心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

梅田・中之島界隈を散策

2015-11-14 23:46:07 | Weblog

 11月も半ば、旧暦では「立冬」の季節になりました。寒くなるにつれ鍋物が恋しくなり、畑で育つシュンギクが俄然人気者になります。今年初めて育てたルッコラもずいぶん立派に育ち、こちらはサラダの主役。土の恵みをいただくほど幸せなことはありません。
 そういえば週の半ば、同業他社の方々とのプライベートな会合がありました。何十年来の同士の方、一戦を退いた方の顔も。ご様子を尋ねると、晴耕雨読、誰も住んでいない実家に時々出かけて野菜作りに汗をながしているのだとか。次の人生を生きる(考える)方々と楽しい時間を過ごしました。
 そうそう、先週の土日は孫君たちのお世話をしましたが、帰る時間になっても孫次男くんが玄関に現れません。孫長男くんが家中を探したら、いました、いました。帰り支度をしたままの次男くん、おもちゃと格闘中でありました。天真爛漫というのか、自分の時間をもっている次男くんを羨ましく思ったものです。
 さて、きょうの土曜休日は、午前中に歯医者で治療をしていただいたあと、グランフロント大阪で開催中の「世界を変えた書物」展に向かいました。金沢工業大学が所蔵するコペルニクス、ニュートン、キュリー夫人、アインシュタイン等の初版本などを直接見ることができます。文系人間にとって科学のことはわかりませんが、古くは16世紀に出版されたアルキメデスの「四辺形、円の求積法」やコペルニクスの「天球の回転について」、17世紀のデカルト「方法序説」、19世紀のダーウィン「種の起源」などの稀覯本がずらり。それもフラッシュ禁止で撮影可。日頃、古本と戯れる私としては至福の時間を過ごしました。
 次に向かったのは、大阪駅前第2ビル地下2階にある名曲堂さんでした。先日来、めずらしくフルトベングラーを聴きだして、LPレコードの物色です。手にしたのはシューマンの交響曲第4番ニ短調作品120でした。他に、ブルックナーの交響曲第8番、フランクの交響曲ニ短調など。最近、交響曲を聴くことは滅多になかった私としては、ここに来て先祖返りの傾向が見え隠れしています。
 寄り道が多すぎましたが、本日のお目当ては小説家・玉岡かおるさんの講演「広岡浅子の”引力”と土佐堀川」でした。会場は、むかし加島屋のあった場所に立つ大同生命大阪本社ビル5階の会議室です。 まずは2階の特別展示室「大同生命の源流”加賀屋と広岡浅子”」に向かいました。
 玉岡さんの講演を聴くのは、そう、5年ぶりでしょうか。「広岡浅子ってどんな女性?」「浅子の引力にひきつけられた若い世代の女性たち」「大阪の川の光と風とともに」の三部構成ですが、あっという間の90分でした。玉岡さんは、一柳満喜子を主人公にした小説「負けんとき」の中に浅子を登場させました。聞けば土佐堀川沿いのマンションを借りて、そこを仕事場に執筆されたとか。題名に編集から意見がつき、大阪弁なら「負けたらあかん」ではないかと。そこで、生粋の大阪・船場の言葉を調べたのだと。「負けたらあかん」は相手を負かすことになる。そうではない。大阪では相手を負かすのではなく、負けて勝つ、自らを律する。それを端的に表現するのが「負けんとき」なのだと。以前このブログでもご紹介したことがありますが、その意味の違い、なんとなく判るような気がします。
 史実とドラマの違いについてのお話も興味深いものでした。小説家は史実と史実の間を想像力で繋いでひとつの話を作って行く、ドラマはドラマで部分的に濃淡をはっきりさせながら一つのストーリーをつくって行く。そこに小説家、脚本家と歴史学者の違いがあるように思います。いずれにしても、ひとつひとつの史実を持ち前の想像力で紡ぎながらひとつの作品を仕上げていくのは、小説家冥利に尽きるものなんでしょう。
 講演が終わって外に出ると、中之島界隈は小雨が舞っていました。あたりを少し散策していたところ、日本基督教団「大阪教会」がありました。浅子が洗礼を受けた教会でした。入口に置いてあったパンフレットを拝見すると、1922年(大正11年)にヴォーリズの設計で建築されたとあります。大同生命大阪本社の以前のビルもヴォーリズの設計でした。中之島界隈、まだまだ発見することの多い街です。

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