ライトノベルベスト
母方の曽祖父はゼロ戦に乗っていた。
開戦以来のベテランで、終戦間際は教官や特攻機の直援をやっていたらしいが、終戦の5日前の出撃で、特攻機を迎え撃ってきたグラマン多数を相手にし、最後は弾が尽きて、機体ごと特攻機の弾除けになって戦死している。
相当な操縦技術で、弾除けになったときも、機体を左右に振って、全体で弾を受け致命傷にはなっていなかった。ただ、そのまま九州沖の海に不時着水して海の藻屑になるのを嫌い、自分をハチの巣にしたグラマンに体当たりして散っていったらしい。『永遠のゼロ』の主人公とは違って、気の短い……いや、真珠湾から終戦間際まで生き残ったんだから冷静なパイロットだったんだろう。
まあ、曽祖父と言えば、写真でしか知らないご先祖さまみたいなもの。今まで意識したことは無かった。
だけど、昨日の夜は、ちょっとだけ曽祖父の気持ちが分かった。
「零式戦闘機操縦教程」の付録のDVDは、ほとんどゼロ戦操縦のシミュレーターで、最後の方は特攻機の直援も入っている。零戦の搭載機銃である20ミリは、両翼に60発ずつしか搭載できない。五六機を相手にしたら撃ち尽くしてしまう。あと、7・7ミリ機銃があるが、これは頑丈なグラマンF6Fには歯が立たない。
カモ同然に撃ち落されていく特攻機を見ていると、弾除けになってやろうという気になる。そうやって、午前二時ごろには撃墜されてゲームオーバーになってしまった。
その夜、夢を見た。
鹿屋の基地から特攻機の直援機として出撃する。30機の特攻機に対して直援は、わずか6機の二個小隊。オレはペーペーの3番機。小隊長は、門野純輔飛曹長……オレのひい爺さんだ。
沖縄から100カイリのところで敵編隊の出迎えを受けた。敵は優に60機はいる。
発見は敵よりも、我々の方が早かった。それが、わずかに有利になった。
門野純輔飛曹長の指示で特攻機に紛れ込む。上空から攻撃を仕掛けてくる敵には爆弾が見えないので、混ざってしまえば特攻機と区別がつかない。
射程距離まで詰めてきた敵機の目の前で反転の捻りこみをかけ、立て続けに小隊で5機のグラマンを撃ち落した。
もう一つの小隊も健闘し、合計で15機ほど落とした……そこで、20ミリの弾が尽きてしまった。特攻機は半数近くが落とされて、敵艦体までは50カイリほどのところである。水平線に敵艦体が見えている。
ひい爺さんが、特攻機をかばうようにして、飛び始めた。たちまち、三機のグラマンが襲い掛かる。ひい爺さんを落とされてなるものか!
その気持ちだけで、オレは7・7ミリを撃ちながら飛び込んでいった……。
夢の中で、ささやかに歴史を変えた。ひい爺さん門野純輔飛曹長は、戦死をしないで終戦を迎えた。
代わりにオレが戦死していた。急に見た夢なので、墜とされたオレには名前が無かった。
「純、純。起きたら、ちょっと手伝って!」
お袋の声で目が覚めた。昨夜二時まで起きて、夢の中で大空中戦をやったオレは、くたびれ果てて、むくんだ顔のまま洗面にいった。
ん……?
「母さん、化粧変えた?」
お袋の顔が少し違った。で、オレの声も、いささか違う。洗面台に写る顔を見てたまげた。見かけがどう見ても女の子だ!
その驚きは、トイレに入って確信になった。
便座に座りながら思い出した。ひい爺ちゃんが亡くなってから、ひい婆ちゃんはすぐ下の弟と再婚した。当時は家を守ってこその嫁だったので、兄が戦死して、その妻が弟の嫁になることは珍しいことではなかった。
ひい祖母ちゃんは月足らずでお婆ちゃんを生んでいる。つまり、実のひい爺ちゃんは、ひい爺ちゃんの弟だが、兄に敬意を払った弟は、月足らずの出産で、兄の子として届け出た。
要は、三代前のひい爺ちゃんを助けたことで、婆ちゃんが別人になった。そして三代後のDNAに影響して、オレは女の子として生まれてしまったらしい。
昼過ぎに手伝いを終わって、オレ……あたしは、神田の本屋に行ってみた。昨日の事だ、忘れるわけがない。
だけど、その古本屋は二往復しても見つからなかった。
まあ、純という名前にかわりはないんだからと、夕方には納得してしまった。