あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

塩の道千国街道、白馬村から小谷村 16年前の夏の風景

2020-08-13 22:27:44 | 塩の道を歩く
 2020年8月13日(木)
 
 昨日と今日は午後、埼玉県内各地でかなりの雷雨となりました。所沢市でも午後から夕
方にかけてよいお湿りが続き、梅雨明け後毎日夕方続けていた日よけにしている庭のゴー
ヤーへの水やりもせずに済みました。

 でも、昨日も今日も午前中から35℃前後の猛暑になり、関東1都6県には熱中症警戒
アラートも発令されたこともあり、買い物を兼ねたウオーキングも4㎞前後しか歩かず、
さらに38.3℃になった一昨日は外出もせずに過ごしました。

 そのような最近なので、今日も古い写真の中から16年も前の2004年7月に歩いた
塩の道・千国(ちくに)街道の信州、白馬村(はくばむら)から小谷村(おたりむら)の
写真です。

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 2004年7月19日午後

 JR大糸線白馬駅前から、塩の道千国街道を北に向かうことにしました。


 白馬村の産土神(うぶすながみ)である平川神社。


 その境内か近くにあった大きな庚申塔


 新田集落の水車と水神塔


 観音原と呼ばれるところに並ぶ観音塔、西国、板東、秩父の各観音霊場の観音像です。


 北隣の小谷村に入り、栂池(つがいけ)集落近くの庚申塔。



 周辺の風景


 翌日、7月20日は小谷村栂池の民宿を出て、松本から糸魚川にいたる塩の道千国街道
の中で、最も古くからの塩の道の面影の残る小谷村内を北に向かいます。


 沓掛集落集落に残る牛方宿(うしかたやど)


 親坂と呼ぶ坂道を下ったところに並ぶ庚申塔群





 千国(ちくに)集落に残る千国番所資料館と庭に並ぶ当時の牛方と牛の像。


      千国集落の外れにあった神社
     

      千国街道沿いの路傍に立つお地蔵さん。
     


 集落を出て眺める穏やかな風景。      

     
     
      役場や小谷郷土館などのある次の雨中集落の民家や周辺に咲く花
         

      虫尾阿弥陀堂と周辺の眺め
     

     

 池原集落近くの棚田


 幸田文(こうだあや)文学碑(中央)周辺

 幸田文は、明治44(1911)年8月に起きた当地、稗田山の「抜け」と呼ぶ日本三
大崩のひとつで死者23名、家屋田畑など70余町を流出した大惨事に関心を持ち、昭和
52(1977)年に訪ねてそれを「婦人の友」に「崩れ」と題して発表しており、その
文学碑。

 ただ、その文学碑も平成7(1995)年の豪雨災害で土砂により流出し、この文学碑
は翌平成8年6月に再建したもののよう。


 文学碑近くからの北方の眺め
     

 来馬(くるま)集落の常法寺本堂

 本堂には、鎌倉時代後半の制作という県宝の銅造阿弥陀如来と両脇侍立像の阿弥陀三尊
像が安置されていました。

 この日のゴールはJR大糸線北小谷(きたおたり)駅、15時46分頃の到着でした。



 16年前の記録なので、現在は変わったり無くなったものもあるかもしれません。

 なお、塩の道千国街道(長野県松本市~新潟県糸魚川市)の全行程の記録は、当ブログ
のカテゴリー「塩の道を歩く」からご覧になれます(順不同)。
 



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