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「ああ、戻ってきちまったのかよ……」
来栖先輩はバツがわるそうに……いや、うまく言えないけど、それ以上の感情をこめて言った。
人柄なんだろうか、いやらしい感じはなかった。例えて言うなら、みんが隠れる前に振り向いてしまった「鬼ごっこ」の鬼みたく。
「え、あ、いや、それならそれでいいんです。最初から正直に見せてくださったら、そんなにびっくりしないで受け入れられました。あ、そう戸惑ってるだけなんです。先輩も独身なんだし、こういう趣味もありって思うんです。本物の女の子に変に興味持つよりは、言っちゃなんだけど、可愛いものだとおもうんです。いや、ほんと、突然なんでびっくりしてるだけです(^_^;)」
言いながら、あたしは、ラブラドールのマメが居ないのをいぶかしがらない自分が不思議だった。
「やっぱり、わたしの見立て通りね」
背後で声がしたので、びっくりして振り返った。
なんと、ラブドールが伸びをしながら目をこすっている。
「ハハ、伸びをしたら涙が出てきちゃった……ファ~~~~~」
無邪気に言うラブドールは、大きく口を開けてアクビをした。その口元にはシソの葉が付いていた。
「いや、これは、そのなんだ……」
「いいわよ。あとは、わたしが説明する。もう決めちゃったから」
ラブドールは、髪をかき上げながら先輩を制した。その全裸の姿はほれぼれするように若々しく美しかった。
「よくできた、その……なにですね」
「なにじゃないわよ。わたしはメイム。ちょっと理解は難しいでしょうけど、未来からやってきたレトリバーよ」
「マメちゃんは……?」
「あなたの理性は反対してるけど、感情が認めている通りよ。この人はMAMEとしか言わなかったけど、あれでメイムって読むの。レトリバーというのは、獲物を回収するって意味があるの。わたしは、それ専門に派遣されてきた義体。この人もそうだけど型落ち。わたしみたいにトランスフォーメーションはできないけどね。リクルートのアビリティーは確かね。あなたなら、わたしの時代でも十分能力が発揮されるわ。なんせ深刻な人手不足。あなたも、向こうに行ったら素敵な義体にしてもらうといいわ……」
メイムに見つめられているうちに、あたしの意識は跳んでしまった。
先輩は、それからはパッとしないが仕事はできる父親として、父子家庭を営んだ。むろん娘はメイム。あたしが、あの時代に存在した痕跡は全て消された。来月には、新しいレトリバーとしてあの時代に戻る。能力がありながら、その力を発揮できない若者はゴマンといる。
あたしは義体になっても、元のまま。あの姿は気に入っていたから。もし、あなたが友人知人の家に行って、ラブラドール・レトリバーがいたら気を付けて。あたしかメイムが、トランスフォーメーションしたものかもしれないよ……。