2016年4月20日(水)〈後半〉 == 松本市街中心部の湧水を巡る ==
奈良井駅からのJR中央線下り普通ワンマンカーは塩尻で篠ノ井線に入り、終点の松本
駅に14時15分に着いた。
帰路の上り特急電車まで約2時間半余りある。その間に松本市の中心街周辺にある湧水
巡りをすることにして、駅の改札口近くにあった観光案内所で「信州松本城下町湧水群」
というパンフレットをもらう。
松本は、女鳥羽川(めとばがわ)と薄川(すすきがわ)の複合扇状地により、豊富な地
下水が湧出する湧水地帯。市街地中心部には、いまも多くの自噴井戸や湧水が点在し、市
民の手により手厚く保護されていて、「平成の名水百選」にも選定されている。
私は、2008年8月2日にも市内の湧水巡りをしているが、もらったパンフレットを
見ると、さらに湧水の数が増えていた。今回も、ほぼ同じエリアを回ることにして、14
時25分に松本駅お城口(東口)広場に下りた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/d7/369423cdaa398a9a63c215f73e6bc4b0.jpg)
駅前広場は以前より拡張されて広いスペースとなり、広場の北側に「深志の湧水」と呼
ぶ新しい湧水があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/b9/f95a689328a903c33cc0cbe5c4934d53.jpg)
傍らに、北アルプス槍ヶ岳開山の祖、播龍上人(ばんりゅうしょうにん)の立像がある。
播龍上人は幾多の困難を乗り越え、文政11年(1828)7月20日に槍ヶ岳山頂を極
めた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/95/9e67125e4323dfddace749d9ea38a5ba.jpg)
「日本アルプス」の命名者イギリス人ウィリアム・ガウランドの登頂に先立つこと50
年で、岳都松本市の駅頭にその業績を称えて建立したのだという。
この先あちこちで見た松本市のマンホールデザインは、松本手まりを描いたもの。
駅前から北北東に延びる通りを進み、東西に走る伊勢町通りへ。交差点際のMウイング
というビルの前に、やはり松本手まりを形どったからくり時計があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/60/c168861f9a0ceedd301eea7a9eb9a2ea.jpg)
午前10時~午後8時の毎正時に、2曲を演奏するという。
伊勢町通りの街路樹のアメリカハナミズキが、開花しはじめていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/34/b091a3aecc5cd8ccd8017aeab58595d0.jpg)
少し北進して女鳥羽川左岸の開智橋際に出る。東側の中央大手橋に回ると、次の千歳橋
近くでたくさんのこいのぼりが、風をはらんで気持ちよさそうに泳いでいた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/cf/d5e19ce1c6cbd42c0afbe50460fd7968.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/27/99d8ccb06e0bc8a6ef3ed38f363e8fa9.jpg)
松本中央通を北へ、二つ目の交差点際には「西堀公園井戸」があり、掛樋(かけひ)か
ら湧水が流れ出ている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/37/18c2abbfd228229f200175d6ac1166bb.jpg)
東進して松本城への通り、大名町通りとのT字路際、大手門駐車場の南東隅は「大名町
大手門井戸」。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/99/e5e9750b87c51d84f01301d807fc92ad.jpg)
御影石造りの上部から細い流れが落ち、井戸の傍らに新しい双体道祖神が設置されてい
た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/f8/9280dc44d95d512455bd4ccc2320f86c.jpg)
大名町通りの街路樹は、「かおり風景百選」に選定されたシナノキで、若葉が爽やかな
彩り。花は夏に咲き、芳香があるという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/c8/93d8801818b640377d35a6b4affd5908.jpg)
北進して次の通りを西に少しで、地図に「お城の見える井戸」と記されているが、その
辺りを探したが無い。でも確かに、細い通りの間から北に、松本城が望まれた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/e7/4b34edc6dbd2d981bb91c53726e76694.jpg)
大名町通りに戻り、次の松本城南交差点に向かう。途中の古書店は、松本城天守を形ど
った造り。松本城はすぐ先である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/b0/736b20e68b6abf26fbbbd2b3a11b95ae.jpg)
松本城南交差点の松本信金前には「大名小路井戸」があり、3つの吐水口から湧水が流
れ落ちていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/88/b206bb53582a0e76f782c5df9c336a46.jpg)
そばに、松本藩歴代藩主の姓と年代が記されていて、6家23代の藩主が135年にわ
たり松本を支配していたことが知れる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/1c/d2822ad66b1508f912d6315a2f944e19.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/a1/16c9071d8fdc69ccfd1f3964b2d1397a.jpg)
東に向かい東門の井戸を目指す。民家にムラサキモクレンが咲き、信州特有の本棟(ほ
