2008年2月9日(土)
![](http://clip.alpslab.jp/bin/map?pos=35/54/16.846,140/10/4.994&scale=250000)
やまさんの「関東百駅巡礼歩行」第42番は、関東
鉄道竜ヶ崎線の終点、竜ヶ崎駅に集まった。
関東鉄道竜ヶ崎線は、JR常磐線佐貫(さぬき)駅
から竜ヶ崎駅までの全長4.5㎞である。
中間に無人の入地駅だけの短い路線を、1両のデ
ィーゼル車が1時間に約2往復している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/2f/d4851c73069e8c386437cc663538d28f.jpg)
集まったメンバーは15人。昼過ぎには雨の予報
だが、しばらくは持ちそう。11時12分に駅を出て、
市街地を東北に向かう。
寺後にある消防署の東側の通りを進み、用水沿い
に出る。少し東に回って北側から、大屋根の本堂が
目につく般若院に入った。
本堂裏手に、高さはさほどではないが枝を大きく
広げた、しだれ桜がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/5a/b7b4dc71eaa8b582611c6b76092d35de.jpg)
樹齢約450年のエドヒガンの園芸品種で、茨城県
天然記念物。樹高約10m、目通りの幹回りは約5m。
開花時には毎年、大勢の花見客が訪れるようだ。
般若院は天元元年(978)に創建され、大永4年
(1524)現在地に移り、土岐氏の祈願所になり、
のち仙台領になって伊達家の位牌所(いはいしょ)
として寺領3石を与えられたという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/cb/1b47e816c4db84a72720360de670e72c.jpg)
本堂前には、りっぱな宝篋印塔(ほうきょういんと
う)が幾つか立っていた。
南側の山門を出て、歩行者レーンが小豆色に塗
られた通りに出る。
撞舞(つくまい)通りと呼び、市内栄町にある八坂
神社の祇園祭に行われる雨乞いと五穀豊穣、無病
息災を祈願する神事「撞舞」を描いたタイル画が埋
め込まれていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/6e/d4721a76da90bb4acf35f47c3d6c6541.jpg)
その通りを南東に進むと、龍ヶ崎二高がある、こ
んもりとした台地の下になる。
台地は、16世紀後半、江戸崎城主・土岐治英が
築いた龍ヶ崎城跡である。
龍ヶ崎城は、秀吉の関東攻めで佐竹氏の支配に
服し、その後、徳川領の一時期を経て伊達政宗の
配下となり、仙台領1万石が支配したという。
南側を回って保健所横から城山通りと呼ぶバイ
パスを横断、やはり裏手から「龍ヶ崎観音」で知ら
れ、茨城百景にも選定されている医王院に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/2d/b42dfa19468905091e901f9372a96b46.jpg)
安産・子育て・厄除け・開運の観音様として親し
まれ、開放的な境内には、たくさんの水子地蔵や、
年彼観音、母子地蔵などの石仏が多い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/72/40b2bfa705f1adf70886b2c18eac65e5.jpg)
小さいお堂には、人形や玩具の風車、千羽鶴など
がたくさん奉納されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/3d/b58393edca90ce9161cc9a5d38947fe4.jpg)
ポツポツしてきたので本堂の屋根下を借りて昼食
にする。しかし本降りにはならなかった。
商店街大通りを横切り南へ。江川に出て右岸沿い
を西に向かう。道路が途切れたところは雑草地や民
家の裏手を抜ける。
1㎞余り先で川を離れ、広々とした田園地帯に出
た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/cc/fb024abfc1a8d5b449850dc2a35572b5.jpg)
田起こしの済んだ田んぼの間を南西に進み、論所
排水と呼ぶ流れも越える。
周囲を田んぼに囲まれた前新田集落には、かなり
朽ちたかやぶき屋根の廃屋が残っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/76/7e74416745eadbb9671e9ec1ba092392.jpg)
小さい社の天神社横から、北側の長沖新田町集落
へ。これも小さい社の厳島神社の狭い境内に、円形
の鉄のふたで保護した4.4mの三角点があった。
