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あれ……と思った、母校の青山学院から、渋谷に向かおうとして。
一見ゴスロリなんだけど、なんとなくの違和感。美和子は、視界の端にとらえてやり過ごそうとした。
「あ、青山先生!」
「あ……………優香?」
「うん、ユウカだよ!」
違和感は二種類であることが分かった。
ゴスロリなのに、上が着物のような黒い打ち合わせになっており、真っ赤な帯風の、リボン付きのベルト、下は、色も質感も揃えた五段ほどのヒラヒラ付きのスカートに赤いペチコートを覗かせている。そして、なによりも足許がスニーカーなのだ。この妙な格好が違和感、その一。
美和子は、生徒がオフのとき、ゴスロリを着ていても、年輩の先生のように叱ったりはしない。この年齢でなければできないファッションというものがあるのだ。下校時に制服を着替えてというのは困るが、休日や、帰宅したあとの生徒達は自由であるべきだと思っている。
しかし、ゴスロリならゴスロリに徹して欲しい。こういうバラバラには違和感を覚える。
第二の違和感は、長欠で、留年=退学がほぼほぼ確定している矢崎優香が、ニコニコと、この違和感だらけのかっこうで声をかけてきたことである。今の自分の状況を考えれば、こんな違和感たっぷりなニコニコ顔でいられるわけがない。
「斬新なファッションね、優香」
「へへ、好きなものと、機能的なもの合わせたら、こんなのになっちゃった。気分はアゲアゲ!」
優香は、演劇部でも目立たない子だった。自己解放の練習で、舞台の上で、他の子と絡ませたことがある。
最初は、ぎこちなくとも、相手を観察し、いろいろ聞いているうちに、うち解ける瞬間というものがある。
青山で、演劇をやっていた美和子は、そうやって、うち解ける瞬間、つまり、自分の感情が解放された瞬間を指摘してやることで、演劇において、いかに自分をリラックスさせるか、感情を解放するかを教えてきた。
しかし、この優香だけは、最後まで、それが出来ず、クラブも間遠になってしまい、そのうち学校にも来なくなった。
クラブの歓迎会でも、優香には気を遣い、飲み物が配られたとき、優香のコーラが抜けていたので、こう言った。
「乾杯するの待って、矢崎さんのコーラがまだだから」
副顧問の井上先生から「よく覚えていたわね」と誉められるくらい気をかけていた。
二三度、担任とも相談したが、ほぼ留年が確定してからは意識の外の子だった。二度ほどメールしたが、返事はなかった。今の世の中、目上から二回メールをもらって、返事をよこさないのは絶縁したに等しい。
その子が、なんで、こんなに自由そうにニコニコと……美和子は不快感を得意の笑顔でやっと隠した。
優香は、思った。なんで、この不自然さを感じてくれないんだろ。こんなオモチャ箱みたいなゴスロリ良いわけないじゃん。これは、あたしのバラバラと絶望の表現なんだ。先生が教えてくれた自己解放をやったら、こうなっちゃったんだよ。
優香は、演劇部に入って三日で失望していた。
新入生が、8人入ったので歓迎会があった。お菓子やソフトドリンクが回された。先輩の加藤さんがみんなの注文を聞いて、飲み物を用意した。でも、コーラが一つ足りなかった。コーラを注文したのは、美和子先生と優香だけだった。どうして、それが、こうなる?
「乾杯するの待って、矢崎さんのコーラがまだだから」
みんなは、美和子先生の優しさに感心したが、優香は傷ついた。コーラのカップに名前が書いてある分けじゃない。現実は「コーラが一つ足りない」であるはずなのだ。だけど美和子先生は、足りないのは優香の分だと決めつけていた。そのことに誰も気づかない。
どうしてメールだったの? せめて手紙だったら、ううん、せめて電話だったら。あたしは返事ができた。と、優香は思った。
それになにより、あたしが、なんで渋谷から青山の方に歩いているか。美和子先生は、土曜の午後は、後輩の指導に、渋谷から青山まで歩いていくって、歓迎会で言っていたじゃない。
それに、それに……美和子先生は、田中っていうんだ。青山出身だから、あたしは青山先生って呼んだんだよ。
でも、もういい。あたしはゴスロリスニーカーなんだ。
そう思って、優香は永遠に美和子先生には会わなかった。