んむね)造りの食事処や、蔵造りの和菓子店前を過ぎる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/24/b771f540724e2140c917a27b2507fac6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/e9/b50bc781be1c8165fc13d08a4dc80274.jpg)
上土通りとのT字路際、上土・下町会館前が「東門の井戸」。豊富な湧水が出ていたの
で、のどを潤す。ここは松本城東門跡で最大の馬出しの場所とか。町民や農民はここから
城内に入ったという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/3c/952f525bd6630a9901e4e381fbd717f1.jpg)
南に延びる上土通りは「大正ロマンの街」と呼ばれ、大正時代の建物が幾つか残る。こ
れはそのひとつ、松本市下町会館。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/c2/2e6895151f618abdb8819c46089e9bfc.jpg)
近くには、私も使ったことのある古いカメラや8㎜映写機を並べた店があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/3a/aa2f95b006d848ef37ae1cf6e4eeeb7e.jpg)
つぎのT字路を左折し、突き当たりで国道143号・善光寺街道へ。春の限定品「わさ
びの花の醤油漬」の標示にひかれて漬物店水城に入り、その漬物を求める。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/7c/93ce9b61d79e9ce2104b2f618923a194.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/a6/ab1528042bb55ab673c403d451d06146.jpg)
さらに南東へと右左折して、女鳥羽川の北に平行する通りへ。市街地唯一の造り酒屋、
善哉(よいかな)酒造の店舗前に「女鳥羽の泉」が湧出していた。敷地内の地下30mか
ら自噴しているのだという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/91/1efc855817f5209aa23e588c0ae5bb5c.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/5b/874eeba7e6385b3eb14b407388c98bf9.jpg)
念来寺橋で女鳥羽川を渡り、旧念来寺の鐘楼が目につく妙昌寺境内に入る。
旧念来寺鐘楼は、宝永2年(1705)の建立で長野県宝。江戸時代中期のこの地方の
寺院建築の様子を今に伝える、大変貴重なもののよう。そばのハナモモが花盛りだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/cb/24020d126f4996f0a6a0918829fa0326.jpg)
境内に「妙昌寺の井戸」があるが、渇水期には枯れるようで、湧水は見られなかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/ab/12b53fa70d4e410da7b7e3528cada78f.jpg)
女鳥羽川左岸沿いを次の鍛冶橋際まで進む。左折した南に延びる通りの路傍に「伊織
(いおり)霊水」があり、そばに鈴木伊織の墓が立つ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/31/053f9dac99dfd1766e21075c93a064cd.jpg)
鈴木伊織は貞享3年(1686)、重税に反対した農民一揆に関わった農民たちの助命
救済に奔走した武士という。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/61/e328b47bf77945427c3f1a84499c0a45.jpg)
石造りの湧水は以前来た時のままだったが、水を飲むために用意された善意のひしゃく
が、何者かに持ち去られていたのが残念だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/a2/9915e7813ad650c3bea9136d7ea314f4.jpg)
南側の中町通りに入り西へ、駅方向に向かう。大橋通りとの交差点際に「西伊澤屋辻井
戸」と呼ぶポンプ井戸があり、手押しポンプを押すと豊富な湧水が流れ出た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/99/cbc2259aa9015c84790065c752464db6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/d0/5f7c5d97899ba2c111c74d7fe8d583dc.jpg)
民家にアメリカハナミズキの咲く大橋通りを南下し、小さい流れの蛇川の先で右折する。
瑞松寺の斜向かいの中村眼科の前には、新しい「中村眼科の湧水」が流れ出ている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/e0/8909af00f371b37b3f4febde73e09dec.jpg)
すぐ先が、松本の湧水群で最も知られ、松本市特別史跡の「源智(げんち)の井戸」。
松本市水道局の水源のひとつで、松本に城下町が形成される以前から飲料に用いられた古
い歴史をもっているという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/c0/13b171e407c44710292622576bbbef3a.jpg)
古い所有者は小笠原氏の家臣、河辺縫殿助源智(かわべぬいのすけげんち)で、その名
をとって「源智の井戸」と呼ばれるようになったようだ。
天保14年(1843)刊行の「善光寺道名所図会」↓にも「当国第一の名水」と記さ
れ、松本の町の酒造業者はことごとくこの水を使い、歴代の領主も保護したとか。明治
13年(1880)の明治天皇巡幸時には、この水が御膳水として使用されたという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/94/57ce5f030c04a1e4a0a538c4c013abb2.jpg)
(現地(源智)にあった「源智の井戸」リーフレットから)
いつもポリタンクを幾つも持ってきて水汲みする人がいるが、今日も1人来ていた。
