ライトノベルベスト
「あなた、風邪ひくわよ」
四十何年前の悩みの種が声がして、ぼくは目が覚めた。
エアコンの冷風が、まともに薄くなりはじめた頭頂部の髪をなぶっていく。
パソコンがスリープになっていたので、マウスをクリックした。
画面には、四十何年前、一夏バイトに行っていた町の小さな神社が再建されたニュースが出ていた。
神社は、四十何年前、タンクローリーの事故の巻き添えで焼けてしまった。木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)が御祭神で、浅間神社の末社であった。
「……これを観ているいるうちに眠ってしまったんだ」
「はい、コーヒー。目を覚まして台本読まなくっちゃね」
「台詞は、もう入ってるよ。端役だからね」
「その言葉、痛いわね」
「え……どうして?」
「だって、わたしのことが無ければ、あなた、高卒で、もっと早くデビューできたでしょ」
「よせよ、そんなカビの生えた話。いつデビューしていても、ぼくは、こういう役者だったよ。今の仕事も、ぼくは満足している」
その時、パソコンにメール着信のシグナル。
―― おひさしぶり 窓の外を見て。 From その子 ――
急いで窓の外を見た。大手スーパーの駐車場の上半分が見える。
「……あ」
思わず声が出た。
あのビーチパラソルの上半分とピョンピョン跳ねながら振られている手の先が見える。
ベランダに出てみた。駐車場の全貌が見えるはずだ。
予想はしていたが、その子の姿もビーチパラソルも見つけることはできなかった。