『その他の空港・2』
飛行場の周囲は不規則に変わった。令和三年と昭和二十年と……。
「空港長、衛星受信も、各無線も、とぎれとぎれにしか使えません。こちらの問いかけには反応がありません」
管制塔が泣き言を言ってきた。
とりあえず、鍾馗の旧陸軍飛行隊の九人は会議室に集められた。
陸軍側の要望で、窓側のカーテンは閉められている。
陸上自衛隊Y駐屯地、大阪府警察航空隊、大阪市消防局航空隊、国交省地方整備局の人間も集まり始めた。一時間ほど、互いの状況についての論議があった。
「……分かった。どうやら、七十六年後のY空港と、わが飛行第246戦隊・第246飛行場大隊とが時間を超えてダブってしまったようだな」
現代人である空港長たちより、旧陸軍の軍人達の方が飲み込みが早かった。
「しかし、いま少し事態を見守ってみては……」
次長の片倉が取りなした。
「そう言ってるうちに、この戦争は始まったんだ。七十六年たっても変わらんようだな」
「空港長、近畿テレビの日比野さんとは、スマホが繋がりました。こちらは途切れません」
「ええんかね、人のスマホを?」
「非常時です。日比野さん、Y空港見えてる? あ、ちらちらと……」
「急いで、こっち来るように言うてくれるか」
「はい、日比野さん……」
空が光ったかと思うと、少し遅れて雷鳴が轟いた。
「空港長、整備兵たちが動き始めた」
滑走路は、九機の鍾馗に整備兵たちがとりつき、整備や弾薬、燃料の補給に余念がなかった。
どうやら、空港の中でも時空的な混乱が起き始めている。
「蟹江さん、あんたらの戦争は負けまんねんで」
「そんなことは、分かっている。ただ、そこに敵がいて攻めてくる。で、迎撃命令が出ている、だから、我々は出撃する。それ以上の理由はない。そこの軍人のような人なら分かるだろう」
自衛隊員は、黙って頷いた。
「そこの消防隊の人。燃え尽きる火事と分かったら、消火活動は止めるかね……それと同じだ、おれ達は」
「空港長、紀伊水道を百機余りの大型機の編隊が向かっていると、管制塔が言っています」
「和歌山から、B29の大編隊が北上してくるのが視認されたそうです」
「いまの時代でか!?」
「ええ、でも、レーダーには映らないそうで、自衛隊も米軍も手をこまねいているようです」
「アホな、こっちゃのレーダーには映っとるで!」
「では、自分たちはこれで出撃します。総員搭乗、かかれ!」
蟹江隊長の一言で、八人の搭乗員は、滑走路の自分の機体を目指して、飛び出していった。
「蟹江さん!」
「目の前のことをやるだけです。ご覧なさい、鍾馗を。爆撃機のエンジンをむりやり戦闘機にくっつけた、あつかいにくいシロモンです。目の前に敵がいるから急ごしらえした機体です。では、行きます」
蟹江は、窓を開けて飛び出していった。
その夜、大阪湾上空で、大空中戦が行われた。
その様子は、役立たずの大阪府の先島庁舎から一番よく見えた。
B29が六機落とされ、三機が引き返した。鍾馗は全弾撃ちつくし、一機がB29に体当たりして自爆した。先頭の隊長機らしき鍾馗が、それに続く編隊に立ちふさがるようにして飛んだ。そして、滋賀県の八日市飛行場を目指して、飛び去った。
B29は、九十機に減ったが、大阪の街に爆弾の雨を降らせた。市内各所で爆発は見られたが、映像としてだけであり、実害は、驚いた自動車が十数台物損事故を起こしただけであった。
――夏の夜空に繰り広げられた、謎の空中3Dショー!――
それが、新聞の見出しであった。
ただ、空港法で「その他の空港」に類別されるY空港の人たちだけが現実感をもって記憶した。