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つまらないことで停学になった。
ソバ停、正式には「喫煙同席規定による停学」というんだけどね。
夕方に連休をどう過ごすか、仲間五人、A川の河川敷で話していた。
ちなみに、全員帰宅後の私服だった。あたしは制服でタバコを喫う奴は軽蔑する。
なぜって?
当たり前じゃん。
制服着てると「誰それが喫ってた」ではなく「○○高校の生徒が喫っていた」と認識される。
だから、あたしは「学校の代紋しょってる時に喫う奴は許さない!」と、いつも言っている。
去年、健太はあたしの仁義を知らないで制服のまま喫った。で、往復びんたに蹴りを入れて、体で分からせるとともに、我が校の名誉を守った。
が、今度は事情が違う。
放課後の上、全員が私服。場所も学校から二キロは離れていた。つまり仁義は通した。
健太が我慢しきれずに喫った。風下に立つことを条件に黙認した。
一瞬堤防の上で谷垣の体が動いた「お嬢の前でタバコを喫う奴は……!」という顔をしている。一見ボンヤリ散歩しているアンちゃんに見えるが、お父さんが、あたしに付けたボディーガード。
ちなみに、あたしんちは『S沢商事』。業界では『S沢組』という昔の看板の方が通りがいい。一口で言えばヤクザなんだけど、学校では、誰にも知られないようにしている。
で、そこに生活指導の沖本が自転車で通りかかり、御用になった。むろん谷垣には「手を出すな」と目配せしておいた。
「あたしたち、学校に迷惑かけたわけじゃありません。先生の方が『そこの目高高校の生徒!』なんて叫ぶから、河原にいる人たちみんなに知られてしまいました。もう少し大人の対応していただけませんか」
「四の五の言うな!」
で、ソバ停三日をくらった。お父さんは堅気面して申し渡しに来た。お父さんなりのけじめのつけ方。
「学校の看板に泥を塗るんじゃない。ちゃんとスジを通せ!」
パシーーン!
お父さんは、高らかにビンタを食らわせた。
あたしは校長室の端まで吹っ飛んだ(これは一種の受け身で、この方が怪我をしない。で、ちゃんとソファーにひっくり返った)程よく唇の端が切れ、スカートがめくれ、停学の覚悟を示す白パンがチラ見えになるようにした。
校長室のみんなはビビった。
停学と言っても、学校には行く。登校指導ということで、自宅でサボらないようにしてある。
当たり前なら、この三日の停学で全てが終わるはずだった。
三日目に出された停学課題でのっぴきならない問題になった。
――日本国憲法前文を十回書きなさい――
ルーチンワークのつもりで出されたものなのだけど、あたしたち、少なくともあたしには鬼門筋の課題だった。
「……日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」
あたしは、まず音読してみた。そして監督の沖本に質問した。
「先生、これ、日本語として間違えてます。このままじゃ書けません」
「どこが間違えてるんだ。憲法に間違いなんかあるわけないだろ」
「『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』おかしいです。信義にの『に』です。助詞としては『を』でないと日本語になりません」
「なに……」
「それから三行下の『われらは、いづれの国家も……』のところ、途中で主語が『われら』から『国家』に代わっています。確かによく読めば、その下の行に『信ずる』とあって、意味としては通じるんですけど、いかにもヘタクソな英文和訳みたいで、こんな訳し方したら、英語じゃ減点されますよ。『我らは以下のように信ずる』とくくってから、本文に入るべきです。他にも……」
「つべこべ言わずにやれ!」
「こんな文法間違ってるの、そのままにはできません。父にも言われました『スジを通せ!』って。こんなスジが曲がったまま、形だけ書き写しても意味ない!」
「な、なにを!」
ということで、問題になった。
沖本もあたしも譲らないので、とうとう裁判になってしまった。もう停学の是非についてなんかじゃない。日本国憲法の正当性を争う裁判になり、今は高等裁判所で控訴審。
あたしたちは停学が明けないまま卒業した。
何年かかっても、あたしはスジを通すつもり。停学にも、停学課題にもね……。