1973年
右肩の故障で約一年間も戦列を離れていた日拓・皆川康夫投手(25)=1㍍74、73㌔、右投右打=にやっと明るい表情が戻ってきた。「そろそろ登板のチャンスを与えてみよう」と首脳陣がいいはじめたためで、二十日多摩川のグラウンドで行われた練習でも体ごとノックにぶつかっていき、元気なところをみせていた。皆川がはじめて肩の異常に気がついたのは一昨年の終盤だった。この年、みごとに新人王のタイトルを取ったが、知らぬうちに疲労が右肩をむしばんでいたのだ。痛む肩を押えながら投げた昨年は1勝3敗。今年はマウンドさえ一度も踏めないまま、ここまできてしまった。「ヤケになって、何をやっても面白くなかった」という。だが、かつて東急(現日拓)の名遊撃手として活躍した父親定之さん(54)は、そんな弱気を許さなかった。「もう一度、がんばるんだ!」その声に励まされて、こわごわキャッチボールをはじめたのが六月。首脳陣もナインも、かつての新人王のカムバックには、みんな温かい手を差しのべてくれた。「八月になってやっとまた、自信のようなものがよみがえってきたんです。なんとかやれるメドもつきました。本当に長い自分との闘いでした」と皆川はうれしそうだ。「一時は、もうくさってしまってダメかと思いました。でも、よく立ち直ってくれました・・・」と大喜びの父親定之さん。首脳陣は、こんな皆川にはやkれば今月中にも、ファームのマウンドへ立たせることを約束している。「がんばります。きっといいピッチングをして見せます」テスト登板に合格すれば、もちろん一軍入りだ。「皆川、がんばれ」の声援を背に、かつての新人王はいまかいまかと出番を待っている。
右肩の故障で約一年間も戦列を離れていた日拓・皆川康夫投手(25)=1㍍74、73㌔、右投右打=にやっと明るい表情が戻ってきた。「そろそろ登板のチャンスを与えてみよう」と首脳陣がいいはじめたためで、二十日多摩川のグラウンドで行われた練習でも体ごとノックにぶつかっていき、元気なところをみせていた。皆川がはじめて肩の異常に気がついたのは一昨年の終盤だった。この年、みごとに新人王のタイトルを取ったが、知らぬうちに疲労が右肩をむしばんでいたのだ。痛む肩を押えながら投げた昨年は1勝3敗。今年はマウンドさえ一度も踏めないまま、ここまできてしまった。「ヤケになって、何をやっても面白くなかった」という。だが、かつて東急(現日拓)の名遊撃手として活躍した父親定之さん(54)は、そんな弱気を許さなかった。「もう一度、がんばるんだ!」その声に励まされて、こわごわキャッチボールをはじめたのが六月。首脳陣もナインも、かつての新人王のカムバックには、みんな温かい手を差しのべてくれた。「八月になってやっとまた、自信のようなものがよみがえってきたんです。なんとかやれるメドもつきました。本当に長い自分との闘いでした」と皆川はうれしそうだ。「一時は、もうくさってしまってダメかと思いました。でも、よく立ち直ってくれました・・・」と大喜びの父親定之さん。首脳陣は、こんな皆川にはやkれば今月中にも、ファームのマウンドへ立たせることを約束している。「がんばります。きっといいピッチングをして見せます」テスト登板に合格すれば、もちろん一軍入りだ。「皆川、がんばれ」の声援を背に、かつての新人王はいまかいまかと出番を待っている。