「ク」の字状に大きな弧を描く小貝川の旧河川に出る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/9a/6d281e43e29fe76e810c98c933edae57.jpg)
中間辺りを横断、内側の高須町集落に入り、南西
端から旧河川の橋を渡った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/57/1cbb3ae92fae6da0ad1b59992d82ba8a.jpg)
河川沿いには道がないので、アシなどの雑草地や
田のあぜを進んで大留町集落の阿弥陀寺に裏手か
ら入る。
本堂は鉄筋の四角い近代建築だが、古い鐘楼が
あり、境内のミツマタが咲き出していた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/c8/43b77dff08e1f689da411192b075012f.jpg)
ここで小休止する。
旧河川の南岸沿いに小貝川左岸堤防に向かう。旧
河川には、漁に使ったらしい木の小舟が幾つか放置
されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/54/877cd850d7dcd29966093dd9151964c7.jpg)
流れ沿いの道が無くなり、最後は少し雑木林の中
を突っ切り、小貝川左岸に出た。
取手コミュニティバスの大留バス停付近から堤防
に上がり、「利根川合流点から2・75㎞」標識を経
て、冷え冷えとした小貝川の流れを見下ろし、高須
橋まで進む。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/c9/ee1620d4e017873adf22f6d63167ce3b.jpg)
途中から、再び雨が落ちてきた。
橋のすぐ先、杉やカシ、竹などの豊富な樹林に囲
まれた熊野神社社殿は、旧藤代町指定文化財。現
在は合併して取手市内である。
神社や高須町の屋敷林の北側を少し東に進み、北
に向かう。雨が本降りになってきたのでピッチを早め、
道仙田集落や川原代小横を経て、15時40分に中間
の無人駅、入地(いれじ)駅にゴールした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/f7/850aeb01b0b6861b182c36ac4832185a.jpg)
15時58分発上りで佐貫駅に向かう。
(天気 曇後雨、距離 12㎞、地図(1/2.5万) 龍ヶ崎、
歩行地 龍ヶ崎市、取手市、歩数 15900)
やまさんの「関東百駅巡礼歩行」第42番は、関東
鉄道竜ヶ崎線の終点、竜ヶ崎駅に集まった。
関東鉄道竜ヶ崎線は、JR常磐線佐貫(さぬき)駅
から竜ヶ崎駅までの全長4.5㎞である。
中間に無人の入地駅だけの短い路線を、1両のデ
ィーゼル車が1時間に約2往復している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/2f/d4851c73069e8c386437cc663538d28f.jpg)
集まったメンバーは15人。昼過ぎには雨の予報
だが、しばらくは持ちそう。11時12分に駅を出て、
市街地を東北に向かう。
寺後にある消防署の東側の通りを進み、用水沿い
に出る。少し東に回って北側から、大屋根の本堂が
目につく般若院に入った。
本堂裏手に、高さはさほどではないが枝を大きく
広げた、しだれ桜がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/5a/b7b4dc71eaa8b582611c6b76092d35de.jpg)
樹齢約450年のエドヒガンの園芸品種で、茨城県
天然記念物。樹高約10m、目通りの幹回りは約5m。
開花時には毎年、大勢の花見客が訪れるようだ。
般若院は天元元年(978)に創建され、大永4年
(1524)現在地に移り、土岐氏の祈願所になり、
のち仙台領になって伊達家の位牌所(いはいしょ)
として寺領3石を与えられたという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/cb/1b47e816c4db84a72720360de670e72c.jpg)
本堂前には、りっぱな宝篋印塔(ほうきょういんと
う)が幾つか立っていた。
南側の山門を出て、歩行者レーンが小豆色に塗
られた通りに出る。
撞舞(つくまい)通りと呼び、市内栄町にある八坂
神社の祇園祭に行われる雨乞いと五穀豊穣、無病
息災を祈願する神事「撞舞」を描いたタイル画が埋
め込まれていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/6e/d4721a76da90bb4acf35f47c3d6c6541.jpg)
その通りを南東に進むと、龍ヶ崎二高がある、こ
んもりとした台地の下になる。
台地は、16世紀後半、江戸崎城主・土岐治英が
