大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・6『広がる世界・3』

2017-03-08 06:34:07 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・6
『広がる世界・3』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 美乃は、今朝も電車を使わなかった。

 しかし四十分もかけて走ることもしなかった。今日は自転車だ。快調にいけば二十分もかからずに学校に着ける。
 美乃は、夕べ一時頃まで古いアイポッドに『前だけ見ねえ』を入れて振り付けを工夫した。元来並の高校生よりは集中力のある方だが、それは「ねばならない」義務からやっていた。いわば嫌々やることに慣れていた。動機はヘマをして人から笑われたり蔑まされたりしないためだった。だから、美乃にとって集中は自己に課した義務であり、当然楽しいと思ったことなどない。
 しかし、この振り付けは楽しかった。回数を重ねる毎にアイデアが浮かび、浮かんだアイデアが一層美乃の心を楽しませた。放っておけば朝までやりかねなかったが「近所迷惑」と叫ぶ、もう一人の自分の声に従って苦笑しながらシャワーを浴びて寝た。

 自転車は兄の浩一のツ-リング用を無断で拝借した。理由はカッコヨク速そうだっただったからである。ペダルは、五段変速で、ロウに入れたギヤを、すぐにトップに上げた。五月の風が心地よく頬をなぶっていく。ただ、風にたなびく髪が煩わしく、美乃は器用に両手をハンドルから離し、一瞬でポニーテールにした。

 途中で近道を思い出した。

 ただ、この道は美乃が受け損なった(慎重な中学の進路指導のため)自分の名前に似た美濃高校の前を通らなければならなかった。昨日は、もう一人の美乃の感覚が先になって、無意識に道を避けた。「あたしは、もう違うんだ」という思いで近道を通った。通ってみればどうということはない。世の中にはもっと名門……面白い学校は、いくらでもある。

 学校まで五分という寺の前の交差点で見つけてしまった。

 あろうことか、美濃高校の男子生徒が、美乃の学校の女生徒にちょっかいを出している。
「なあ、いいじゃないか。オレ美濃高だぜ。自分で言うのもなんだけど、なかなかイカした男だろ。付き合って損はないぜ。清洲高じゃ、大した男もいないだろ?」
 嫌がる女生徒が気弱に顔を背けると、しつこく体を捻って女生徒の顔を覗き込む。
 最後の言葉には頷けるものがあったが、こういう男は許せない。信号が青になるとトップギヤのまま立ち漕ぎになり、自転車のフレームに取り付けてある空気入れを右手に持ち、追い越しざまに男子生徒の頭を一撃した。
 電柱一本分行きすぎて止まり、自転車を乗り捨てると、無言のまま戻り、起きあがろうとしている男子生徒に足払いをかけ、ズドンと倒すと再び空気入れを振りかぶった。

「そこまで!」

 声がかかった。声の方を向くと、寺の山門に小柄な坊主が立っていた。
「それ以上やると、とことんの勝負になる。怪我をしてもつまらん。義龍、ここはお前が詫びてしまいにしておけ」
 義龍という生徒は詫びることはしなかったが、美乃を一にらみすると、大人しく学校の方へ行ってしまった。
「どうもすみませんでした。ああいう男許せないもんで」
「おまえさんも、可愛い顔をして、やることはケンカ慣れした男だな。今の勝負続けていたら、義龍の方が負けとる。そういうわしの見立てで堪えておくれ」
「どうも、カッとしたら後先ない性格なもんで、止めていただいて正解でした。ところで、あなた大丈夫?」
「ありがとうございます。連休明けから付きまとわれて困っていたところなんです。先輩、ありがとうございました」
「あ、先輩じゃないわよ。あなたと同じ一年生。A組の信長美乃っていうのよろしく」
「そうなんだ。わたし、E組の足利ルミっていいます。本当にありがとう」
「足利さんて……校長先生の娘さんだったり?」
「あ、父は……理事長です」

