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「制度が悪いのよ」
カッパこと共産民生(ともうぶたみお)は他人事のように言ってのけた。
「だって、もう連盟加盟の申請は終わってしまってるんですよ!」
珍しく大人しい兼業部員の朱里が色をなした。
「制度が悪いなんて五文字の熟語じゃ納得できません。説明してください」
志保里は冷静に質問した。
「問題は二つ。第一に加盟費を同時に入金しなきゃ加盟を認めないという連盟の姿勢。第二は、振込の領収書が無ければ、加盟費の出費を認めないという美荘所(びしょうじょ)生徒会の会計の仕組み」
「そんなの昔からです。だから、前野先生は自腹で払ってくださって、あとで会計に清算してもらっていました」
「公私の区別を曖昧にしたダメなやり方ね。あたしは、そういうことはやらないの」
「そ、そういうのって、官僚的教条主義って、言うんですよね」
「矛盾や不合理は正さなきゃいけないわ。学校のためにも、あなたたちのためにも。ま、連盟に加盟しなくてもクラブが潰れるわけじゃないでしょ」
カッパは、これでおしまいというふうにパッツンボブの頭を旋回させて机に向かった。
「僭越ですが、先生のお考えは予想がついていましたので、あたしが加盟費を肩代わりして入金しておきました。もう 美荘所の加盟は済んでます」
「ちょっと待ってよ。加盟費の納入は学校名と顧問名でやらなきゃならないはずよ。あなた、あたしの名前を騙ったのね!?」
どこまでも屁理屈を通すカッパは、志保里が自分の名前を騙ったことを問題にして、加盟費の返還を連盟に求めた。
「そこまでやるか……」
朱里が諦め声で呟いた。連盟は一度納入された加盟費を返さなかった。これに対し、カッパは連盟からの脱退を一方的にやった。
「あくまで、社会正義を通すため。悪く思わないでね」
カッパは、ほくそ笑みつつ言い放った。
「共産先生は、演劇部を潰して、もう一つ顧問をしておられる文芸部に専念されたいんですね」
「誤解しないで、あたしは学校と連盟の決まり通りやったの。で、矛盾があったから入金しなかった、それを、あなたがあたしの名前を詐称して入金した。これは、法的にも違法です。反省しなさい!」
「しません」
「なんですって!」
「しませんが、演劇部はたたみます。そして、あたしは文芸部に入ります」
「え、ええ!?」
朱里とカッパが同時に驚いた。
かくて美荘所高校の演劇部は潰れ、文芸部の部員が一人増えた。
「先生、与謝野晶子をやってみたいんですけど。とっかかりに『君死にたまふことなかれ』からかかってみたいと思います」
「評論ね、いいわ、書けたら、あたしに見せて」
志保里は、教科書通りの反戦詩人としての与謝野晶子と弟のことを克明に調べ、カッパに提出した。
「素晴らしいわ、うん、よくできている。このままクラブのブログに載せて!」
志保里の評論は、一部の教師から絶賛され、党の青年部のブログにも紹介され、カッパは鼻高々だった。
志保里は、予定通り与謝野晶子を掘り下げた。タイトルは『与謝野晶子のみだれ髪を整える』というものであった。のっけに、こんな詩から始まる。
我等は陛下の赤子、
唯だ陛下の尊を知り、
唯だ陛下の徳を学び、
唯だ陛下の御心に集まる。
陛下は地上の太陽、
唯だ光もて被ひ給ふ、
唯だ育み給ふ、
唯だ我等と共に笑み給ふ。
他にも与謝野晶子の詩には、天皇や日中戦争を賛美した詩が多くある。その変節振りは教科書には書いていない。カッパは、まさかそんなことを書くとは思っていなかったので、志保里の好きなようにブログに書かせていた。
志保里は、いろんなところから、いろんな意味で注目された。
「次回は、与謝野晶子とバナナの関係について書きたいと思います」
カッパは、拝み倒して志保里に文芸部を辞めてもらった。
あくる年、志保里は準備万端、半年がかりで顧問を探し演劇部を復活させた。意気揚々と新顧問に連盟加盟を確認した。新顧問は、こう言った。
「すまん、今年度になって、高校演劇連盟は加盟校の想定外の減少で解散してしまった!」
世の中は志保里の予想を超えて変化しつつあった……。