四国八十八カ所の21番札所・太龍寺は「西の高野」とも称されるお寺で、標高520メートルほどのところにあって、樹齢数百年余の老杉が迎えてくれます。遍路道を少し登ったところには、弘法大師19歳の頃、岩山に座して修行したと伝えられる舎心嶽があります。
遍路道からは岩山に座る後ろ姿しか拝むことができませんが、大師が見つめている風景を確かめたくて、道なき岩肌を這って前方に回りました。目に飛び込んできたのは、阿波の国の山並みと遠くに微かに見える海、その先には和歌山も。まさに「心の風景」にふさわしい空間に身をおいて、大師は100日間の修行に勤めました。「鳥瞰」という言葉の意味を改めて考えました。
今週の初め、大阪駅前から高速バスに乗って徳島駅へ。そこでJRに乗り換えて南小松島駅下車。これが今回の「歩き遍路」の出発点でした。歩き始めて15分もすると、散歩中のおじさんから18番札所・恩山寺に向かう道のアドバイス。ランニング中のおじさんからは「弘法大師お杖の水」の場所を教えていただきました。さらに歩を進めていくと、うしろから洋菓子店の若い店員さんが駆け寄ってきて洋菓子二つのお接待いただきました。こんな調子で二泊三日の「歩き遍路」がスタートしました。
久しぶりの遍路道の感覚を思い出しながら、弘法大師御母公・玉依御前ゆかりの恩山寺にお参りしたあと、19番札所・立江寺に向かいました。牛小屋の横を通り過ぎて、孟宗竹が林立する義経ゆかりの古道を歩きます。お京塚の横にある遍路小屋で一服したあと、さらに歩を進めると立江川にかかる白鷺橋の向こうに立江寺が見えてきます。かつては関所寺とも言われ、邪心のある者や罪を犯した者は先に進めないと言われた山門を、難なく通ることができました(笑)。
門前の食堂で昼食をとったあと、10キロ先にある隣町の宿に向かいました。延々と続く遍路道や車道をひたすら歩き続けて2時間半。陽が落ちていく頃、無事、民宿「金子や」に到着しました。この時期に歩き遍路をする人は多くはなさそうで、宿泊者は私を含めて2人。もう一人は還暦を前に歩き遍路を思い立った北海道の男性でした。聞けば、先週から歩き始めて1月下旬までに松山まで進んだ後いったん戻るのだと。数日前に登った焼山寺では20センチほどの積雪があったのだそうです。1日45キロを目途にしているところをみると、ずいぶんな健脚とみました。
翌朝6時45分、まだ薄暗いなか、標高500メートルの地にある20番札所・鶴林寺をめざしました。茅葺の遍路小屋、弘法大師が杖をつくと水が湧き出したという「水呑大師」を過ぎると、国史跡阿波遍路道「鶴林寺道」に入ります。なんとか踏ん張って境内に登ると、お寺の方から朝のご挨拶をいただきました。お参りを済ませた後、白衣の背に鶴のお印をいただいて山をおりました。
麓の大井休憩所でひと息ついたあと、引き続いて標高520メートルの21番札所・太龍寺まで遍路道を歩いて登る予定でしたが、前日、宿の主人から遍路道が工事中のため通行止めになっているとの情報をキャッチ。やむなく歩く距離は長くなりますが太龍寺山をぐるりと回るかたちで那賀川沿いに平地を歩いて太龍寺ロープウェイ乗り場に向かうことにしました。
その距離7キロ。数日前と打って変わってぽかぽか陽気のなか、気持ちよく歩くことができました。呑気なシニアお遍路は、iPadに入れたセヴラックの「大地の歌」「ラングドック地方にて」「水の精と不謹慎な牧神」「日向で水浴びする女たち」のピアノ曲を聴きながら、テンポよくウォーキングです。その間にすれ違ったのは4名のご老人。みなさんから励ましのご挨拶をいただきました。
というわけで太龍寺にはロープウェイ(101人乗り)で登りました。時節柄お客は3人。帰りは私1人でしたので10分ほどの間、ガイドさんを独り占め、いろいろお話しをさせていただきました。大師堂のお参りを済ませて景色を眺めていると、先ほどお参りしたばかりの鶴林寺が遠くにぼんやり見えました。平地とは違って山の上、納経所の入口にあった手水場の水は凍っていました。
太龍寺山を下りると、15分ほどバスに揺られて山口中というバス停で降り、そこから4キロほど先にある平等寺をめざしました。ちょうどこの日は「どんど祭り」の日、遠くの田圃の一画から高く黒々とした煙が立ち上っていました。
22番札所・平等寺のお参りを終えて午後3時半に民宿「山茶花」に到着しました。この日の夕食は私ひとり、宿のお母さんと世間話をしながら美味しいお料理と少しばかりのお酒をいただきました。至る所に細やかな心配りを感じる素敵なお宿でした。(写真は平等寺の手水場。こちらは凍ってはいません。そっと添えられた季節の草花にほっとひと息です)
翌日は、少しショートカットして、宿から歩いて30分ほどのところにある新野駅に向かい、ふた駅先の由岐駅を下車。海沿いの遍路道を歩いて14キロ先の薬王寺に向かいました。前日までの風景とがらりと変わり、冬の漁港、浜辺。句碑が点在する「俳句の小径」では、小鳥のさえずりと潮騒の音を聴きながら、独り歩きの醍醐味を味わいました。遠くに見える岬の、そのまた先の岬、さらに先の岬と、平坦な道のりをひたすら歩き続けました。