 そう言ったルミの顔に含羞と陰の両方が見えた。

「さ、学校に遅れる。そろそろ行きなさい」
「あの、和尚さんのお名前は?」
「藤谷兼正。つまらん寺だが、暇なときにでも遊びにくるといい」
「どうも、じゃ、和尚さん、失礼します!」
 美乃は、ルミをガードするようにその場を去った。

 義龍は、自販機の陰で、その成り行きを見ていた……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・5『広がる世界・2』

2017-03-07 06:09:28 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・5
『広がる世界・2』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。

 美乃は光を思い出していた。

 ほんの夕べ、大河ドラマ『石田三成』前半の山、本能寺。あのとき山形勲というベテラン俳優が演じていたのは信長の役ではなく、信長そのものだった。あの時本能寺書院で自ら命を絶った信長の目から発せられていた光は、四百数十年の時空を超えて伝えられた信長の魂そのもの。
 それさえ、朝から広がった美乃の世界では、どうでもいいことだった。

 今をどう生きるか。どう充実させるか。それが美乃の関心の全てだった。

 クラスは完全に制圧した。ケチなスケバン荒木夢羅は、昼休みには美乃の家人になり果て、何人もクラスに居た服装違反のミニスカートを直させた。家庭科の実習室はハーパンやヘッチャラパンツの女子が揃って、上げたスカート丈を直していた。
「できました!」
 見せにきた女生徒には、その場で穿かせ、ハーパンやヘッチャラパンツを脱がせた。しかし、生徒手帳通りのダサイ長さは許さない。適度のミニを奨励した。しかし、自分の意志で、最初から長目の者には何も言わない。
 美乃は校則に従わせているのではない。自分の美的センスに合わさせているのだ。ブラウスの外出しは許さない。リボンは第一ボタンを絞めキッチリする子もいたが、それも好きずきにさせた。自分自身は、第一ボタンは外しリボンは緩くくつろげていた。

 男子の腰パンにも容赦なかった。昼休みに巻き返しを図った滝川は腰パンのまま教室を出ようとしたが、廊下で美乃に足払いをかけられ、転倒したところを馬乗りになられズボンを引き上げさせられた。瞳に反抗の色を宿すと、首筋に、あの鋭いペーパーナイフが当てられた。
「バカね、これペーパーナイフなんでしょ? ペーパーナイフをスーっと引いても切れや……するのね。もうちょっと力入れたらどうなるんだろ?」
「バ、バカ、よせ!」
「バカ……まさか、あたしのこと言ってるんじゃないわよね。今の主語が抜けてるから、もう一度言い直して」
「バ、バカは……おれだから」
「だから?」
「腰パン直す。直します!」
「言えば分かるんじゃない……ちょっと待って森さん」
 森蘭はクラスでも成績優秀だが、自分のファッションにはこだわりがあり、眉を細く剃っていた。
「あなたの顔に、その眉は細すぎる。明日から伸ばしなさい。それまでは……」
 近くの席の浅野敦子のメイク用ペンシルケースからダークブラウンのペンシルを取りだし、美しく描いてやった。最初は抵抗していた蘭だったが、鏡に写った眉の美しさで納得し、恐れ入った。

 こうやって放課後になると、一年A組の様子は一変した。

 美乃の関心は、クラスの外へ向いていった。
「学校というのは、もっと美しく楽しいものでなくっちゃ……」
 そこに、明るいテンポの曲が聞こえてきた。
「ダンス部か……」
 ダンス部がAKBの『前しか向かねえ』を掛けて体育館の前で練習していた。
「下手じゃないけど……これじゃ、単なるコピーだ」
 そう思うと、部長とおぼしき上級生に声を掛けた。
「あたしにも、やらせてもらえませんか?」
「あ、体験入部! いいわよ、ジャージ持ってきて」
「ここにあります」
 朝、家から五キロの道のりを走って汗みずくになっていたので、洗って干しておいたものを取り込んでサブバッグに入れていた。
「いい肉の付き方してるね。それに……」
 部長の高山宇子が美乃の体と着替えの潔さを誉めた。美乃はパンツとブラだけになると、さっさとジャージに着替えた。
「オリジナルで、一番だけ踊っていいですか?」
「いいわよ。ちょうどいい、その間休憩」
 美乃は最初の四小節だけ踊ってみた。
「あんた、スジいいよ!」
「いいえ、まだ、こんなじゃダメです」

