大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『海岸通り バイト先まで・1』

2021-08-25 07:18:13 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『海岸通り バイト先まで・1』  

 

 

 

 しまった! 

 バスの発車音で目が覚めた。

「おばさーん、次のバス何時かなあ!?」

 ぼくは、階下のおばさんに大声で聞いた。

「なんだ、まだ居たの。今のバスで出たと思ってたわよ」

       

 今朝は、なぜか早く目が覚めて、一時間も早く朝飯を食った。

 それでバスの時間まで、わずかなまどろみを楽しんでいて、それが本格的な二度寝になってしまったのだ。

「次のバスって……一時間先だわよ」

 階段を駆け下りてきたぼくに、民宿のおばさんは気の毒そうに時刻表を指さした。

 

 ミーーーン ミーーーン ミーーーン

 

 頭の中が真っ白になって、蝉の声だけが際立った。

 二三秒、呆然として玄関のピンク電話に。
 受話器を手にしたところで、肝心の電話番号が頭からとんでしまっていることに気づく。

 ドタドタドタ!

 慌てて二階に戻り、バッグから手帳を取りだし、そのまま電話のところに戻った。


「あ……」


 同宿のA子さんに先をこされていた。

「だからさあ、もう二三日は帰んないから……お母さんに代わってくれる……あ、お母さん……」

 ぼくは、こういう時にはっきりとものが言えない。

 狭いロビーで新聞を読むふりをした。夕べも、今日からのバイトに備え、早く寝ようとした。でも、いまホットパンツのお尻を向けて電話しているA子さんたちにつかまり、ウダウダと、二時近くまで付き合ってしまったんだ。

 地方新聞の三面記事、海岸通りの北の方で、大型タンクローリーが事故。そこを眺め、四コママンガを見ている時に声がかかった。

「はい、電話かけるんでしょ」

 A子さんが、お気楽に受話器を振って促している。

「あ、ども……もういいんですか」

「急ぎの電話だって、顔に書いてあるわよ」

「すんません」

「優しいのと、気の弱いのは違うって、夕べ言われてたでしょ。神田川クン」

 ちなみに、ぼくは神田川ではない。柳沢二郎。二郎と言っても次男ではない。なぜ神田川かというと、夕べ盛り上がった時に、A子さんの連れの、B子さんやC枝さんに「キミは、神田川のオトコみたいだね」と言われて、そうなった。

「よ、神田川。オネエサンたちといっしょに海岸散歩しない。気が向いたら、そのまま海へザブーン!」

 B子さんは、ピンクのTシャツを、ビキニの上の方が分かるところまで、たくし上げて、ぼくを挑発した。

「よしなさいよ。あの子バイトのために来てんだから」

「まあ、海まで来て川を相手にすることもないか」

「B子」

 A子さんが、軽くたしなめた。いつの間にかC枝さんもロビーに現れ、三人連れだって玄関を出ていった。

 

 ボクは、テレホンカードを入れて、バイト先の「海の家」まで電話した。

 

「……すみません。バスに乗り遅れて、少し着くのが……」

――ああ、いいよいいよ。夕べの海岸通りの事故で、道が塞がってっから。お客さん来るの遅れそうだから――

 オジサンが優しく言ってくれた。

 そう言えば、今、新聞で知ったところだ。

 ボクは、改めて新聞を読み直した。事故の復旧は、昼前までかかる見込みと書かれていた。

 でも、やっぱり、できるだけ早く行こう。バイトとは言え仕事は仕事だ。それも初日。誠意は見せておかなければならない。

 誠実さと気の弱さが、同じ結論を出した。


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