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しまった!
バスの発車音で目が覚めた。
「おばさーん、次のバス何時かなあ!?」
ぼくは、階下のおばさんに大声で聞いた。
「なんだ、まだ居たの。今のバスで出たと思ってたわよ」
今朝は、なぜか早く目が覚めて、一時間も早く朝飯を食った。
それでバスの時間まで、わずかなまどろみを楽しんでいて、それが本格的な二度寝になってしまったのだ。
「次のバスって……一時間先だわよ」
階段を駆け下りてきたぼくに、民宿のおばさんは気の毒そうに時刻表を指さした。
ミーーーン ミーーーン ミーーーン
頭の中が真っ白になって、蝉の声だけが際立った。
二三秒、呆然として玄関のピンク電話に。
受話器を手にしたところで、肝心の電話番号が頭からとんでしまっていることに気づく。
ドタドタドタ!
慌てて二階に戻り、バッグから手帳を取りだし、そのまま電話のところに戻った。
「あ……」
同宿のA子さんに先をこされていた。
「だからさあ、もう二三日は帰んないから……お母さんに代わってくれる……あ、お母さん……」
ぼくは、こういう時にはっきりとものが言えない。
狭いロビーで新聞を読むふりをした。夕べも、今日からのバイトに備え、早く寝ようとした。でも、いまホットパンツのお尻を向けて電話しているA子さんたちにつかまり、ウダウダと、二時近くまで付き合ってしまったんだ。
地方新聞の三面記事、海岸通りの北の方で、大型タンクローリーが事故。そこを眺め、四コママンガを見ている時に声がかかった。
「はい、電話かけるんでしょ」
A子さんが、お気楽に受話器を振って促している。
「あ、ども……もういいんですか」
「急ぎの電話だって、顔に書いてあるわよ」
「すんません」
「優しいのと、気の弱いのは違うって、夕べ言われてたでしょ。神田川クン」
ちなみに、ぼくは神田川ではない。柳沢二郎。二郎と言っても次男ではない。なぜ神田川かというと、夕べ盛り上がった時に、A子さんの連れの、B子さんやC枝さんに「キミは、神田川のオトコみたいだね」と言われて、そうなった。
「よ、神田川。オネエサンたちといっしょに海岸散歩しない。気が向いたら、そのまま海へザブーン!」
B子さんは、ピンクのTシャツを、ビキニの上の方が分かるところまで、たくし上げて、ぼくを挑発した。
「よしなさいよ。あの子バイトのために来てんだから」
「まあ、海まで来て川を相手にすることもないか」
「B子」
A子さんが、軽くたしなめた。いつの間にかC枝さんもロビーに現れ、三人連れだって玄関を出ていった。
ボクは、テレホンカードを入れて、バイト先の「海の家」まで電話した。
「……すみません。バスに乗り遅れて、少し着くのが……」
――ああ、いいよいいよ。夕べの海岸通りの事故で、道が塞がってっから。お客さん来るの遅れそうだから――
オジサンが優しく言ってくれた。
そう言えば、今、新聞で知ったところだ。
ボクは、改めて新聞を読み直した。事故の復旧は、昼前までかかる見込みと書かれていた。
でも、やっぱり、できるだけ早く行こう。バイトとは言え仕事は仕事だ。それも初日。誠意は見せておかなければならない。
誠実さと気の弱さが、同じ結論を出した。