 美乃は、四小節を五回繰り返し、やっと納得すると、一番を通して踊った。

「いけてるよ!クール!」
 休憩中の部員から拍手が起こった。
「ありがとうございます。でも、まだまだです。うちで研究してきます」
「十分だわよ。あんたさえよかったら、たった今からでも入部しなよ!」
「すみません、まだ納得してないんで。明日の出来で判断。いいですか?」
「いいわよ。久々に根性ありげな子にあったわ。一応クラスと名前教えてくれる?」
「はい、一年A組の信長美乃です。では、明日の判断ということで」

 美乃の「判断」には主語が抜けている。そう、判断するのは美乃自身なのだ。

 とりあえず信長美乃の世界が広がり始めた……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)・4『広がる世界・1』

2017-03-06 06:57:12 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)・4
『広がる世界・1』



 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれ、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。これは、そんな苗字で生まれた信長美乃の物語である。


 目の前が開けたような気がした。

 荒木夢羅(あらきむら)をコテンパンにやっつけたあと、一年A組はガラリと変わってしまった。男子で幅をきかせていた滝川浩一もペーパーナイフごと食べかけの団子を取られ、気圧されてしまった。
 それまでA組は、一年生の中でも最悪のクラスと言われ担任の斯波を始め、教師は、みな嫌がった。
 そんな教師の中で、今川義子だけは、なんとか教室の秩序を保ちながら授業ができた。ちなみに、この学校で、なんとか教師がましく授業ができるのは、二年の武田、三年の上杉、北条ぐらいのものであった。
 そんな今川義子でも、A組の子達に「起立、礼、着席」をさせることは諦めていた。

 それが、教室に入ったとたん日直の「起立!」の声で全員が立ち上がったのだ! 今川義子は、この道三十年のベテランだが、こんなことは初めてだった。立ち上がった生徒を見ても、だらしなくシャツを出しているものもおらず、スカートの下にハーパンを穿いている者もいなかった。

 さすがにベテランの今川義子は、その驚きを顔にも出さず、涼しげに「礼」を受け着席させた。

 今川義子は現代社会の教師である。で、自分の信念通り「日本国憲法」から入った。
「ええ、四月から憲法の話をしてきたけど、今日は、みんなキチンと聞く姿勢があるから、ざっと復習してからいくわね」
 そう言って今川義子は憲法の三原則を書いた。

 国民主権 基本的人権の尊重 平和主義

「えー、そもそも日本国憲法は、七十年余りにわたって改正されることもなく、この三原則を貫き、特に、平和主義を貫いてきたことは、日本の誇りとするところです」
 私語一つしない授業は快感そのものだった。今川義子は、調子にのって持論の憲法論を述べた。
「……よって、日本は『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』ここ大事。この信頼から、戦力の不保持、憲法第九条が生まれるの!」
 今川義子は、勢いよく黒板にアンダーラインを引いた。

「ウフ、フフ、フハハハ!」

 突然の笑い声に、今川義子はたじろいだ。一瞬だれが笑っているか気付かなかった。そして数秒後、それが信長美乃のものであることが分かって腹がたった。
「なにがおかしいの、信長さん!?」
「先生、国家の三要素を教えてください」
「な、なによ、いきなり」
「憲法を論ずるなら、まず、国家の定義が必要だと思います。教えてください」
「いいわ、これよ!」
 今川義子は、目にも止まらぬ早さで国家の三原則を書いた。

 国民 主権 領域(領土、領海、領空)

