心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

「修業の道場」土佐の国へ ~ 海辺の道をひたすら歩く

2018-03-15 21:57:11 | 四国遍路

 遠くに幾つもの岬が重なる山の麓を走る国道55号線。海岸に打ち寄せる波の音をBGM替わりに、ただひたすら歩き続けた3日間でしたが、高知県東洋町の野根を過ぎたあたりで、妙な音の変化に耳を澄ませました。ざあぁと打ち寄せる波の音のあとに、ゴロゴロォ~という音があたりに響き渡ります。
  以前、何かの本で読んだことがあります。このあたりは通称ゴロゴロ海岸といわれ、黒潮がうち寄せる波と引く波に石がまきこまれてゴロゴロォ~、ゴロゴロォ~と鳴り響きます。しばし立ち止まって、その風景と波の音に聴き入りました。
 どこまでも続く国道55号線。室戸岬はまだまだ先のようで視界のなかに入ってきません。5キロほど歩いたところにあった「法海上人堂」で、しばしひと休みです。荷物を下ろして水分補給。コンビニで買った2個のおにぎりをほおばりながら、ふっと心に浮かんだのは「歩いてよかった」でした。バスツアーでは素通りしてしまいそうな風景を全身で感じるのが「歩き遍路」の醍醐味です。
 10分ほど経った頃、一人の男性がやってきました。前日、別格4番「鯖大師」でお会いした方でした。わたしと同じ初心者ですが、私より長い区切りで結願をめざしているのだと。若い頃は山登りを趣味にされているようなので、間違いなく健脚です。お別れの言葉は「じゃあ、また、どこかで」でした。

 4月下旬を思わせる陽気のなか、私は大阪駅で高速バスに乗って一路徳島に向かいました。「歩き遍路」第四弾は「修行の道場」といわれる土佐の国、室戸岬をめざす65キロです。徳島駅でJRに乗り換えて牟岐駅下車。今回の出発点になります。 
 1日目は18キロ先の海陽町宍喰をめざしました。いくつかのトンネルを抜けて内妻峠を越えると太平洋が見えてきます。しばらくすると、野口雨情の石碑に出会います。「八坂八濱の 難所てさへも 親の後生なら いとやせぬ」。北原白秋、西條八十とともに三大童謡詩人として知られ、「十五夜お月さん」「七つの子」「赤い靴」などたくさんの童謡を作詞しました。ふと思い出しました。10年ほど前、東京・麻布十番界隈で呑んだとき、野口雨情の童謡「赤い靴」に登場する「赤い靴の女の子」の「きみちゃん像」に出会ったことがありました。(「秋に二話」2007-09-30)
 平坦な海沿いの道から本来のお遍路道に入ります。急に荒々しい道に代わりますが、それも束の間。別格4番「鯖大師」の多宝塔の裏に出てきました。本堂、大師堂をお参りして小休止したあと、ふたたび歩き始めました。
 海部駅あたりに来て、国道を離れ海辺の道を歩いてみることにしました。これが失敗。愛宕山の麓で行き止まりになってしまいました。ここまで来たら愛宕山に登って鳥瞰してみるしかない。これがたいへんでした。お山をぐるりと回って元の海部駅界隈に戻ってしまいました(笑)。
 野口雨情の詩に「八坂八濱」という言葉がありましたが、このあたりは10数キロの間に八つの坂と八つの浜がある難所だったところです。川かと思ったら海が内陸まで入り組むほどの地形でした。そういう道を歩きながら、初日の宿所である民宿「はるる亭」に到着しました。なんと温泉付きの民宿で、美味しい魚料理とすこしばかりのお酒をいただきました。
 2日目は朝7時に出発。この日は3日間で最も長い28キロになります。しばらく歩いて水床トンネルを抜けると、徳島を越え、土佐は高知県東洋町に入りました。しばらくして番外霊場東洋大師です。境内の縁台の上でワン君が気持ち良さそうに日向ぼっこしていました。
 さて、これからが長丁場です。道端には「ここ 最終自販機。この先10㎞ 佛海庵まで給水ポイントなし」との忠告看板。民宿のご主人からも「飲料水の用意を」と言われていました。コンビニも自販機もなんにもない、ただただ海沿いに歩く旅。ここからはiPodに入れた音楽(ラザー・ベルマンによるリストのピアノ曲「巡礼の年(全曲)」)を聴きながら、遠くに見える岬をひとつひとつクリアしていく、そんな歩き旅になりました。ところがです。ピアノの音の向こうに聴こえる波の音に変化が....。これが前段で綴ったゴロゴロ海岸です。
 法海上人堂、佛海庵を経て、2日目のお宿は民宿「徳増」でした。夕刻、食堂に行ってびっくり。「鯖大師」と「法海上人堂」でお会いした男性に再会しました。80歳を過ぎたベテランお遍路さんを交えて、一献傾けながら楽しいひと時を過ごしました。そのお爺さんは「歩き遍路」の常連さんで、各地に定宿をお持ちのよう。それを聞いた初心者二人は一瞬顔を見合わせてしまいました。この日の夕食では、かのマンボウ料理も堪能しました。
 3日目はいよいよ24番札所・最御崎寺(ほつみさきじ)です。今回唯一の四国八十八カ寺になります。体調はすこぶる良好で、夫婦岩、三津漁港を経て順調に歩を進めました。そうこうするうちに室戸岬が見えてきます。「室戸青年大師像」、弘法大師が悟りを開いたという「御蔵洞」へ。岩山に御厨人窟と神明窟という洞窟がありますが、いまは立ち入り禁止になっていました。納経書にお印をいただいて失礼をしました。
 いよいよ遍路道を歩いて山上の最御崎寺に向かうことになりますが、長らく平坦な道を歩いてきたためか、標高165メートルほどのお山の上に登るのにひと苦労しました。でも、白亜の室戸岬灯台から眺める太平洋は圧巻でした。仁王門から境内に入り、本堂、大師堂をお参りして納経所に向かいました。と、ここでまた、宿所でご一緒した男性にお会いしました(笑)。
 帰りは、室戸スカイラインを歩いて室戸岬の西側に下りました。その途中、次回に巡る予定の行当岬を一望できるところがあったので、そこで小休止。なんとも言えない風景にただただ見入ってしまいました。
 以上で今回の「歩き遍路」は無事終わりました。お参りしたのは一カ寺だけでしたが、気候が良かったこともあり、土佐の国はひと足早く「春」を迎えていました。田圃では田植えの準備が始まっていました。道中、蛙やウグイスの鳴き声が響き渡っていました。そうそう、途中でお猿さんに同行いただいたこともありました。またあるときは、頭上にトンビの姿も。海岸に打ち寄せる波も、なんだか生きているように思えてきました。山国育ちの私にとって海は神秘的な存在でもあります。独りで歩いていても決して独りではない。そんな気持ちの良い汗をかいた3日間でした。
 夕刻、室戸の高速バスターミナルから一路大阪へと向かいました。3日間歩いてきた道を遡る感じですが、なんと、出発点の牟岐駅まで戻るのにバスで1時間半しかかかりませんでした。もう一度歩いてって言われたら少し戸惑ってしまいますが、自分なりによく歩けた「歩き遍路」だったように思います。

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