ライトノベルベスト
―― 新しいラブドールを買った、見に来いよ ――
そのメールを読んで、さすがのあたしも腰が引けてしまった。
来栖さんは、職場の上司としても、男としてもクールってか、イケてるってか、尊敬さえしている。
今の会社に入社したときに、大阪支社から主任として転勤してきた人で、酒癖が少し悪いということ、シャレが大阪風でノリにくいことを除いて申し分ない。
仕事の上で男女の区別はしない。
自分が課長に昇進した時の後任に年上の男の先輩を差し置いてあたしを推薦してくれたことでも分かる。
仕事一途のように見えて情にも厚い。
Sという、どうしようもなく仕事のできない先輩がいて、自他ともに整理解雇対象であることを当然だと思っていた。
ところが、来栖さんは会社と掛け合って、総務資料課という閑職ではあるが会社に残れるようにしてくれた。
Sさんは、窓際の仕事であるにもかかわらず、嬉々として仕事に励んだ。
昔と違って、会社の資料はデジタル化され、社内の誰でも自分で検索し、活用ができるようになっている。
ただ広告代理店という仕事柄、どうしてもコンピューターの無機質な資料には収まり切れないものがある。
広告ポップの現物や、取引相手の担当者の個性や嗜好や弱みなどは、当時の担当者のアナログな資料を見なければ分からないものがある。
Sさんは、そういうものを取引相手別、年代別に閲覧できるように整理してくれた。おかげでアイデアに行き詰った時などは、直で資料室に乗り込むと、狙っていた通りの資料を出してくれる。先日も新しい広告のポップに困って資料室を訪ねると、大きな見本を見せてくれた。
前世期の70年代に流行った等身大のアイドルのポップだ。
とうにパソコンで、その存在を知っていたが、現物を見ると新鮮だった。ただのボール紙のプリントだと思っていたら、なんと薄いプラスチック製で、ちゃんと体や顔に稚拙ではあるが凹凸がある。今は、こんなことをしなくてもデジタルでいくらも完璧な3Dのポップができるが、かかる経費の割にはありふれたものになっている。
「このアナログな立体感はイケる!」
狙い通り、そのポップは当たった。
印刷技術は、前世紀とは比較にならないほど進んでいる。それにちょっとした凹凸をつけるだけで、デジタルには無い存在感と温もりがあった。モデルには日本有数のアイドルグループの二線級の子たちを使った。ギャラが安くて済むし、彼女たちのPRにもなる。
化粧品会社のポップだったけど、このポップを置いた店には男性客も増えた。中には夜間など店頭にオキッパにしているものが取られることもあった。二か月後にはポップ自体を景品に。
すると、これにプレミアが付くようになり、あたしの会社では、急きょ、これを商品として売り出すことにした。
来栖さんが注文をつけた。
「実物大だと持ち運びに大変だし、家族のいる男にはラブドールのように思われる。数を稼ぐためにも、ここはフィギュアのスタンダードの1/6とか1/8にしよう」
税込み981円のポップ……というよりも簡易フィギュアは飛ぶように売れ、会社の今年度の前期売上を20%も伸ばした。
昨日、その数字の発表があって、渋谷で大いに盛り上がった。Sさんも会社から、特別功労賞が出て面目躍如。推薦者は来栖さんだった。宴会中の落花狼藉は覚悟もしていたし、意外に来栖さんとしては大人しかったので安心した。そこへ、このメールだ。
まあ、四十男の生態を観ておくのも勉強と、コンビニの特別お結び(なぜか、来栖さんの好物)をぶら下げて、新しいラブドールを拝見に向かった……。