 ピシっと定規で引いたようなアンダーラインを引くと、美乃が爆笑した。
「なによ、信長!」
「その三要素って、みんな守らなきゃ保持できないものばかりじゃないですか」
「だーからあ、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してえ!」
「馬鹿ですか先生?」
「ば、馬鹿とはなによ!?」
「公正と信義に信頼できる国、そんなのどこにあるの?」
「そりゃ、現実にはいろいろあるけど、これは、日本が世界に誇る信念なの、だから、戦後70年戦争にまきこまれずに……」
「先生は、知らないか目をつぶっているだけ。朝鮮戦争に日本がまきこまれたのは、ジブリの『コクリコ坂』見ても分かる。朝鮮戦争中に戦死者の中に日本人が混じっているって苦情が、ソ連とかから国連に言われてるの知らないの? 台湾や東南アジアの独立のために、どれだけ日本人が血を流したか知らないの? 戦後、国の独立のために戦争をしたことないのは、スイスとリヒテンシュタインとバチカン市国だけ。もっともスイスは国民皆兵だけどね」
「黙れ信長!」
「第一、占領中に憲法を改正させるのは国際法に違反してる。ドイツは占領されている間も憲法と教育制度には手を付けさせなかった! 国を守るのは力と頭なのよ!」
「そ、そんな……」
「クラスだって、力を背景にした信頼感。そうでしょ荒木……さん?」
「う、うん」

 今朝の荒木夢羅との鮮やかなタイマンとも言えない一方的な美乃の勝利と「クラスは秩序! 守らない奴は、第二の夢羅になると思いなさい!」という宣言を、クラスの生徒は身にしみている。そして、その宣言は、教師でさえ例外でないことを、言葉と論理の力で示した。

 美乃の中で分裂していた二つの人格が一つになりはじめていた。

 その日の授業の終わりには、クラスが狭く感じられた。美乃の関心は学校全体に広がろうとしていた。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)『始まり・3』

2017-03-05 06:18:20 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)
『始まり・3』



 荒木夢羅は黒板の張り紙を見て、わずかに驚き、美乃の顔を見た。

「信長のミノムシ、久しぶりだね」
 美乃は確信した。こいつだ……。
「これ、ちょっと言葉が足りないわね、あんたの頭と一緒」
「なんだと……」
 夢羅の顔が怒りで赤黒くなってきた。美乃は、サインペンを取りだして書き足した。

「死ね、信長!」が別の意味に変わった。

「これが、正しいの。読んでみて」
 美乃は夢羅の鼻先に突きつけた。夢羅は、怒りに震えるだけだった。
「じゃ、あたしが代わりに読んだげる……『死ねと、信長は言った!』どーよ」

 教室の空気が凍り付いた。

「てめえ、ぶっ殺してやる!」

 美乃は拳を伸ばしてきた夢羅に対し、わずかに身をかがめ、頭の上で腕を組んだ。組んだ両腕は夢羅の腹部に柔らかく当たり、夢羅はそこを支点として前のめりに回転した。回転した先には開いた窓があった。見かけによらない可愛い悲鳴をあげて、夢羅は四階の教室から、中庭に転落……するはずであった。
 しかし、夢羅が美乃が頭上で回転している間に窓ぎわのカーテンを投げてやっていた。かろうじて夢羅は、それにしがみつき、転落を免れた。

 ビビ、ビビっと音を立ててカーテンが千切れていく。

「た、助けて!」

「みんな、なにやってんの。クラスメートが命の危機なんだよ!」
 美乃が、そう叫ぶと、クラスの男子が集まって夢羅を引き上げようとした。しかし、まるで統制がとれていないので、転落するのを止めるのがやっとだった。
「なにやってんの、丹羽君と柴田君は体でカーテンを持つ。壁際で足つっぱって、テコの原理で引き上げる。夢羅は手すり持って、窓の張り出しに足をかけ……え、パンツが? バカ、命の方が大事だろうが!」
 やっと夢羅は救助される寸前のところまできた。
 美乃は手を止めて、救助のみんなの方を向いた。

