大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト・『二人の過年度生』

2021-05-19 06:38:31 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『二人の過年度生』  




 願書の提出の時から二つのことが気になっていた。

 見ようによっては、一つ……制服のこと。

 あたしは、あるミッションスクールに行っていたけど、家の経済的な理由で続けられなくなった。就学支援金を月々9900円もらったり、他の奨学金ももらったけど、やっぱりお嬢様学校と言われるS女学院は無理だった。支援金と奨学金を合わせても必要な額の半分ちょっと。
 もともと去年の夏ごろには、お父さんの会社の業績が上がることを織り込んでの無理な学校の選択だった。

 お父さんは「申し訳ない」「すまん」を繰り返していたけど、景気の落ち込みはお父さんのせいじゃない。

 もう完全にダメだと思ったころから授業にも身が入らず、成績は下がる一方だった。そんな生徒に救いの道は無い。
 がんばれば、二つぐらいの赤点で進級できないこともなかったけど、どうせ経済的に続かないことが分かっていたので、正月には退学を決めていた。

 で、過年度生として都立Y高校を受け直すことになった。

 担任の先生に相談に行ったら職業的な優しさで接してくれたけど、必要な書類は直ぐに揃った。あらかじめ親が話していたので、準備していたんだね。

 こういう受験を過年度生受験ということも知った。なんだかいかつい名称。

 可燃度生受験……なんて字を当ててみる……なんか火気厳禁て感じで、自分が危ない子になったようなイメージ。

 拍子抜けするくらいに手続きは簡単……と思ったら「この後は中学校に行ってちょうだい」と言われる。

 高校で出来るのは退学の手続きだけで、受験そのものに必要な書類は、とっくに縁が切れたと思っていた中学で揃えてもらわなきゃならない。

「これ、持っていきなさい」

 事情を説明すると、お父さんは2000円くらいの菓子折を持たせてくれた。

 過年度生の世話なんて中学にとっても余計な仕事なんだろうなあと、ちょっと気持ちが塞ぐ。

 Y高校には、願書の提出の時から制服で行かなければならない。あたしは校章を外しただけのS女学院の制服で行った。
 当然目立つ。中学の制服は、もう処分していたので致し方ない。菓子折まで持って行ったんだ、中学で「要らない制服があったら貸してください」くらい言えばよかった。経済的に困ってる子の為にプールしている制服があることは承知している。わたし自身、卒業と同時に寄付してきたんだから。
 

 けっきょく言い出せなくて、S女学院の制服。目立ってなにか言われることは無かったけど、視線は感じた。

 よく注意すると、視線を集めている生徒が、もう一人いた。

 これが、気になった、もう一つの事。

 ごく普通のセーラー服を着ているけど、あたしと同じく校章が無い。それに、よく考えれば今時セーラー服の中学なんて、めったにない。この子も、どこかの私立高校の過年度生か……チラリ見えた胸当てのマークは学習院高校のそれだった!

 受験会場で、あたしと、その子は浮いていた。S女学院も学習院もしつけは厳しい。受験前の座る姿から違う。姿勢も良く、机の上に置いた筆記用具や受験票が定規で測ったように行儀よく置かれていた。
 驚くことに、その子は消しゴムの削りかすも手で集め、机の一角にまとめ、試験が終わるとゴミ箱に捨てに行っていた。S女学院と同じ、いや、それ以上にビシッとしている。

 晴れて合格。

 入学式で、みんな同じ制服になると、あたしも学習院も、そんなに目立たなくなった。そして、あたしと学習院は同じクラスになった。

 朱に交われば赤くなるのか、郷に入れば郷に従えなのか分からないけど、あたしも学習院も連休前には、他の新入生と同じくらいのお行儀や言葉遣いになり、だれも、あたしたちを特別な目で見なくなった。

「あなた、S女学院の過年度生でしょ」

 似たような立場だったので、他の子よりは近い関係になっていた。それでも前の学校について話すのは、なんとなくはばかられ、連休明けの今日、初めて彼女が聞いてきた。
「うん、いろいろあって、続けられなくなっちゃって。最初は都立でやっていけるか心配だったけど、なんとかなるものね。あなたこそ大変だったでしょ……なんたって学習院なんだもん」
 声を小さくして、そう言うと、彼女はあたしの手を掴んで、グランドへ走って行った。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!?」

 グラウンドに着くと彼女は、腹を抱えて笑い出した。

「ハハハ……ああ、おっかしい!」
「どうかした?」
「あのセーラーが学習院だって気づいたのは、あんただけよ。なんたって、胸のマークが分かんなきゃ、ただのセーラー服だもんね」
「だって、あの時の行儀のよさとか、並の学校じゃないわよ。さすが学習院……ごめん、あんまり言わないほうがいいんだよね」
「あたし、学習院じゃないよ」
「え……?」
「I女子学園」
「え……?」
「女子少年院……」
 彼女は、測る様な目であたしを見ながら言った。
「あそこは、中高生的な制服とかないから、レプリカのセーラー買ったの。で、どうせなら学習院ぐらいのハッタリかまそうと思って」

「え……アハハハ」

 笑いが止まらなかった。彼女もいっしょに笑った。

「学習院のレプリカなんて高いんじゃないの?」
「ハハ、コスプレみたいなもんよ。基本は白線三本のセーラー服だからね、先生も気づかなかった……てか、気づいたのあんただけ!」
「アハ、そうなんだ!」

 ひとしきり二人で笑った。芝生にひっくりかえると青い空を雲がながれていく。二人の過年度生は、どうやら親友になれそうだ。


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