大橋むつおのブログ

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・15・「ダメもとで……」

2020-01-20 06:07:39 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)15
「ダメもとで……」            


 
 
 
 演劇部の部室は旧校舎一階の東端にある。

 創立以来の蔦の絡まる木造校舎は、それだけでも歴史と文化を感じさせ、ブログや新聞に載った佇まいは、いかにも伝統校の伝統演劇部である。
 特に夕方、茜色の夕陽に晒されると、ギロチン窓の窓越しに見える啓介と千歳の姿は、映画の中の演劇部員が秋の公演に向けて資料や戯曲を読み漁っているようにうかがえる。
 時おり見せるため息や吐息をつくさまは、青春の真中(まなか)で呻吟する若人の姿そのものであり、昭和の日活青春映画かジブリアニメの主人公を彷彿とさせた。

 千歳がチェ-ホフ短編戯曲集第二巻から目を上げて、なにやら問いかける。啓介は顔を上げてひとしきり、千歳の問いに真剣に答える。麗しくも頼もしい、あるべき青春の一コマである。

「……お説は分かったから、その聴覚的受容の在り方についてだけ考察しなおしてくれないかしら?」
「二次元的視覚効果を補完するための聴覚効果は妥協したらあかんと思うし、互いに尊重し合うべきやと思う」
「しかしね、同じ空間を共用する者としては、相手の感性への共感と尊重の意識が重要なファクターになると思うのよ、間違ってる?」
「我々は、江戸の昔には3千万人に過ぎなかった列島に1億3千万人で生活しているんや。都市の生活環境の中で生きることを内発的に是認して、いや、所与の条件として見据えていかなければ、二十一世紀中葉の喧騒に耐えられる文化の担い手にはなられへん!」
「あのね……簡単なことなのよ。モンハンやるならヘッドホンとかしてって話よ! ちっとも集中できないでしょ!」
「そういう自分かて、チェ-ホフの短編に挟んで読んでるのは『ワンピース』やねんやろが!」
「あ、そいうこと言う!? コミックは低俗って、昭和も30年代の感覚じゃないの! 信じられない!」
「そんなこと言う前に、オレが言うたサブカルチャー論、なんにも分かってへんやんけ!」

 二人は、放課後の部室で思い思いの時間を過ごしていたのである。

 啓介は、自由になる隠れ家を。千歳は、精一杯学校生活を営んだというアリバイが欲しい。そのためにNHK朝の連ドラも真っ青というほどのロケーションとして、演劇部の皮を被っている。
 
「……て、こんな場合じゃないのよ! 今週中に部員を5人にしないと、部室取り上げられんでしょ!?」
「あ、つい安心してしもてた!」
「なんか手立てはないの?」
「宣伝はしまくったし、個別に一本釣りもしてみたけど」
「ブログにも書いて、新聞社にまで来てもらったけど」
 そう、千歳の機転で、先週一週間、演劇部の露出度はなかなかのものであった。だが「がんばってるのね!」という評判はたっても「じゃ、自分も参加しよう!」ということにはならない。もっとも、真剣に演劇部をやろうという気持ちはハナクソほどにも無いので、間違って「演劇命!」という生徒に来られても困るのである。

「せやけど、そんな都合のええもんて居るやろか?」

「めったにはね。でも、せめて一学期一杯くらいは続いてくれなくっちゃね」
「人のこと言えんけど、千歳もたいがいやと思うで」
「ねえ……思うんだけど。幽霊部員とかいないの?」
「幽霊部員?」
「入部だけして来なくなっちゃって、はっきり退部の意思表示していないようなの?」
「ここ二年ほどは、オレだけやさかいなあ」
「じゃ、それ以前は?」
「え、3年生? さすがに3年生には……」

 そう言いながらも、啓介は古い演劇部の資料を当たってみた。

「え~~~と……」
「あ、この人!」
 2人の目は、4年前に入部届を出した松井須磨という女生徒を発見した。
「でも、4年前ってことは、卒業してるよなあ……」
「ひょっとしたら留年とかして……ダメもとで……」
「どこ行くんや、千歳?」

 千歳は、生徒会室に行って3年生のクラス別名簿を確認した。サラサラと流し見ただけだが発見した。

「3年6組に居るよ!」

 松井須磨、留年した本人か、はたまた同姓同名の別人か?

 
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