「ちょっと確認しときたいんだけど。夢羅は自分で落ちたんだよね? そうだよね!?」

 勢いに押されて夢羅を含む全員が頷いた。
「じゃ、いくよ。一、二、三!」
 ドシャっという音をたてて、夢羅は教室の内側に落ちてきた。
 クラスのみんなは遠巻きにして見守るだけだ。
「人をオチョクルと、こういう目に遭うの。あ~あ、女の子なんだから身繕いしなよ。へっちゃらパンツで下半身は防御できてるけど、おへそむき出しだよ。なんだよ、その目は。助けてもらったら『ありがとう』だろうが!」

 夢羅がなにも言わないので、美乃は我関せずと、一人団子を食べていた滝川の側にいき、手にした団子を、滝川が持ってきているペーパーナイフで横様に突き刺した。
「ちょっと尖りすぎ。もう凶器だよ、このペーパーナイフは」
 滝川は、あやうく唇を切られるところだった。
「夢羅、口開けて。ほら団子食って糖分補給。そうすりゃ口もきけるから」
 美乃はペーパーナイフにつきさしたまま団子を夢羅の口元へもっていった。

 夢羅は、ペパーナイフに刺さったままの団子を食べた。そして小さな声で言った。
「……ありがとう」
 一年A組の支配者が変わった瞬間であった。

「あら、荒木さんてば、字間違えてるよ!」

 美乃が可愛い声で言った。

「死ねの『し』は『詩』よ、ね。『信長は、詩ねといった!』が正しいの。人間、人生は詩よ。そう思わないこと。荒木夢羅さん」
 美乃は、口元の笑顔だけで、夢羅に言った。
「は、はい!」

 不登校の信長美乃の高校生活は、こうやって、新しく始まった……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)『始まり・2』

2017-03-04 06:20:04 | ノベル2

信長狂詩曲(ラプソディー)
『始まり・2』



 美子は水の夢をみていた。

 亭主の浩太も、息子の浩一、そして娘の美乃までも楽しく泳ぎ、波打ち際を駆けた。そして大きな波がやってくると、美乃はサーフボードに乗り、その大きな波に向かってボードを漕いだ。そして波との距離が頃合いになると、スックとボードに立ち上がった。

「美乃、あなた美乃なんでしょ!?」

 美乃は一瞬振り向くと、不敵な笑みをたたえ奇声を発して稲村ジェーンのような波に向かっていった。

 気づくと水……シャワーの音がする。
 浩一が出しっぱなしで寝てしまったんだと思った。枕許の時計は五時半を指していた。
「やれやれ……」
 美子は、パジャマのまま浴室に向かった。
「もう、電気まで点けっぱなし……」
 浴室から人の出てくる気配がした。そして、バスタオルで素早く体を拭く気配。
「だれ……浩一?」
 すると、浴室のドアが開き、さっきの夢の中と同じ顔をした美乃が、素っ裸で現れた。
「美乃、こんなに朝早く……」
「夕べお風呂に入れなかったから」
 母親の自分が見ても可憐な後ろ姿で娘は部屋に戻っていった。ただ顔つきだけが、なにか燃えたように明々としている。

 美乃は、自分が信じられなかった。五時に目が覚めると、風呂に入っていなかったことが耐えられなくなり、ベッドから起きあがり、そのままの勢いでパジャマもパンツも脱いで浴室に向かった。

 なんで……と思いながら男のようにシャワーを浴びて汗を流した。

 心地よかった。

 体を拭いて浴室を出ると母が居て、なにか喋った。たとえ母の前であろうと素っ裸で歩くなんて考えられなかった「なんで!?」と問いかけるが、もう一人の自分が「これでいい」と言っている。
 部屋に戻ると、部屋のチマチマした縫いぐるみや小物たちが目障りになった……。

「お母さん、これ、捨てといて」

 美乃は、そう言ってゴミ袋二杯を母に押しつけ、キッチンボードからドンブリをを出すと自分でご飯をよそい、お茶を掛けただけで、立ったまま流し込むように食べた。

「美乃……」

「学校行ってくる」
「学校って、そのジャージ姿で?」
「学校で着替える」
 そう言うと美乃は、ローファーをカバンに入れ、タオル一本首に巻いて玄関を飛び出した。
「どうしたの、こんな朝っぱらから?」
 浩一が寝ぼけ眼で起きてきた。時計は、ようやく六時半を指していた。