次の十字路を北進して仲町通りに向かう。途中の民家の玄関横からも、湧水が流れ落ち
ている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/e1/379f9bf88d049a86ca5eb0a4434d32f6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/97/c1da37dad36f63f4db2cf486fea0db92.jpg)
仲町通りの角にある谷口はきもの店は、正保4年(1647)の創業とか。その一隅に、
地下9mの井戸から汲み上げた「檜物屋(ひものや)の井戸」が、流れ落ちていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/34/ed0a2d81ad5e2a1037bfad026c505532.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/02/c0105c2628a1c4f010e0c4a302f629a2.jpg)
次の交差点際の草庵別館前には、「草庵の井戸」がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/ea/f815fd83a9deb3badf36fea52cfe6f28.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/b1/2ac2523c6f6f7152928310e228aa46c3.jpg)
これらの店を始め、中町通には白壁土蔵造りの店が連なっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/c4/fef1a323b64b738fcf9f432365dde545.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/57/db03423b32d80c050c5038cfd1b2b616.jpg)
大きな蔵造りは、「中町・蔵シック館」とも呼ぶ「松本市中町蔵の会館」。その前のポ
ンプ井戸は「中町蔵の井戸」で、地下25mから汲み上げているという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/0a/302eec62e43226398ebba99f6d40bb1a.jpg)
次の交差点を左折して南へ、この通りの藤森病院は明治22年(1889)の開院との
こと。現在の新病院建設時に掘った専用水道用の深井戸からの水が、「亀の泉」として流
れ出ていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/1a/05275152fc025dc1448d0d5358dfee54.jpg)
蛇川の流れを横断して、次の高砂通りを左折して西進する。この通りは人形町通りとも
呼ばれ、五月人形を並べた人形店が連なる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/66/1d5ccc8883f1cae024b87cd0d74bc14f.jpg)
先ほど通った本町通りの南側を横断して公園通りに入り、JR松本駅に16時40分に
戻った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/9f/4b5a46712c8bc43625691647329ada10.jpg)
松本駅構内で弁当と缶ビールを求め、16時58分発上り特急スーパーあずさ28号に
乗る。
松本へは、やまさんの安曇野のカントリウオーク地図づくりや、国際ウオーキングトレ
イル実踏、単独での塩の道歩きなどで何度も来ているが、いつも普通電車の乗り継ぎで帰
っていた。今回のように特急に乗るのは何年ぶりだろうか思い出せない。
それにしても3日間好天に恵まれ、サクラなど春の花や豊富な新緑を目にして、各地を
巡ることが出来た。ウオーキングといえるほどの距離は歩かなかったが、充実した春旅を
楽しんだ。
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奈良井駅からのJR中央線下り普通ワンマンカーは塩尻で篠ノ井線に入り、終点の松本
駅に14時15分に着いた。
帰路の上り特急電車まで約2時間半余りある。その間に松本市の中心街周辺にある湧水
巡りをすることにして、駅の改札口近くにあった観光案内所で「信州松本城下町湧水群」
というパンフレットをもらう。
松本は、女鳥羽川(めとばがわ)と薄川(すすきがわ)の複合扇状地により、豊富な地
下水が湧出する湧水地帯。市街地中心部には、いまも多くの自噴井戸や湧水が点在し、市
民の手により手厚く保護されていて、「平成の名水百選」にも選定されている。
私は、2008年8月2日にも市内の湧水巡りをしているが、もらったパンフレットを
見ると、さらに湧水の数が増えていた。今回も、ほぼ同じエリアを回ることにして、14
時25分に松本駅お城口(東口)広場に下りた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/d7/369423cdaa398a9a63c215f73e6bc4b0.jpg)
駅前広場は以前より拡張されて広いスペースとなり、広場の北側に「深志の湧水」と呼
ぶ新しい湧水があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/b9/f95a689328a903c33cc0cbe5c4934d53.jpg)
傍らに、北アルプス槍ヶ岳開山の祖、播龍上人(ばんりゅうしょうにん)の立像がある。
播龍上人は幾多の困難を乗り越え、文政11年(1828)7月20日に槍ヶ岳山頂を極
めた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/95/9e67125e4323dfddace749d9ea38a5ba.jpg)
「日本アルプス」の命名者イギリス人ウィリアム・ガウランドの登頂に先立つこと50
年で、岳都松本市の駅頭にその業績を称えて建立したのだという。
この先あちこちで見た松本市のマンホールデザインは、松本手まりを描いたもの。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/e6/d17ec1e19f750ed4a79e6a528302ca31.jpg)
駅前から北北東に延びる通りを進み、東西に走る伊勢町通りへ。交差点際のMウイング
