ライトノベルベスト・エタニティー症候群・4
[麗の前哨戦]
※ エタニティー症候群:肉体は滅んでも、ごくまれに脳神経活動だけが残り、様々な姿に実体化して生き続けること。その実体は超常的な力を持つが、歳をとることができないため、おおよそ十年で全ての人間関係を捨て別人として生きていかなければならない。この症候群の歳古びた者を、人は時に「神」と呼ぶ。
『すみれの花さくころ』の稽古は楽しかった。
正確には演技することが楽しかった。麗は、自分でもこの頃、自分自身が変わってきたように感じていた。人ともよく喋るし、部活もするようになった。流行のアイドルの歌などにも関心を持つようになった。
でも、麗は思った。本当の自分は別のところにある。あるんだけど思い出せない……で、思い出さない方が幸せなのかもしれないと。
「文化祭で、この芝居は無理よ」
麗は、三人の部員にズカッと言った。部長の宮里が不服そうに言う。
「だって、演劇部が文化祭で芝居やらなきゃ、存在意味がないじゃん」
「固定概念に囚われちゃいけないと思うの。芝居って、せんじ詰めれば自分以外の何者かにメタモルフォーゼ……あ、変身て意味。変身してエモーション……情念とか感動を観客と共有することだと思うの」
「……かな」
「だったら、歌っても踊っても同じことだと思う。文化祭って、いくつも模擬店とか出し物とかのイベントがあるじゃない。そんな中で50分も観客縛りつけておくのは無理だし、演劇部が、ますますオタクの部活だと思われてしまうんじゃない?」
「うん、立花さんの言うことにも一理あるよな」
副部長(と言ってもたった二人の正規部員だけど)の山崎が応じる。
「それにさ、美奈穂さんがギター上手いのに、挿入曲の伴奏だけじゃもったいないわよ」
「あ、あたしは単なる助っ人だから」
「使えるものは先輩でも猫の手でも使います!」
で、麗の勢いで決まってしまった。AKBのメドレーをやって、ラストに『すみれの花さくころ』のテーマ曲『お別れだけどさよならじゃない』で締めくくって、コンクールの観客動員にも結び付ける。
「でも、人数しょぼくない?」「衣装とかは?」宮里の疑問ももっともだ。でも、麗の答えは「任せてちょうだい」だった。
人数は、もう一つの部活の茶道部に頼んだ。
「お茶には、わびさびの他にハレの感覚も必要だと思うの。お茶の家元さんなんか意外に若いころはロックとかやってたりするのよ。例えば……」
これで、茶道部16人をその気にさせた。
衣装はネットで当たってみた。過去にAKBのレパをやった大学のサークルやグループを探しては問い合わせてみた。三件目でヒットした。
3年前の学園祭でAKBのヘビロテをやった大学のサークルが衣装をそのまま残していたのだ。ちょっと一昔っぽいけど、一番AKBっぽい。
レパは4つ。『会いたかった』『ヘビロテ』『フォーチュンクッキー』そして『お別れだけどさよならじゃない』
麗は、一晩でAKBの三曲のカンコピをやった。あたまに「率先垂範」というむつかしい4文字が浮かんだ。
練習場は近所のダンス教室のスタジオを格安で借りた。借り賃は顧問を拝み倒し、また稽古風景をメイキングにしてYouTubeで流し、ダンス教室のPRもすることで折り合いがついた。
「やっぱ、ナリからだね!」
みんなAKBもどきのコスを着てダンス教室の鏡の前に立つと、俄然テンションが上がってきた。その様子を山崎クンに撮らせてYouTubeに流した。AKB、女子高生、文化祭、本番までのメイキングというタグ付けで、初日のアクセスが300件を超えた。
麗の前哨戦が始まった……。
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