――あたしってば、どうしたんだろう?――

 そう思ったが、体が先に出る。電車にも乗らずに美乃は、学校までの五キロの道を走った。ヘトヘトになりながらも四十分後には学校に着いた。運動部員たちが朝練の準備をする中、グラウンドを一周し、爆発しそうな心臓をなだめた。手足の感覚はほとんど無くなったが、再び汗まみれになった体が我慢ならなかった。

 体育館横の水道で、着ているものを全部脱ぎ、水浴びをした。

――止めて、恥ずかしい!――
――うるさい、黙れ!――

 二人の自分が同時に叫んだ。

 水浴びは、ほんの二三分だったが、美乃の行動が異常なので、サッカー部のマネージャーが顧問の教師を呼びに言った。

「ここで裸で水浴びしてたのか?」
「はい、汗まみれだったので」
 その時は、もうキチンと制服を着ていた。そして、陸上部の男子のところに足早に向かった。
「あたしの水浴び、動画で撮ってたでしょ」
 美乃の鋭い眼差しに、男子陸上部員は大人しくスマホを出した。
「こんな感じで水浴びしてました」

 男子部員はサッカーの顧問にこっぴどく叱られ、その場で動画を削除させられた。

 半月ぶりにきた教室。

 席に着いて教科書を出し、教科書を机の中に入れようとすると、一枚の紙切れが入っているのに気づいた。

「死ね、信長!」

 筆跡が分からないように、定規で書かれていた。美乃はそれを黒板の真ん中にマグネットで貼り付けた。
 恐怖している自分をなだめている自分がいることで、美乃は安心した。
 始業はおろか、朝礼までも間があるので、美乃は教科書を取りだした。国語の漢文に目がとまった。

渭城(ゐじゃう)の朝雨  輕塵を 裛(うるほ)し
客舍 青々 柳色 新たなり
君に勸む 更に盡(つく)せ  一杯の酒
西 陽關(やうくゎん)を 出づれば 故人 無からん


「いい詩ね……」

 英語の教科書も開いてみた。意味の分からない単語がいくつかあったが、音読すると耳に心地よい。
 どうやら、美乃は、漢文も英語も音としての美しさに惹かれたようだ。

 そうしているうちに、クラスメートがぽつぽつと教室に入ってきた。みんな美乃の姿と黒板に貼り付けられた紙切れに驚いてはいるが、表情に出す者はいなかった。

 そして、数分後に荒木夢羅が入ってきた。

 夢羅は入学後三日余りでクラスのスケバンを気取っている女子だ……。

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高校ライトノベル・信長狂詩曲(ラプソディー)『始まり・1』

2017-03-03 06:17:58 | ノベル2
信長狂詩曲(ラプソディー)
『始まり・1』



 信長の馬手(めて)に矢が付き立った。

「上様!」
 蘭丸は、信長を庇いつつ二の矢を太刀ででたたき落とした。
「百数える間だけもたせよ。お蘭、中に」
「承知!」
 近習の者三十人足らずを残し、信長は奥の書院を目指した。矢は、その間に無造作に引き抜き、蘭丸が歩きながら傷口を縛った。主従共に無言である。

「舞う」

 書院に行き着くと、信長は一言そう言った。蘭丸は、すぐに自分の扇を取りだし信長に渡した。信長は寝衣のままで扇を持っていなかった。信長の家臣で、このちぎったように短な言葉で主の意を汲み取り行動できるのは、この森蘭丸と羽柴秀吉ぐらいのものであろう。蘭丸は、静かに蹲踞した。

 人間五十年下天の内を比べれば 夢幻の如く哉 一度生を得て滅せぬものの在るべきか 滅せぬものの在るべきか

「お蘭、外へ」
「は」

 蘭丸は襖二つ分戻った。すでに近習の者は数名に減り、明智の兵が書院を目指そうとしていた。
「通すな!」
 蘭丸は、叫ぶと同時に繰り出された槍をかわすと、敵の草摺が翻ったところを佩楯の家地のところを払った。血しぶきをあげて倒れた敵の槍を取ると、その槍で、たちまちのうちに二人を突き殺した。
「あと、三十の間もたせよ……」
 蘭丸は近習頭として最後の命を下した。

