2010年4月17日(土)
山梨県富士河口湖町から静岡県御殿場市への国際ウオーキングトレイル実踏
から帰った翌日、休む間もなく、東海道新幹線で京都経由、奈良へ出かけました。
JR奈良駅の線路は高架となり、駅構内も改造がかなり進んでいます。
従来の奈良駅は北側に移転して、構内には観光案内所が設けられています。
奈良駅に着いたのは15時半近く、夕暮れまで時間もあまりないので、駅から
比較的近い「ならまち」と呼ばれるあたりを巡ることにしました。
興福寺や春日神社に向かう観光客の多い三条通より、500mほど南の通りを
東に1㎞ほど進み、まずは旧大乗院(だいじょういん)庭園の拝観です。
庭園に入るには、ここ大乗院庭園文化館に入ります。建物内には、大乗院の歴
史や所領、末寺、美術などのパネルなどが展示されていて、無料で見られます。
庭園は、平城遷都1300年祭に合わせて、4月から公開を開始しました。
庭園へは、館内で100円の入苑料を払って入園します。
園内に堂塔はなく、池を中心にした庭園だけが、中世庭園の遺構として公開さ
れていますが、往時は奈良随一の名園といわれ、将軍足利義政が見物したほか、
公家たちがしばしば拝観を申し出ているとのことです。
旧大乗院庭園は、国の名勝に指定され、(財)日本ナショナルトラストの保護
対象の一つになっています。
大乗院庭園を出て少し駅の方に戻り、「ならまち」と呼ばれるあたりに入りま
した。
「ならまち」は、江戸時代末期から明治時代にかけての町屋の面影を今に伝
えるところで、懐かしさを感じられるものが、あちこちで見られます。
いまは珍しい、蚊帳(かや)を売る店も残っていました。
奈良町物語館の中に入ってみました。
ここでは、さまざまな漢方薬を入手することが出来ます。
奈良町資料館には、「身代わり猿」と呼ばれる、布製の赤い玉が、たくさん下
がっていました。
江戸時代盛んだった庚申信仰の名残で、背中に願い事を書いて吊せば、かなう
ということになっているようです。周辺の民家でもたくさん見られました。
ならまちには、このような木格子の落ち着いたたたずまいの家が、ほかにも
たくさん残っていました。
上ッ道と呼ばれる細い通りを北に抜けると、猿沢池の南に出ます。
池のほとりで興福寺の五重塔を眺め、今宵の宿のある新大宮に向かいました。
山梨県富士河口湖町から静岡県御殿場市への国際ウオーキングトレイル実踏
から帰った翌日、休む間もなく、東海道新幹線で京都経由、奈良へ出かけました。
JR奈良駅の線路は高架となり、駅構内も改造がかなり進んでいます。
従来の奈良駅は北側に移転して、構内には観光案内所が設けられています。
奈良駅に着いたのは15時半近く、夕暮れまで時間もあまりないので、駅から
比較的近い「ならまち」と呼ばれるあたりを巡ることにしました。
興福寺や春日神社に向かう観光客の多い三条通より、500mほど南の通りを
東に1㎞ほど進み、まずは旧大乗院(だいじょういん)庭園の拝観です。
庭園に入るには、ここ大乗院庭園文化館に入ります。建物内には、大乗院の歴
史や所領、末寺、美術などのパネルなどが展示されていて、無料で見られます。
庭園は、平城遷都1300年祭に合わせて、4月から公開を開始しました。
庭園へは、館内で100円の入苑料を払って入園します。
園内に堂塔はなく、池を中心にした庭園だけが、中世庭園の遺構として公開さ
れていますが、往時は奈良随一の名園といわれ、将軍足利義政が見物したほか、
公家たちがしばしば拝観を申し出ているとのことです。
旧大乗院庭園は、国の名勝に指定され、(財)日本ナショナルトラストの保護
対象の一つになっています。
大乗院庭園を出て少し駅の方に戻り、「ならまち」と呼ばれるあたりに入りま
した。
「ならまち」は、江戸時代末期から明治時代にかけての町屋の面影を今に伝
えるところで、懐かしさを感じられるものが、あちこちで見られます。
いまは珍しい、蚊帳(かや)を売る店も残っていました。
奈良町物語館の中に入ってみました。
ここでは、さまざまな漢方薬を入手することが出来ます。
奈良町資料館には、「身代わり猿」と呼ばれる、布製の赤い玉が、たくさん下
がっていました。
江戸時代盛んだった庚申信仰の名残で、背中に願い事を書いて吊せば、かなう
ということになっているようです。周辺の民家でもたくさん見られました。
ならまちには、このような木格子の落ち着いたたたずまいの家が、ほかにも
たくさん残っていました。
上ッ道と呼ばれる細い通りを北に抜けると、猿沢池の南に出ます。
池のほとりで興福寺の五重塔を眺め、今宵の宿のある新大宮に向かいました。