疲れが見え始めた頃、遠くの山裾に23番札所・薬王寺が見えてきました。あとひと息です。ウミガメの産卵地で知られる日和佐の浜を眺めて小休止。桜町通に入ったところで道の向かいにある日和佐木偶人形館からお婆さんがやってきて、「おうどんがあるから食べていきなさい」とお接待。不意なことで一瞬戸惑いつつも、ちょうどお昼時、「ありがとうございます」と善意にすがりました。
日和佐木偶人形館は、昭和の初めごろまで赤松地区の浄瑠璃人形座「赤松座」で使われていた人形を修復保存、復活をめざして活動されているご様子で、数体の人形が展示されてありました。美味しいおうどんの接待を受けながら、お婆さんから赤松人形についていろいろお話しを伺いました。帰り際ノートにお礼の記帳をして失礼をしましたが、お婆さんからは手縫いの小さな袋にみかんとお菓子を入れていただきました。ありがとうございました。
薬王寺をもって徳島「阿波の国」の歩き遍路は終わりました。今回は若干ショートカットをしながらも2泊3日で55キロほどを歩いたことになります。その間、多くの方々から温かいお声がけをいただきました。改めて御礼を申し上げます。ありがとうございました。次回、おそらく3月になりますが、高知「土佐の国」に入ります。.......帰阪した翌日、カレッジの帰りに京橋ツインビルで開催中の古本フェアで、空海の「三教指帰」(中公クラシックス)を買って帰りました。
四国はいつも温かく迎え入れてくれて地元の方に頭が下がります。
遍路道、一部通れないところがあって大変でしたね。
少しの回り道も歩き遍路にとってはヘコみます。
山茶花の宿懐かしいです。
3月の高知入り、楽しみに拝見させていただきます。
お遍路お疲れ様でした。
恩山寺、立江寺、鶴林寺、太龍寺、平等寺、薬王寺の名前が とても懐かしく思い出されます。
いよいよ高知ですね。
3月には、私達も、愛媛の宇和島から
始まります。
お互いに、元気で 歩けると良いですね。
コメントをありがとうございました。
ほんとうに、四国の清々しい空気と人の優しさにふれた歩き遍路でした。山茶花さんにお泊りになったんですね。客が少ないのに広いお風呂にたっぷりのお湯。温かいおふとん。お母さんの心配りを思いました。
次回から結構長い道のりが待っています。さくら亭和楽さんのブログを参考にさせてください。
コメントをありがとうございました。
今回のルートは山あり海あり。変化に富んだ楽しいものでした。へんろころがしも、慣れて来たのか焼山寺ほど厳しくはありませんでした。と言っても、太龍寺は遍路道を断念しましたから、いつかまた歩いて登りたいと思っています。
3月、室戸界隈をうろうろしている頃、つわぶきさんは愛媛ですか。お気をつけておでかけください。
永平寺とか総持寺、青森県のぼうだい寺などの記事がありましたら教えてください。
わたくしのブログのコメント欄に添付して下されば、コメントする者がリンクしていけますし、私も簡単にリンクできるから助かります。
http://blog.goo.ne.jp/hasunohana1966
ご無沙汰をしております。遠くアメリカからのコメント、ありがとうございました。
この拙いブログをご覧いただき恐縮です。こちらこそ、心理学に基づいた坐禅の研究をすすめていらっしゃる桂蓮さんのブログに学ばせていただくこと大です。
永平寺、總持寺、菩提寺とも、私は未だ参拝しておりません。なので、すぐにご要望にお応えすることはできませんが、心しておきます。何かご参考になりそうな情報があれば、お知らせします。
ちなみに明日、永平寺のある福井を通過して、富山県の宇奈月温泉にでかけます。今夜からお天気が荒れ模様、大雪になるようですから無事に行けるかどうか.......。
永平寺にはここに移住する前に行きたかったのでしたが、忙しくなって行けなかったです。
総持寺には一度、菩提寺には去年行ってみました。
いつか取り上げてくださることを楽しみにしてお待ちしております。
大雪にはお気をつけていってらっしゃいませ。
今の時期は歩きの方は少ないのです
3年前に2週間で車で88か所と高野山を回りました
西国33か所は2年前に済ませています
もう少しゆっくりと四国はもう一度お参りしたいと思っています
徳島で育ち結婚して東海地方に住んでいます
思い出しながらブログを読ませていただきました
コメントをありがとうございました。
そうですね。いまの時期は少なそうですが、春になると、宿をとるのもひと苦労とか。早めに企画したいと思います。現在、海辺を歩く土佐の国のつなぎ遍路を思案中です。
徳島のご出身とか。良いところですね。人の心の温かさを思いました。
今日は、お正月にドタバタした家内の慰労を兼ねて、宇奈月温泉に滞在中。感謝、感謝です(笑)。