 信長は、蘭丸が書院を出ると、落ち着いて灯明を倒し腹をくつろげた。

「では、まいるか……」

 信長は、脇差しを抜くと、無造作に腹に突き立てた。まるで舞の仕舞収め所作のようであった。

瞬間、信長は光を見た。そして光を見つめながら一文字に腹をかっさばき、ゆっくりと前のめりに倒れていった。信長は倒れ伏す寸前まで、その不思議な光を見続けた。まるで、自分が、その光の中に吸い込まれていくように……。

「カット!」

 監督は、しばらく呆然として、そう叫んだ。スタッフが走り回り火を消している。明智方も織田方も役を終えた役者達が起き始めた。
「いやあ、ヤマさん、今世紀最高の本能寺が撮れたよ。ここまで引き延ばしたが、それだけの甲斐はあった!」
「山形さんの信長の収録は、これで終了です。おつかれさまでした」
 チーフADの言葉で、花束が渡された。
「どうも、みなさんありがとう。役者人生で最高の信長が演れました」
 スタジオ一杯の拍手が湧き上がった。

 山形は、大河ドラマの『石田三成』で信長役をやっていたが、ファンの人気が高く助命嘆願があいつぎ、予定よりも一カ月遅い本能寺になった。

「衣装メイク落として、すぐ病院へ!」
 マネージャーが、山形の耳元でささやいた。
「うん。しかし、急いでも結果はかわらんだろ」
「また、そんなことを。ちょっと、そこ空けて、山形通りマース!」

 山形は重度のガンであった。それを承知で、この信長役を引き受けた。自分の役者人生の最後に相応しい役だと思った。しかし、本能寺が予定よりも一カ月延びてしまい。抗ガン剤と痛み止めを打ち続けての、文字通り命がけの芝居だったのだ。

 山形は、その夜、病院で昏睡状態になった。その昏睡状態の中で山形は思った。本能寺の収録では、自分に何かが降りてきた。まるで自分自身が信長になったようだった。
 ひょっとしたら……そう言えば、信長の首も骸も本能寺では見つかっていないんだよな……そんなことを思っていた。じゃ、俺が最後に見たあの光は信長の魂……。

 その二日後、山形は近親者に看取られながら五十五才という若い生涯を閉じた。

 山形の四十九日にあたる連休明け最初の日曜日に、本能寺は放送された。二十一世紀になって最高の39%の視聴率だ。

 信長家では、家族四人で本能寺を観ていた。

 ちょっと説明がいる。この物語の主人公は、ここから出てくる。

 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれていて、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。
 しかし、この信長家の高校一年の美乃には迷惑な苗字だった。兄の浩一はガタイも大きく信長の苗字は勲章のようなものだったが、大人しい美乃にはイジメの材料でしかなかった。
 この春に入学した高校も、連休の前の週から行かなくなり、連休が明けたころには、引きこもりになりかけていた。

 美乃がリビングに出て、家族といっしょにテレビを観るのは、ほとんど十日ぶりだった。

 美乃は、信長が倒れるとき、なにか光が見えた。眩しくて一瞬目をつぶったが、目蓋を通して、その光は美乃の中に入ってきた。
「ちょっと気分悪いから、寝るね……」
「美乃、お風呂は?」
 母の問いかけにも応えずに、自分の部屋に戻っていく美乃だった。
「美乃……」
「母さん、そっとしとこう。あいつは時間がかかる」
 父は、労りと覚悟の籠もった眼差しで、妻の膝に手を置いた。

「ただ今、あー腹減った!」

 軽音の練習が終わった浩一が元気に帰ってきた。三月まではアメフトをやっていたが、脚を痛めたのをきっかけに、前からやってみたかった軽音にのりかえたのだった。

 兄妹、足して二で割るといいのにと母は思った……。

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