築いた龍ヶ崎城跡である。
龍ヶ崎城は、秀吉の関東攻めで佐竹氏の支配に
服し、その後、徳川領の一時期を経て伊達政宗の
配下となり、仙台領1万石が支配したという。
南側を回って保健所横から城山通りと呼ぶバイ
パスを横断、やはり裏手から「龍ヶ崎観音」で知ら
れ、茨城百景にも選定されている医王院に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/2d/b42dfa19468905091e901f9372a96b46.jpg)
安産・子育て・厄除け・開運の観音様として親し
まれ、開放的な境内には、たくさんの水子地蔵や、
年彼観音、母子地蔵などの石仏が多い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/72/40b2bfa705f1adf70886b2c18eac65e5.jpg)
小さいお堂には、人形や玩具の風車、千羽鶴など
がたくさん奉納されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/3d/b58393edca90ce9161cc9a5d38947fe4.jpg)
ポツポツしてきたので本堂の屋根下を借りて昼食
にする。しかし本降りにはならなかった。
商店街大通りを横切り南へ。江川に出て右岸沿い
を西に向かう。道路が途切れたところは雑草地や民
家の裏手を抜ける。
1㎞余り先で川を離れ、広々とした田園地帯に出
た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/cc/fb024abfc1a8d5b449850dc2a35572b5.jpg)
田起こしの済んだ田んぼの間を南西に進み、論所
排水と呼ぶ流れも越える。
周囲を田んぼに囲まれた前新田集落には、かなり
朽ちたかやぶき屋根の廃屋が残っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/76/7e74416745eadbb9671e9ec1ba092392.jpg)
小さい社の天神社横から、北側の長沖新田町集落
へ。これも小さい社の厳島神社の狭い境内に、円形
の鉄のふたで保護した4.4mの三角点があった。
「ク」の字状に大きな弧を描く小貝川の旧河川に出る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/9a/6d281e43e29fe76e810c98c933edae57.jpg)
中間辺りを横断、内側の高須町集落に入り、南西
端から旧河川の橋を渡った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/57/1cbb3ae92fae6da0ad1b59992d82ba8a.jpg)
河川沿いには道がないので、アシなどの雑草地や
田のあぜを進んで大留町集落の阿弥陀寺に裏手か
ら入る。
本堂は鉄筋の四角い近代建築だが、古い鐘楼が
あり、境内のミツマタが咲き出していた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/c8/43b77dff08e1f689da411192b075012f.jpg)
ここで小休止する。
旧河川の南岸沿いに小貝川左岸堤防に向かう。旧
河川には、漁に使ったらしい木の小舟が幾つか放置
されている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/54/877cd850d7dcd29966093dd9151964c7.jpg)
流れ沿いの道が無くなり、最後は少し雑木林の中
を突っ切り、小貝川左岸に出た。
取手コミュニティバスの大留バス停付近から堤防
に上がり、「利根川合流点から2・75㎞」標識を経
て、冷え冷えとした小貝川の流れを見下ろし、高須
橋まで進む。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/c9/ee1620d4e017873adf22f6d63167ce3b.jpg)
途中から、再び雨が落ちてきた。
橋のすぐ先、杉やカシ、竹などの豊富な樹林に囲
まれた熊野神社社殿は、旧藤代町指定文化財。現
在は合併して取手市内である。
神社や高須町の屋敷林の北側を少し東に進み、北
に向かう。雨が本降りになってきたのでピッチを早め、
道仙田集落や川原代小横を経て、15時40分に中間
の無人駅、入地(いれじ)駅にゴールした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/f7/850aeb01b0b6861b182c36ac4832185a.jpg)
15時58分発上りで佐貫駅に向かう。
(天気 曇後雨、距離 12㎞、地図(1/2.5万) 龍ヶ崎、
歩行地 龍ヶ崎市、取手市、歩数 15900)