というビルの前に、やはり松本手まりを形どったからくり時計があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/60/c168861f9a0ceedd301eea7a9eb9a2ea.jpg)
午前10時~午後8時の毎正時に、2曲を演奏するという。
伊勢町通りの街路樹のアメリカハナミズキが、開花しはじめていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/34/b091a3aecc5cd8ccd8017aeab58595d0.jpg)
少し北進して女鳥羽川左岸の開智橋際に出る。東側の中央大手橋に回ると、次の千歳橋
近くでたくさんのこいのぼりが、風をはらんで気持ちよさそうに泳いでいた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/cf/d5e19ce1c6cbd42c0afbe50460fd7968.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/27/99d8ccb06e0bc8a6ef3ed38f363e8fa9.jpg)
松本中央通を北へ、二つ目の交差点際には「西堀公園井戸」があり、掛樋(かけひ)か
ら湧水が流れ出ている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/37/18c2abbfd228229f200175d6ac1166bb.jpg)
東進して松本城への通り、大名町通りとのT字路際、大手門駐車場の南東隅は「大名町
大手門井戸」。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/99/e5e9750b87c51d84f01301d807fc92ad.jpg)
御影石造りの上部から細い流れが落ち、井戸の傍らに新しい双体道祖神が設置されてい
た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/c7/22baeedb28cf0f458dea19f8048050d9.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/f8/9280dc44d95d512455bd4ccc2320f86c.jpg)
大名町通りの街路樹は、「かおり風景百選」に選定されたシナノキで、若葉が爽やかな
彩り。花は夏に咲き、芳香があるという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/c8/93d8801818b640377d35a6b4affd5908.jpg)
北進して次の通りを西に少しで、地図に「お城の見える井戸」と記されているが、その
辺りを探したが無い。でも確かに、細い通りの間から北に、松本城が望まれた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/e7/4b34edc6dbd2d981bb91c53726e76694.jpg)
大名町通りに戻り、次の松本城南交差点に向かう。途中の古書店は、松本城天守を形ど
った造り。松本城はすぐ先である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/b0/736b20e68b6abf26fbbbd2b3a11b95ae.jpg)
松本城南交差点の松本信金前には「大名小路井戸」があり、3つの吐水口から湧水が流
れ落ちていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/88/b206bb53582a0e76f782c5df9c336a46.jpg)
そばに、松本藩歴代藩主の姓と年代が記されていて、6家23代の藩主が135年にわ
たり松本を支配していたことが知れる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/1c/d2822ad66b1508f912d6315a2f944e19.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/a1/16c9071d8fdc69ccfd1f3964b2d1397a.jpg)
東に向かい東門の井戸を目指す。民家にムラサキモクレンが咲き、信州特有の本棟(ほ
んむね)造りの食事処や、蔵造りの和菓子店前を過ぎる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/24/b771f540724e2140c917a27b2507fac6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/e9/b50bc781be1c8165fc13d08a4dc80274.jpg)
上土通りとのT字路際、上土・下町会館前が「東門の井戸」。豊富な湧水が出ていたの
で、のどを潤す。ここは松本城東門跡で最大の馬出しの場所とか。町民や農民はここから
城内に入ったという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/3c/952f525bd6630a9901e4e381fbd717f1.jpg)
南に延びる上土通りは「大正ロマンの街」と呼ばれ、大正時代の建物が幾つか残る。こ
れはそのひとつ、松本市下町会館。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/c2/2e6895151f618abdb8819c46089e9bfc.jpg)
近くには、私も使ったことのある古いカメラや8㎜映写機を並べた店があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/3a/aa2f95b006d848ef37ae1cf6e4eeeb7e.jpg)
つぎのT字路を左折し、突き当たりで国道143号・善光寺街道へ。春の限定品「わさ
びの花の醤油漬」の標示にひかれて漬物店水城に入り、その漬物を求める。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/7c/93ce9b61d79e9ce2104b2f618923a194.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/a6/ab1528042bb55ab673c403d451d06146.jpg)
さらに南東へと右左折して、女鳥羽川の北に平行する通りへ。市街地唯一の造り酒屋、
善哉(よいかな)酒造の店舗前に「女鳥羽の泉」が湧出していた。敷地内の地下30mか
