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交番に戻ると宮沢りえがいた。むろん女……婦人警官の姿だった。
なんで、自分の家さえ満足に見えなかったあたしが、制服の違いにすぐに気づいたかというと、昔の制服の天海祐希婦警が、まだいっしょにいたからだ。
「あら、お帰り。どうだった、あんたの家は?」
「見えなかったでしょう?」
宮沢りえが当然のように言った。
宮沢りえ婦警は小さな不幸に見舞われた。
ゲホゲホゲホ……
食べかけたいなり寿司を喉に詰まらせてむせかえった。
「いいえ、見えました」
あたしが予想に反した答をしたから。
「な、なんで見えたの、んなわけないんだけど!?」
天海祐希婦警が、いなり寿司を箸で挟んだまま、身を乗り出した。
あたしは、大伯父さんとのいきさつを話した。
そして、その後、もう一度自分の家を見に行ったことも。
二回目は見えた……ただし大伯父さんの時代の我が家が。三十坪は変わらなかったけど、木造の二階建てだった。むろん玄関は一つだった。
走馬燈のようにって、ラノベで覚えた美しい言葉が浮かんだ。
あれは、多分ひいひい祖父ちゃん。それが真ん中になり、その右隣にひい祖父ちゃんとひい婆ちゃん。左隣がひいひい婆ちゃん。五十代と三十代というところだろ。
ひいひい婆ちゃんの隣にはハチ公によく似た秋田犬が座っていた。
後ろには学生服。顔つきから観て太郎大伯父さん。その横のセーラー服が、わたしと同じ名前の大伯母さん。抱かれている赤ん坊は、多分二郎祖父ちゃん。
なんかの記念日なんだろう。玄関に日の丸が立っていた。
「皇太子殿下と同じ月の生まれだなんて、幸せなやつだ」
ひいひい祖父ちゃんが、そういうと二郎祖父ちゃんは、お母さんの手に戻され、ズボっとフラッシュがして写真が撮られた。だれもふざけたりピースなんかしないけど、みんなカチンコチンの銅像みたいだった。
だったけど、そこには確実に家族がいた。
次は、獅子舞が出ている。
ひいひい婆ちゃんを筆頭に女子はみんな着飾って、男子は着物。ひいひい祖父ちゃんは、羽織に袴、頭にソフト帽を被っているのがおかしかった。
そのあとは葬式だった。
下の八畳間と六畳間をぶち抜いて、白黒の幕……近所のひとの話から「クジラ幕」というらしいことが分かった。棺の向こうには、最初に見たひいひい祖父ちゃんが写真に収まっていた。
ビックリするほど沢山の人が参列していた。
あたしも思わず手を合わせたら、写真はひいひい婆ちゃんに変わっていた。太郎大伯父さんが、紺色の制服……胸に翼のマークの徽章が付いている。多分海軍の飛行学校にいる時期だろう。
「これで、明治ヒトケタは、あたしだけになっちまった……」
「なに言ってんです。明治でくくりゃ、あたしたちだって。ねえ、お父さん」
ひい婆ちゃんが言うとみんながうなずいた。
「なんか、大正生まれは肩身が狭いな」
大伯父さんが頭を掻く。
「その大正生まれが、もう予科練卒業だ。時代だね!」
近所のおじさんが、感極まったように言って、暖かい笑いが満ちた。
それから、今にいたるまでの清水家の歴史が、大河ドラマの総集編みたいに流れていって、最後は味気ない二世帯住宅の、見慣れた我が家になった。
祖父ちゃんが、黒服で昔の写真と、今の我が家を寂しそうに見比べている。
「祖父ちゃん、いくよ!」
あたしの声がした。
祖父ちゃんは、瞬間怒ったような顔になったけど、すぐに優しい顔になり答えた。
「すまん美恵ちゃん、いま行くよ……」
そうだ、これは去年お祖母ちゃんの家族葬に葬儀会館に行くところだ。あたし、お祖父ちゃんが、あんな顔してるの、ぜんぜん気が付かなかった。
我が家の数十年を数分で見てしまった。
そして、今までなにも見ていなかったことに気がついた。
「そう、得難い経験をしたのね」
天海祐希婦警が、ちょっと見なおしたというような顔で、あたしを見た。
「でも、大伯父さんに会えたなんてね……あの時代から、あの窪みはあったんですね」
宮沢りえ婦警もしみじみした。
「あんた。清水さんだったわね。あんた、ひょっとしたら、案外見込みがあるかも……」
「あたし?」
「うん、大伯父さんの時代と、今とじゃ窪みの意味が違うの。それが偶然だとしても、会えたというのは、ロトシックスに当たるようなもん」
そのとき、上戸婦警が空気の抜けた人形のようなものを担いで帰ってきた……。