持っていそうだ。本人は「球種はストレート、シュート、カーブの三つだけ」といっているが、河村コーチは「それだけあれば十分。キャッチボールをしている姿から想像して、剛速球のタイプではないようだ。問題はコントロール。短いイニングを押えてくれるようになれば大助かりだ」と期待している。ライオンズにとっては貴重な左腕投手だ。乗替は成長がもたつき、まだたよりにならない。昨シーズンは左投手がいないばかりに、勝てる試合をいくつか落としたことがあった。河村コーチは「短いイニングでも」といっているが、望月は、ノンプロ時代は先発の完投型だった。「気が長いこと」を自分の長所にしている。自分の感情をコントロールできる大人である。この冷静さは、マウンド上で意外な力を発揮するかもしれない。