大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『タータンチェック・3』

2021-07-03 06:07:47 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『タータンチェック・3』 

 




 職員朝礼で、イレギュラーな連絡があった。

 五時間目から放課後にかけてテレビの取材が来るのだ。

 関東テレビのローカルバラエティーの『学校訪問』というコーナーで、芸能人がクルーを引き連れてやってくると言うのだ。

 職員一同、急にソワソワし始めた。そりゃそうだろ、わりと規律の厳しい学校(文化祭は例外)なので、先生達も、わりに身なりはきちんとしている。しかしテレビに写るとなると、話は別で、ロッカーから上着や、スカーフなどを引っぱり出したり、メイクをそこはかとなくやり直したり。お互いチェックしあったり。

「先生は、そのままでいてくださいね」

 生徒の中で、今日の取材を知っているのはごく僅かで、そのごく僅かの代表の生徒会長の竹下君が、一限の前に念を押しに来た。

 あたしは、さほど興味が無かったので「うん、分かった」と軽く返事をした。

 竹下君とは、文化祭の緊急ジャンケン大会以来、仲のいい生徒で、廊下で会っても、軽く立ち話をするようになった。

 文化祭の明くる日には、放送部を連れて取材にも来た。子どもの頃の話や、趣味、行きつけのお店、学生時代や、ここに講師に来るまでの話など、竹下君は上手く雰囲気を盛り上げて話を引き出す。事務職の補助で来て、講師になったところなど、生徒には受けたようだ。

「タータン先生って、熱中すると腕組んで小首を傾げるんですね」

「あ、机があったら頬杖になるんだけどね」

「そうそう、テスト監督のときなんかやってますよね」

 などと、自覚はあるけど、ささやかなクセなどよく見ている。

 あたしは、過去の一部分にだけは触れられないように、年齢は不詳、結婚はしたことがない。と、通した。

 昼休み、お弁当を食べていると、竹下君を先頭に生徒会の面々がやってきた。

「タータン先生、これ、受け取ってください!」

 と、ショップバッグを渡された。見ると新宿の高級ブティックのそれであった。

「あ、こんな高級なものもらえないわよ」

「ま、開けてみてください」

 生徒会のご一統がクスクス笑う。

「もう、びっくり箱じゃないでしょうね?」
 
 開けてみると、文化祭で、あたしが着た女生徒の制服一式が入っていた。

「え、また、これ着ろって!?」

 テレビの収録で、取材クルーがタレントを連れてやってくるので、またアレをやろうと言うのだ。

 ためらっていると、職員室の先生達からも拍手され、やらざるを得なかった。

「来るタレントさんて、だーれ?」

「内緒ですけど、AKRのヤエちゃんと、セリカちゃんです」

 あたしでも、名前は知っているけど、顔が思い浮かばないという程度の二線級のアイドルだった。

「さあ、この中に先生が一人混じっています。ヤエちゃん、セリカちゃん、それぞれお手つき三回までで当ててください!」

 MCのコメディアンが言った。

「え、いつもお手つき二回なのに、大盤振る舞いですね!?」

 声を聞いてやっと分かった、ヤエという子が言った。

「ま、その分、今日はむつかしくて。外すと罰ゲームが楽しく待ってますよ」

「ま、軽いですよ。わたしたち十代だから、同年代の匂いは分かっちゃうもんね」

 生徒の数は36人、お手つき三回を二人分で六回。確率1/6と軽く見てアイドル二人は、取りかかった。

 そして、全部外してしまった。

「やだ、分かんない。どう見てもみんな高校生だよ」

「では、恒例の罰ゲーム」

「え、何? 前みたいに目隠しして蛇触んのなんかヤだよ」

「そんなんじゃないの。そこのドアを開けて、あとの進行は二人がやるって、それだけ!」

「わ、やった。尺もらえる」

「それでは、AKRのヤエちゃんセリカちゃん、罰ゲームどうぞ!」

 あたしは、年甲斐もなくワクワクして、頬杖をついて小首を傾げていた。

 アイドル二人がドアを開けて、入って来た人を見て、あたしは心臓が止まりかけた。

「それでは、特別ゲストの神辺祐介さん!」

 ヤエちゃんもタマゲタ様子でカンペを見ながら、たどたどしく進行を始めた。

「このクラスの女生徒二十人の中から、一番好みの子を選んでください」

「タータンチェック!」

 と、カンペ通りに、言い慣れないかけ声をかけた。

「タータンチェックの制服って、めずらしいよね。かっこよくて、オレ好きだよ」

「だから、そのタータンチェックの彼女たちの中から、意中の子を選んでください!」

「オレ、もう33だけど、いいのかな」

「いいんです」

「どうぞどうぞ!」

 あたしは、突然のことに俯くこともできなかった。

 そして、神辺は、列を一巡したあと「あ!?」という顔をして、あたしに気づいた。

「タータン……」

 あたしは、言葉もなかった。

「タータン……いや、妙子。お願い、オレのところに戻ってきてくれ」

 神辺が深々と頭を下げた。関西お笑い界の中で、飛ぶ鳥を落とす勢いの神辺祐介……あたしの元ダンナが頭を下げた。

 竹下君をはじめ、生徒達は、あたしのことをネットで探りまくり、一度もマスコミの前に顔を出したことのないあたしと、二人の別れた理由、そして祐介自身が別れたことに非常に後悔していることを探り当て、テレビ局と仕組んでやったことが、ディレクターから説明された。

「じゃ、神辺さん、これ……」

 ヤエちゃんが、なにか書類を渡した。

「こ、これは早いよ……」

 遠目にも、それが何か分かった。

「祐介、あなたから書きなよ。この前は、あたしから書いて失敗したんだから」

 母校は、名前が変わっても、暖かかった。

 タータンチェック 完


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