ら自噴しているのだという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/91/1efc855817f5209aa23e588c0ae5bb5c.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3e/5b/874eeba7e6385b3eb14b407388c98bf9.jpg)
念来寺橋で女鳥羽川を渡り、旧念来寺の鐘楼が目につく妙昌寺境内に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/38/7928dadb7abd280a426dd386ac1462b7.jpg)
旧念来寺鐘楼は、宝永2年(1705)の建立で長野県宝。江戸時代中期のこの地方の
寺院建築の様子を今に伝える、大変貴重なもののよう。そばのハナモモが花盛りだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/cb/24020d126f4996f0a6a0918829fa0326.jpg)
境内に「妙昌寺の井戸」があるが、渇水期には枯れるようで、湧水は見られなかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/ab/12b53fa70d4e410da7b7e3528cada78f.jpg)
女鳥羽川左岸沿いを次の鍛冶橋際まで進む。左折した南に延びる通りの路傍に「伊織
(いおり)霊水」があり、そばに鈴木伊織の墓が立つ。
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鈴木伊織は貞享3年(1686)、重税に反対した農民一揆に関わった農民たちの助命
救済に奔走した武士という。
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石造りの湧水は以前来た時のままだったが、水を飲むために用意された善意のひしゃく
が、何者かに持ち去られていたのが残念だ。
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南側の中町通りに入り西へ、駅方向に向かう。大橋通りとの交差点際に「西伊澤屋辻井
戸」と呼ぶポンプ井戸があり、手押しポンプを押すと豊富な湧水が流れ出た。
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民家にアメリカハナミズキの咲く大橋通りを南下し、小さい流れの蛇川の先で右折する。
瑞松寺の斜向かいの中村眼科の前には、新しい「中村眼科の湧水」が流れ出ている。
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すぐ先が、松本の湧水群で最も知られ、松本市特別史跡の「源智(げんち)の井戸」。
松本市水道局の水源のひとつで、松本に城下町が形成される以前から飲料に用いられた古
い歴史をもっているという。
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古い所有者は小笠原氏の家臣、河辺縫殿助源智(かわべぬいのすけげんち)で、その名
をとって「源智の井戸」と呼ばれるようになったようだ。
天保14年(1843)刊行の「善光寺道名所図会」↓にも「当国第一の名水」と記さ
れ、松本の町の酒造業者はことごとくこの水を使い、歴代の領主も保護したとか。明治
13年(1880)の明治天皇巡幸時には、この水が御膳水として使用されたという。
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(現地(源智)にあった「源智の井戸」リーフレットから)
いつもポリタンクを幾つも持ってきて水汲みする人がいるが、今日も1人来ていた。
次の十字路を北進して仲町通りに向かう。途中の民家の玄関横からも、湧水が流れ落ち
ている。
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仲町通りの角にある谷口はきもの店は、正保4年(1647)の創業とか。その一隅に、
地下9mの井戸から汲み上げた「檜物屋(ひものや)の井戸」が、流れ落ちていた。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/02/c0105c2628a1c4f010e0c4a302f629a2.jpg)
次の交差点際の草庵別館前には、「草庵の井戸」がある。
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これらの店を始め、中町通には白壁土蔵造りの店が連なっている。
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大きな蔵造りは、「中町・蔵シック館」とも呼ぶ「松本市中町蔵の会館」。その前のポ
ンプ井戸は「中町蔵の井戸」で、地下25mから汲み上げているという。
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次の交差点を左折して南へ、この通りの藤森病院は明治22年(1889)の開院との
こと。現在の新病院建設時に掘った専用水道用の深井戸からの水が、「亀の泉」として流
れ出ていた。
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蛇川の流れを横断して、次の高砂通りを左折して西進する。この通りは人形町通りとも
呼ばれ、五月人形を並べた人形店が連なる。
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先ほど通った本町通りの南側を横断して公園通りに入り、JR松本駅に16時40分に
戻った。
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松本駅構内で弁当と缶ビールを求め、16時58分発上り特急スーパーあずさ28号に
乗る。
松本へは、やまさんの安曇野のカントリウオーク地図づくりや、国際ウオーキングトレ
イル実踏、単独での塩の道歩きなどで何度も来ているが、いつも普通電車の乗り継ぎで帰
っていた。今回のように特急に乗るのは何年ぶりだろうか思い出せない。
それにしても3日間好天に恵まれ、サクラなど春の花や豊富な新緑を目にして、各地を
巡ることが出来た。ウオーキングといえるほどの距離は歩かなかったが、充実した春旅を
楽しんだ。
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