コッペリア・42
「火偏に門構えの中に月だよ」
「いや、門構えの中は日だ!」
兄妹二人、テレビのクイズ番組を見ながらもめている。
はた目には、長閑な兄妹の日常に見えるだろうし、当の本人たちも、その気でいる。
しかし、この兄妹の会話は、どこか必死なところがある。
「ほら、やっぱし、オカンはお燗、門構えの中は月だったでしょうが!」
MCの正解に妹は勝ち誇ったように鼻を高くした。
「オ、オレは美術の講師だからな。漢字なんか分からなくってもいいんだ(^_^;)」
颯太は鷹揚にアニキらしく開き直った。
「はいはい、負けた方がアイスコーヒー入れましょう」
「やれやれ、エラソーな妹もったもんだ……あ、アイスコーヒー切れてるぞ」
「あ、今朝飲んだんだ。あたしコンビニまで行ってくる」
「いいよ、オレが行く。栞は漢字はともかく、コーヒー牛乳とアイスコーヒーの区別もつかないんだからな」
「じゃ、行って来てよ。バイトのオネーサンと話し込むんじゃないわよ」
互いに、なにか一言言ってリードしておかなければ収まりがつかない……でも、やっと兄妹らしくなってきた。
颯太から見れば、栞は、あいかわらず『アナ雪』のアナのように人形じみてしか見えない。でもドアを閉めてコンビニへ向かうと、自分の部屋の灯りが、なんだか愛おしい。
あくる日、栞は学校で話をつけようとしたが、青木穂乃果は栞を自分の家に招いた。
穂乃花には腰を落ち着けて話そうという意気込みが感じられる。咲月もついてきたがったが、AKPのレッスンがあるので諦めた。
「青木さんの主張は正しいけど、現実的じゃないわ。この上クラスを元に戻したら、混乱じゃすまない」
「鈴木(栞の名目の苗字)さんは融和的すぎる。確かに元のクラスに戻したら混乱は起きるわ。でも、それって先生たち……はっきり言ってしまえば、その上の組合の問題。民主集中制なんて前世期のドグマで教育を権力闘争の具にすることは許されない。学校を本当に変えようと思うなら、今が勝負よ。今勝負しとかなきゃ、神楽坂の沈滞した融和主義はうちやぶれないわよ」
どうも、穂乃果のいうことは高校生離れしている。まるで活動家の演説だ。
「お家にまで呼んでもらって、なんだけど、青木さんの……」
「穂乃果でいい。あたしも栞って呼ぶから」
「穂乃果さんの思いは、胸に秘めていればいいと思うの。新学年は、まだ始まったばかり。仕切りなおして解決しなきゃならない問題は、これからいくらも出てくるわ」
「それは……」
そのときノックがして、きれいな女の人が入ってきた。
「どうも、穂乃果の姉の穂奈美です。ごゆっくりね」
それだけ言うと、姉の穂奈美は出て行った。それまで頑なではあったが、理路整然としていた穂乃果の話は脈絡がなくなってきた。なんだかわけのわからない世間話をして、栞は穂乃果の家を後にした。
気になって振り返ると、来た時には気づかなかった看板が目に入った。
都議会議員青木修三事務所と読めた……。