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この角曲がったら
君がいるとは思わなかった。
君は一瞬ポカンとした顔になって、次の瞬間「待て!」と叫んで追いかけてきた。
あの時は逆だった。
あの角曲がったら、君がいるような予感がした。
恋する気持ちに男も女も無い。80%のドキドキと、10%の希望と、10%の絶望の予感。
いや、逆だ。10%の希望と絶望の予感があるから、ドキドキするんだ。
あの時の君は、まるで幼稚園の子が鬼ごっこで、思わず鬼と出くわしたみたいな顔になって逃げだした。
僕には、そんなつもりは無かった。
あの顔を見て、とっさにコクるほど度胸も無ければ、可能性もあるとは思わなかった。
「待って、待ってよ、沢村さん!」
そう叫びながら、僕は追いかけた。
なぜって、僕の手には、君のスマホがあったから。
そうなんだ、あのスマホは、君が僕を見た瞬間、思わず落っことしたものだから。返してあげなきゃと思ったんだ。
三つ角を曲がったところまでは君の姿は見えていたけど、四つ目で君の姿は見えなくなった。
途方に暮れて、四つ辻で見渡していたら、小学生の女の子の二人連れが通りかかった。
「A高校のオネエチャン、見かけなかった?」
そう聞くと、二人の女の子は「あっち」と指差した。
でも、二人は、とっさに逆のことを教えたんだ。行った先には人っ子一人いなかった。
「停学三日を言い渡す」
生活指導部長が、そう言った時、君は付け加えた。
「もう、わたしの傍には近づかないって約束させてください。そうでないと、わたし警察に言います。ストーカーだって」
あの一言はショック……その前からショックだった。拾ったスマホには、校内一のイケメン支倉のメールが入っていて、君の返信が途中まで入っていた。電源入ったままだったから、僕は思わず読んでしまった……いや、目に飛び込んできた。たった六文字の二つの言葉。
――君が好きだよ――
――私も愛してる――
でも、今は真逆のリフレイン。
君は外事課の刑事として、僕を追いかけている。
僕には、そんなつもりは無かった。知りもしなかった。
上司の勧めで入った外国語学校のあの人がC国のスパイだったなんて!
僕は、大したことは教えていない。たとえ相手が日本人であろうが、国防上教えちゃいけないことぐらいは分かっている。
たった一つの間違いは、あの人に上司を紹介したことだった。
上司は、国防上の機密をずいぶん、あの人に喋ってしまった。
あの人は、僕から聞いたと情報を流し、外交官特権で、昨日本国に帰ってしまった。
上司は、まだ使えると踏まれている。だから、僕に押し付けられた。
三つめの角まで、君は追いかけてきた。
三叉路に立ったとき、通りすがりの女子高生が、心なし、あのころの君に似た女子高生が、こう言った。
「逃げるんだったら、あっちの道!」
君に似た面影に、ボクの判断力は鈍っていた。
その通り逃げたら、目の前に巨大なダンプカー。僕が、この世で見た最後の物体。
ああ、絶望的リフレイン……!