心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

気になるヘンリー・D・ソローの「森の生活」

2017-02-10 20:26:00 | Weblog

 昨年、ウィーンの街角で買った小さなカレンダー。今月の写真は雪を被るブラームス(1833~1897年)です。家内と一緒に音楽家の像を求めてウィーンの街を歩き回ったのは2か月前のことでした。
 きょうはグレン・グールドが1960年の秋、ニューヨークのコロンビア30丁目スタジオで録音した、ブラームスの「間奏曲集」を聴きながらのブログ更新です。人生の晩秋や孤独を表したブラームス晩年の作品を、28歳の誕生日を迎えたばかりのグールドがみずみずしい感覚で歌い奏でています。
 2月も半ばを迎えたこの時季、旧暦では「立春」と言いますが、日本列島に寒波が押し寄せています。でも、ここ大阪は風こそ強いものの雲の合間から陽が覗く、そんなお天気でした。なんと春が待ち遠しいことか。待ちきれず先日はお花畑の土づくりに汗を流しました。きのうは駅前の花屋さんの店先で、売れ残った格安のガーベラに出会いました。来年の開花を思い描きながら2鉢ほど連れて帰りました。
 そうそう、先日は小雪舞うなか「特定健診」を受けてきました。癌検査の関係で3カ月ごとに通院していますからあえて受診する必要もないだろうと思いつつ、生活習慣病の予防、医療費の節減というお国の方針に沿うかたちで市内の指定病院に出かけました。検査項目は身体測定、血圧、血液検査、尿検査、内診までが無料ですが、オプションで心電図と聴力検査を加えました。来月の癌ドックを前に、準高齢者にとってささやかな「安心」を確認するための作業になります。

 さて、話はがらりと変わりますが、現役を退いて以後、社会の動きを一定の距離感をもって眺めるようになって、最近なんとも気になるのがアメリカの行く末です。時代を牽引する先進国に追いつき追い越せと頑張ってきたのに、どうも先進国のリーダーの言動が怪しい。なぜ?どうして?
 そんなことをぼんやり考えているとき、NHKカルチャーラジオ(文学の世界)の今期のテーマが「はじめてのソロー~森に息づくメッセージ~失われた豊かさを取り戻せ」(全13話=講師は伊藤詔子先生)であることを知りました。既に4回まで終わっていますが、幸いなことに初回からネットで聞くことができます。さっそくテキストを買ってきました。
 手許にはソローの代表作「森の生活」があります。その帯には「森の自然観察と畑仕事と読書を愉しむシンプルな生活が、2世紀を生きる深い思索を生んだ。自然と文明、個人と社会・・・・そして、ひとが心豊かに生きていくとは、どういうことなのか」とあります。
 ソローは、アメリカ独立宣言の41年後の1817年、マサチューセッツ州にある独立戦争発端の地コンコードの村はずれで生まれました。ことし生誕200年になります。ブラームスが生まれたのが1833年、かの南方熊楠が生まれたのが1867年(生誕150年)。今週のカレッジの授業「近代文学①=大阪が生んだ文学者たち」に登場した与謝野晶子が生まれたのが1878年。そしてグレン・グールドは、カナダのトロントで1932年に生まれています。
 いろんな人々が現れては消えていく。さまざまな個性がぶつかり合い、いろんなものの見方が輻輳しながら徐々にひとつの流れを形成していく。この世の中、急に場面転換できるほど呑気なものではありませんから、こうしたひとの生きざまを丁寧に繋いでいけば何かが見えてくる。そんな気がします。建国間もないアメリカに生きたソローが何を思い何を考えていたのか。興味は尽きません。

 温かい部屋の中で長椅子に横たわってページを開く。贅沢なものです。.......明日は、大政奉還150年①「大政奉還奏上」ウォークです。今年は、徳川15代将軍慶喜が二条城で朝廷への政権返上を表明して150年を迎えるのだとか。そんな激動の時代を思いつつ、雪が舞う京の町を13キロ歩いてきます。

コメント