大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『UZA』

2021-08-29 06:41:53 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『UZA』      




 UZA……って言われしまった。

「ウザイの……サブのそういうとこが」

 正確には、そう言った。

 でも、感じとしてはUZAだった。

 去り際に、もうヒトコト言おうとして息吸ったら、まるで、それを見抜いたように沙耶は、げんなり左向きに振り返って、そう言った。

 UZA……ぼくの心は、カビキラーをかけられたカビのようだった。

 最初にバシャッってかけられて、ショック。そして、ジワーっと心の奥まで染みこんでいく、浸透力のある言葉。そして、ぼくの心に残っていた沙耶への愛情は「痛い」というカタチのまま石化してしまった。

 自分で言うのもなんだけど、ぼくは人なつっこい。だから、元カノの沙耶が「ノート貸して」と言ってくれば「いいよ」とお気楽に貸しにいく。

 浩一なんかは、こういう。

「そういうとこが無節操てか、ケジメねーんだよ」

 で、ヘコンダまま駅のホームに立っている。

 ヘコンだ理由は、もう一つ、ウジウジ考えながら駅に向かったら、ホームに駆け上がった直後に電車が出てしまった。

「アチャー……」

 オッサンみたいな声をあげて、ノッソリとベンチに座り込む。

 向かいのホームの待合室に、その姿が映る。

 まるで、ヘコンで曲がったお茶の空き缶のようだ。

 我ながら嫌になって、時刻表を見る。見なくても登下校のダイヤぐらいは覚えてるんだけど、諦めがわるく見てしまう

 ひょっとして、ぼくの記憶が間違っていて、次の快速は二十五分後ではないことを期待しながら……こういうところの記憶は正しく、自分の念の押し方がいじましく思われる。

 ゴーーーーーーー

 未練たらしく、去りゆく快速のお尻を見たら、ホームの端に、もう一本お茶の空き缶が立っていた。

 でも、この空き缶は、ヘコミも曲がりもせずに、ぼくに軽く手を振った。

「田島くんよね?」

 空き缶が近寄って口をきいた。

「あ……碧(みどり)……さん」

「嬉し、覚えててくれたんや」

 この空き缶は、今日転校してきた、ナントカ碧だ。ぼくは、朝から沙耶のことばかり考えていて、朝のショートの時、担任が紹介したのも、この子の関西弁の自己紹介もほとんど聞いていない。ただ、すぐにクラスのみんなに馴染んで「ミドリちゃん」と呼ばれていたのと、碧って字が珍しくて記憶に残っている。

「L高の子らが『おーいお茶』て言うたんやけど、なんの意味?」

「あ、この制服」

「え……?」

「色が、そのお茶のボトルとか缶の色といっしょだろ」

「あ、ああ……あたしは、シックでええと思うけどなあ。ちょっと立ってみて」

 碧は遠慮無く、ぼくを立たせると、ホームの姿見に二人の姿を映した。

「うん、デザイン的にも男女のバランスええし、イケテルと思うよ」

 そう言うと、碧は遠慮無く、ぼくのベンチの真横に座った。

 そのとき碧のセミロングがフワっとして、ラベンダーの香りがした。

 そして何より近い。

 普通、転校したてだと、座るにしても、一人分ぐらいの距離を空けるだろう。

 ぼくは不覚にもドギマギしてしまった。人なつっこいぼくだけど。ほとんど初対面の人間への距離の取り方では無いと思った。

「田島くんは快速?」

「うん、たいてい今のか、もう一本前の快速……ってか、ぼくの名前覚えてくれてたんだ」

「フフ、渡り廊下に居てても聞こえてきたから」

「え……それって?」

「人からノート借りといて、UZAはないよねえ」

「聞いてたのか……」

「聞こえてきたの。二人とも声大きいし、あのトドメの一言はあかんなあ」

「ああ……UZAはないよなあ」

「ちゃうよ。UZAて言われて、呼び止めたらあかんわ」

「え、オレ呼び止めた?」

「うん、『沙耶あ!』て……覚えてへんのん?」

 ぼくは、ほんの二十分前のことを思い出した。で、碧が言ったことは、思い出さなかった。

 ホームの上を「アホー」と鳴きながら、カラスが一羽飛んでいく。

「あれえ、覚えてへんのん!?」

「うん……」

 ばつの悪い間が空いた。

 ぼくはお気楽なつもりでいたんだけど、実際は、みっともないほど未練たらしさのようだった。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!

 その時、特急が凄い轟音とともに駅を通過していった。

 おかげでぼくのため息は、碧にも気づかれずにすんだようだ。

「その、みっともないため息のつきかた、ちょっとも変わってへんなあ……」

 そう言うと、碧は、カバンから手紙のようなものを取りだして、ゴミ箱のところにいくと、ビリビリに破って捨てた。ぼくの、ばつの悪さを見ない心遣いのようにも、何かに怒っているようにも見えた。その姿が、なんか懐かしい。

「あたしのこと、思い出さない?」

 碧は、ゴミ箱のところで、東京弁でそう言った。

「あ……」

 バグった頭が再起動した。

「みどりちゃん……吉田さんちのみどりちゃん?」

「やっと思い出した、ちょっと遅いけど。やっぱ、手紙じゃなく、直に思い出してくれんのが一番だよね」

 小さかったから、字までは覚えていなかった。みどりは碧と書いたんだ。小学校にあがる寸前に関西の方に引っ越していった、吉田みどりだった。

「今は、苗字変わってしまったから。わからなくても、仕方ないっちゃ仕方ないけど。あたしは、一目見て分かったよ、サブちゃん。改めて言っとくね。あたし羽座碧」

「ウザ……?」

「うん、結婚して、苗字変わっちゃたから」

「け、結婚!」

「ばか、お母さんよ。三回目だけどね」

――二番線、間もなくY行きの準急がまいります。白線の後ろまで下がっておまちください――

 向かいのホームのアナウンスが聞こえた。

「じゃ、あたし行くね、向こうの準急だから。それから『沙耶!』って叫んではなかったよ。ただ顔は、そういう顔してたけどね……ほな、さいなら!」
 
 そう言うと、碧は、走って跨道橋を渡って、向かいのホームに急いだ。同時に準急が入ってきて、すぐに発車した。前から三両目の窓で碧が小さく手を振っているのが見えた。

 ぼくのUZAに、新しいニュアンスが加わった……。

 

 


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